2.救済
さて、攻略対象者を幸せにすると誓った私だが、実は取り急ぎ救わなければならない人がいる。彼は現在進行形で継母に虐待されているからだ。
レイフ・ジャスミン伯爵令息。将来はオズワルド様の側近になることが決まっている少年である。
父親である伯爵は陛下の側近をしていて忙しく、後妻が前妻の息子を虐待していることなど気付きはしない。さらに悪いことに、伯爵は後妻を深く愛していた。最愛の後妻が前妻の息子を実の子のように可愛がってくれていると信じて疑っていないのだ。伯爵の中で後妻は天使のように清らかで優しい人なのだろう。
私は彼を救うために、ゲームで得た情報を利用し、調査することにした。
私はまず貴族名鑑から後妻の肖像画を探した。顔が分からなければどうしようもないからだ。後妻は確かに清楚と言われるような、奥ゆかしげな顔をしていた。
次に私はアートストリートと呼ばれる通りに向かう。ゲームの情報が正しければ、ここで後妻は昼時に不倫をしているはずなのだ。私は画材を見に行くと言い訳をして、毎日アートストリートに通った。
私の画力を知っている使用人たちは、私が毎日アートストリートに行きたがってもおかしいとは思わなかったようだ。ちゃんとカムフラージュに毎回画材や絵も買った。
このアートストリートは文字通り芸術家のアトリエが並ぶ通りだ。ここに後妻の不倫相手の画家が居るのである。
三日張り込んで、ようやく後妻を見つけることが出来た。私はわざとらしく、ジャスミン伯爵夫人だわ、挨拶した方がいいかしらと呟く。私に同行している使用人には聞こえただろう。
彼らは二人で黄色い屋根のホテルに入ってゆく。私は思わずガッツポーズしてしまった。やはりゲーム通りに後妻は不倫していたのだ。
私は匿名で伯爵に手紙を書いた。お宅の奥さん、アートストリートで不倫してますよという内容の手紙である。これでレイフ様を救えるはずだ。
そう思っていたのに、待てど暮らせど伯爵が離婚したという噂は流れなかった。匿名の手紙一通だ、悪戯だと思われたのかもしれない。仕方が無いので私は最後の手段に出ることにした。
オズワルド様に相談があるので会いたいと手紙を書く。
彼はすぐに時間を作ってくれた。庭園のガゼボで緊張しながら彼を待つ。
すると王宮の方からオズワルド様がやってきた。
「おまたせ。どうしたんだい? メラニア」
彼は私の隣に座ると、私の手を取って心配そうに問いかける。
これから言うことは嘘も含まれるため、心苦しくなってしまった。
でも、レイフ様の幸せのためにもやりきらなくては。私は目を伏せたまま口を開いた。
「実はアートストリートでジャスミン伯爵夫人を見かけて、ご挨拶しようと思ったのですが、夫人は画家の方といらっしゃいましたの。声をかけようか迷っていたら、二人は抱き合って黄色い屋根の建物に入ってゆきました」
オズワルド様はポカンとしていた。それはそうだ、とても五歳の口から出る内容では無い。
「そのあと帰ったら使用人たちが、あれは不倫だ、お家乗っ取りだと言っているのを聞いてしまいまして。私どうしたらいいか……」
使用人の噂話は嘘である。でもあの時確かに使用人はジャスミン伯爵夫人を認識したはずだから、はなしとしてはおかしくないはずだ。
オズワルド様はしばらく何か考えているようだった。
「わかった、僕の方でも調べてみるよ。心配しないでメラニア」
私は一安心した。
賢いオズワルド様なら分かったはずだ。この話の危険性が。後妻に子供が出来たらどうなる?それも伯爵の子では無いとしたら。レイフ様を殺すだけで、お家乗っ取りは完了だ。
ゲームでは実際、後妻が身ごもった後に不倫が発覚し、どちらの子供か解らず泥沼の争いになっていた。レイフ様も何度か命を狙われていた。そんな心の傷を優しく癒したのがヒロインだったのだ。
数日後、伯爵夫妻が離縁したと新聞に書かれていた。夫人の白昼堂々とした不倫劇に世間は盛り上がる。レイフ様はこれをどう感じているんだろうか。
私は今度はオズワルド様に呼び出された。きっと結果報告だろうと思い軽い気持ちで王宮に行くと、そこにはレイフ様もいた。
突然の事態に動揺してしまう。
レイフ様は柔らかそうな深緑の髪をした大人しそうな少年だった。
「突然ごめんね、メラニア。彼はレイフ・ジャスミン。君にお礼が言いたいそうだ」
オズワルド様の紹介の後、レイフ様は私に頭を下げて語り出した。
「メラニア嬢が義母の不倫を暴いてくれたって聞いたよ。どうもありがとう。父は僕の言葉は信じてくれなかったんだ。陛下に言われてやっと目が覚めたみたいだ。本当に感謝している」
そうだ、ゲームの中で言っていた。彼は伯爵に何度も義母のことを相談したのだ。でも一度も信じて貰えなかった。それはどれほど悲しかっただろう。
やっと家族に信じてもらえたレイフ様は、晴れやかな顔をしていた。
「お礼なんて必要ありませんわ、私はただ見たままをオズワルド様に相談しただけですもの」
私が笑顔で言うと、レイフ様も笑い返してくれた。
それから私たちは三人で思い切り遊んだ。レイフ様はオズワルド様より二つばかり年上だがそれでも九歳だ。遊びたい盛りである。
私が教えた日本の遊びをどんどん覚えて、のびのびと駆け回っている。継母がいた時はこんな風に出来なかったのだろう。彼の笑顔はとても輝いていた。
私たちは池で石切を遊びをして庭師を泣かせたり、猫を追いかけていって厨房の料理人を驚かせたり、やりたい放題やった。
疲れきって息を吐きながらみんなで芝生に横たわると、レイフ様は言った。
「こんなに楽しいのは何時ぶりだろう、これが夢じゃないといいな」
そう言った彼の目には雫が零れているように見えた。いやきっと汗だろう。そういう事にしておこう。
私たちはその日迎えが来るまで遊び倒した。迎えに来たジャスミン伯爵はレイフ様を見て目を丸くしていた。自分がレイフ様から何を奪っていたのか、今更気づいたのだろう。
庭園をめちゃくちゃにしたことで陛下に怒られるかと思ったが、今日はお咎め無しでいいと言う。レイフ様の様子を見てなにか感じたのだろう。
私たちは揃って頭を下げた。そしてそのまま目配せして笑い合う。
陛下に呆れられてしまった。
レイフ様とはまた一緒に遊ぶ約束をした。今回のことから正式にオズワルド様の側近として動くことが決まったため、王宮に来れば会えるという。こんな幼いうちから働くなんて大変だな。でもオズワルド様に毎日会えるなんて羨ましい。
そう言ったら、オズワルド様も毎日私に会いたいと言ってくれた。嬉しくて飛び上がりそうだ。
その光景を、大人たちは微笑ましげに見ていた。
ブックマークや評価をして下さると励みになります。
お気に召しましたらよろしくお願いします!




