16.料理
明後日は花姫選考会である。次の審査は料理。それぞれが持ち寄った、花の精霊をイメージした料理を審査されるのだ。不正が無いよう、精霊様の水晶で確実に自分一人で作ったものであるのか判定される。精霊様の水晶は、嘘を見破る能力があるのだ。
私は花姫選考会で披露する料理の制作に燃えていた。まず作ったのは、大量のクッキーだ。私は堅焼きのクッキーを焼いて冷ますと、事前に作っていた色とりどりの生地でクッキーの上に絵を描く。そう所謂アイシンククッキーと言うやつだ。
これは前世で大量に作っていた。芸大出の私はアートなお菓子を作るのも好きだったのだ。特にアイシングはキャラクタークッキーも作れるので、イベントの度に差し入れとして焼いたものだった。
私は時間をかけて丁寧にクッキーにアイシングを施した。作るのは大量の花である。しかしこれだけでは無い。私はもっと別の秘策を用意していた。
アイシングが終わると、次はホワイトチョコレートを溶かす。溶かしたチョコレートに食紅を加えて色々な色を作ると、ツルツルとした金属板にチョコレートで花の精霊の絵を描き始めた。ものすごく細かい作業だったが頑張った。何かあった時用に二枚作ったが、正直疲れた。
最後にカラフルな飴を溶かし、細く糸のようにして固める。これはチョコレートの精霊様の台座にするつもりだ。
後は明日、花のクッキーの台座となるケーキを焼くだけである。
本当に丸一日掛かってしまった。私は疲労困憊して座り込んだ。
すると扉がノックされる。メイドが遠慮がちにオズワルド様の来訪を告げた。
私は走ってオズワルド様の元へ急ぐ。オズワルド様は私を見て微笑むと、私を隣に座らせた。走って乱れてしまった髪を彼が直してくれる。ちゃんと直してから部屋に入ればよかったと後悔した。
「どういたしましたの?オズワルド様、突然いらっしゃるなんて」
私の疑問にオズワルド様は困った顔をする。
「メラニアは選考会の度におかしな罪を擦り付けられるだろう?だから明後日は僕と一緒に会場まで行かないかと思ってね」
「ありがとうございます、オズワルド様。どうかよろしくお願いします」
オズワルド様がいれば百人力である。どんな冤罪もかけられまい。
「会場で料理の仕上げをしますので少し早く行きますが、よろしいでしょうか?」
「勿論、明日からは僕も審査員として参加することになるからよろしくね」
私は驚いてしまった。婚約者の私が参加しているから、審査員は辞退すると言っていたのだ。どういう風の吹き回しだろう。
「ちょっと不穏な動きがあるようだからね。なるべく会場に居ようと思って」
私のためだった。オズワルド様に申し訳ない気持ちになる。
「そんな顔しないで、僕はメラニアに危ない目にあって欲しくないんだ」
オズワルド様が私を抱き寄せてくれる。私は幸せ者だ。
次の日、残りのケーキを焼いてゆく。クッキーとチョコレートは飾りだから、ケーキは味重視だ。蜜漬けにしたバラの花弁を使ったシフォンケーキである。なかなかフワフワに焼きあがったと思う。審査員も満足してくれるといいな。
選考会当日、宣言通りオズワルド様が迎えに来た。側近たちも一緒だ。全員で馬車に乗り、精霊殿へと向かう。
「今回は何も無いと良いんですけどね」
デニス様がため息混じりに呟く。本当にそうだ。花姫選考会は国事なのだ。これ以上なにかあると大損害が発生する可能性がある。
今回は映像放映がある分、日付をずらせないのだ。今回の放映は三日後と決まっている。商人や民もそのつもりで動いているのだ。
馬車に揺られ精霊殿入りすると、私たちは真っ先に会場に向かった。早めに来たため、まだスタッフさんくらいしか会場に居ない。インタビュアーがインタビューしたがっていたため、料理の設置よりそちらを優先させることにした。
インタビューに答えているうちに、候補者が集まってきた。しかし平民の候補者は一人も現れない。不思議に思いながら指定のテーブルに料理を配置していると、平民の子達が走って会場にやってきた。
「居た!なんてことしてくれるのよ!」
みんな私に向かって走ってくる。嫌な予感がした。
「何か御用でしょうか?」
「白々しい、またやってくれたわね!」
先頭にいた女の子はものすごい形相で私を責め立てる。
「なんの騒ぎだ。説明しろ」
オズワルド様たちがこちらにやって来た。
「メラニア様が私たちの料理をめちゃくちゃにしたんです」
「一体どういうことだ」
彼女達の話を要約するとこうである。朝厨房に自分たちの料理を取りに行くと、大きな音がして、厨房を覗いたら全員の料理がめちゃくちゃになっていた。そして複数人が走り去るピンクの髪の人影を見たという。
「だとしたらメラニアが犯人では有り得ないな」
オズワルド様が言う。女の子は目の前に居る人物が誰かわかっていないのか、喧嘩腰に何でよ!と叫ぶ。
「メラニアは自宅からこの会場内までずっと僕らと共にいたからだ。それに君たちがメラニアを見たと言った時間、彼女はインダビューを受けている。証拠は映像で残ってるんだ。彼女が犯人では有り得ない」
そう言うと候補者たちは押し黙った。
「この花姫選考会は国事だ。それをこの様な汚い手で妨害した罪。そして我が婚約者を二度も陥れようとした罪。死罪になってもおかしくないと知れ」
オズワルド様はとてつもなく怒っていた。貴族の子達は震え上がっている。普段は温厚な分、怒らせると手が付けられなくなる事を貴族はみんな知っているのだ。
平民の子達も、我が婚約者という言葉で彼が誰かわかったのだろう。一言も言葉を発せなくなってしまった。
「とにかく、審査は十時間後に延期する。それ以上の時間は取れない。各自自分の料理に取り掛かるといい」
そう言うと、平民の子達は慌てて厨房に走り出した。
「そして、事態の終結のため、精霊殿内と全員の荷物検査を行う。レイフ、騎士を招集しろ。協力しないものは国賊とみなす」
そして精霊殿内を搜索したところ、厨房近くの物陰から私とよく似たピンクブロンドのカツラが発見された。
十時間後、選考会が再開された。平民の子達には目に涙のあとが残っている子もいる。間に合わなかったのだろう。
貴族組はみんな何事もなかったかのような顔で対応していたが、平民の子達はボロボロだった。これでは撮影にならない。
突然、当代の花姫がみんなの前に立ち、言った。
「オズワルド殿下が仰ったように、この花姫選考会は国事です。この程度のハプニングで動揺を顔に出すようなものには花姫は務まりません。何事もなかったかのように振る舞いなさい。貴族の考えは習っていますね。国の淑女を集めたはずのこの選考会で、このような幼稚な嫌がらせがあったことなど民に知られる訳にはいかないのです」
貴族組は当然それをわかっている。この花姫選考会に出ている時点で、私たちは個ではなく国を代表する淑女なのだ。
しかし平民の子の中には納得できない子もいるようだ。不満を顔に出している。治癒魔法持ちは、精霊殿で貴族の考え方を教えられて育つはずだが、まあこれほどの事があったのだ、被害者としては承服しがたいだろう。
そして審査が始まった。まず嘘がわかる水晶で本人ひとりで作った物か確認する。審査員達が一つ一つ回って味見をしていた。
私のお菓子は見た目だけならこの会場の誰よりも目立っている。いっそ異質な程に。今日だけで何人にこれは食べられるのかと問われたか知れない。カラフル過ぎるからな。審査員が食べ方に困っていたので説明する。クッキーはちょっと口に入れるのに勇気がいったらしい。後でオズワルド様が教えてくれた。
審査が終わり、脱落者が発表される。今回は貴族が三人、平民が三人だった。残り二十二人である。残す審査はあと三つだ。
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