14.力比べとマナー
花姫選考会第二審査は力比べである。力とは腕力のことでは無い、治癒能力だ。何故治癒能力の審査を一番にしないのかって?それは正確な力を測定することが不可能だからだ。
精霊宮にある水晶で大体の力の大きさを測ることが出来るが、それを見分けるのが非常に難しい。その上明らかに力の大きい人が治せなかった怪我を、力の弱い人が治せたりするのだ。昔は水晶で測って力の一番大きい人を花姫にしていたらしいが、精霊から苦情が来たらしい。それから今の形になった。力の大きさはあくまで選定基準のひとつでしかないのだ。
だから今回の力比べは脱落者がいない。気楽な審査なのである。
精霊殿に四十人の合格者が集められる。見事に貴族と平民で別れているのが悲しい。平民の子達は私に挨拶する時緊張しているようだった。まあ、権力者は怖いよね。ヒロインはとても堂々としていた、さすがヒロイン。
今回はインタビューは無しだ。今回の審査は余興のようなものだからである。
下位から一人一人、水晶に手をあててゆく。ヒロインの番が来た時、水晶が眩い光を放った。さすがヒロイン。私は思わず拍手してしまった。周りのみんなも私につられて手を叩いている。
その後は特に何事もなく進んだ。いよいよ私の番だ。私は軽い気持ちで水晶に手をあてる。すると水晶が光り、その光がどんどん増していった。最終的にヒロインのと同じくらいの強さになってキラキラと輝く。なんか私だけ皆と違くない!?なんでスローペースなのか。転生者だからか?
背後から拍手の音が聞こえたが、私は困惑した顔で進行役を見る。
精霊殿の司祭が言った。
「過去には他と違う光り方をする事例がいくつもありました。気にすることはありません」
私はホッとした。良かった私だけじゃなくて。
こうして全員の力比べは終わった。私は今日あったことをオズワルド様に話す。
「やっぱりメラニアは特別だね」
そう言って彼は私の頭を撫でた。特別なのだろうか。まあ、転生者と言うだけで特別ではあるのか。
「光の強さはエイミー様と同じくらいでしたわ」
エイミー様とはヒロインのことだ。
「あの平民で一番成績が良かった子だよね。噂では慈善活動に熱心で誰にでも好かれるいい子らしいよ。聖女様って呼ぶ人もいるとか」
聖女様とは流石ヒロインである。やっぱり格が違うな。
「仲良くなりたいですわ」
オズワルド様が私の髪を弄びながら笑った。
「メラニアなら仲良くなれるよ、きっと」
私は嬉しくなって笑う。仲良くできるといいな。
さて、今日から本格的に候補者たちの戦いが始まるのだ。今日の課題はマナーである。今日の審査から、六人ずつ脱落してゆく。最終審査までに十人に絞られる予定だ。最後まで残った十人の中から花姫が選ばれるのである。
私は精霊殿の廊下を歩いていた。もう少しで会場というところで誰かと思い切りぶつかる。甲高い悲鳴が聞こえた。
「酷いですメラニア様、突き飛ばすなんて」
そこに居たのは参加者の一人、平民の女の子だった。確か名前はアンといったか。
私は困惑する。
「突き飛ばしてなどいませんわ。あなたがぶつかってきたのでしょう?」
騒ぎに気づいて会場から沢山の人が出てくる。選考会の代表者が何事かと聞いてくる。
私が口を開こうとすると、すかさずアンが言う。
「メラニア様が、平民が道を塞ぐなと言っていきなり突き飛ばしてきたんです!」
代表者は私を見ると発言を促す。
「私が廊下を歩いていると、彼女が突然ぶつかってきて悲鳴をあげたのです。私は何もしていませんわ」
「嘘!平民だからって見下して、そんなに貴族が偉いの!」
彼女は声をはりあげて捲し立てる。よく通る声だな。
代表者はため息をつくと、目撃者が居ないか探し始めた。しかし目撃者は居らず、代表者は頭を抱えた。
私は提案する。
「今は選考会を進めてしまいませんか?両方の意見が食い違っている以上どうにも出来ませんし、もしこのまま私たちが争うなら裁判に持ち込むしかありません。私事で国事を妨害するなどあってはならないことですから」
「ご理解感謝します」
代表者は私に頭を下げると、この件は後回しだと言って野次馬を会場に戻す。
アンはまだ、逃げるのかと喚いている。
「続きは裁判所で行いましょう。今は選考会が先です」
私はアンにそう言うと、会場に入る。アンは呆然としていた。
マナーのテストは会場に足を踏み入れる瞬間から始まっている。私は代表者並びに審査員の方々に挨拶に行った。次いで会場にいた候補者の方々に挨拶する。アンはそんな私をずっと睨んでいた。
一通り挨拶が終わったあと、代表者が着席するように促した。それぞれ名前が刻まれた席に座ると、お茶会の開始だ。私の席には平民の子が多くいた。緊張しているようだったので、ゆっくりと街で見た流行りのカフェの話をした。席にいた貴族の子も私の思惑を察したのか、市井の話しかしない。結果なかなか話が弾みいい空気になった。マナーとは思いやりなのである。これくらい出来なければ王太子妃にはなれない。
この試験は貴族の方が圧倒的有利だ。平民の子達も点数が稼げるよう誘導してあげるのもまたマナーだろう。
お菓子を綺麗に食べようと頑張っている子に、食べやすいお菓子をさりげなく勧める。姿勢が崩れそうになっている子には話しかけて緊張を促す。保護者気分になってしまって、ハラハラしっぱなしだったが楽しいお茶会だった。
さりげなく他のテーブルを覗いてみると、お通夜状態になっていたり、貴族令嬢に萎縮している子達がいたりと大変そうだった。
マナーの基本は思いやり、それを忘れた人はきっと失格になるだろう。
特に今回は、映像としてみんなが見るのだ。平民の子達に優しくできないと貴族だって落とすしかなくなる。民は平民を見下さない貴族を求めているのだから。
試験が終わって審査を待つ間、私はインタビューを受けていた。今回の試験はどうだったかと聞くインタビュアーに私はこう返した。
「とにかく楽しいお茶会になるように気を使いました。その場のみなが楽しく過ごせるようにするのがお茶会の一番のマナーだと思いますので。私なんかはお茶会は慣れていますから、慣れていない子達を緊張させないようにしようと頑張りました」
インタビュアーはそれは素晴らしいですねと言って次のインタビューに行ってしまった。
同じ席に座っていた貴族の子が、私に話しかけてくる。
「私メラニア様を見るまで自分だけが頑張ろうと思っていました。でも違ったんですね。私はマナーがなにであるのか忘れていました。メラニア様のお陰で淑女として成長できそうです」
彼女ははにかむように笑った。この選考会に参加して良かったと心から思ったそうだ。そう言われるととても嬉しい。
結局この選考で落とされたのは、貴族が三名、平民が三名だった。あえて平民と混ぜてお茶会をさせることで、貴族と平民を平等に落とせるようにしたのか。考えた人はすごいなと思う。
そして落とされた平民の中にはアンもいた。これから彼女をどうしようか、とても迷う。とりあえず脅しはかけておかないといけないだろう。
私はアンを呼び出して言った。
「私はあなたを裁判で訴えようと思っています」
アンは青い顔をして固まった。
「私はメラニア・ローズ。私は個ではなく貴族です。あなたの行動で、私個人の名誉だけでなく家の名誉も傷つきました。貴方はローズ侯爵家を敵に回したのです。私はその汚名をすすがなければなりません、どんな方法を使ってでも」
アンは泣き出してしまった。そこまでのつもりでは無かったのだろう。
「自分が何をしたのか分かりましたか?」
「はい、申し訳ありません」
アンは泣きじゃくりながら謝罪してきた。
「反省しているようですから今回は不問にしましょう。ですが次はありませんよ」
この位が落とし所だろう。私はアンを帰らせるとため息をついた。
オズワルド様に選考会であったことを説明する。
私はオズワルド様に寄りかかって、心が疲れてしまったのだと訴えた。オズワルド様は私を抱きしめると頭を撫でてくれる。
「大変だったね。君を悪役に仕立てようだなんて許せないな」
オズワルド様は私のために怒ってくれる。それだけで私の心は回復した。
だから私はオズワルド様の呟きに気づかなかったのである。
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