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1.前世の記憶

 それは私、メラニア・ローズが五歳の頃だった。父に連れられ行った王宮で、私はキラキラと光り輝く王子様に出会った。

 王子様と目が合ったその瞬間だった。ぐらりと視界が揺れて私は後ろから父の足にしがみつく。父は緊張していると思ったのだろう。しがみつく私を気にかけることも無く王様とお話している。

 その間、私の頭の中には洪水のように知らない記憶が流れ込んできていた。それがやっと治まった時、私の前に王子様がやって来た。


「初めまして、メラニア嬢。僕はオズワルド・メイプルです」

 その名前を聞いた瞬間、私は理解した。ここは乙女ゲーム『花の楽園』の世界だと。

 私は戸惑った。だが、生まれてから五年間の記憶が、自然に挨拶を返す。

「メラニア・ローズともうします。おあいできてこうえいです」

 舌っ足らずな声で返す言葉はきちんとしていた。生まれてから英才教育を受けて育ったお嬢様らしい。

 私は父の足から手を離すと、王子と向き合った。

 

 キラキラの金の髪に宝石のような碧眼、顔の造形は人形のように整っていて、どこからどう見ても攻略対象のオズワルド王子だ。

 私は父に促されるまま、オズワルド様に庭園を案内されることになった。

 

 

 

 確か王子はゲームでヒロインにこう零していたはずだ。王子として決められた道を歩むのが退屈で仕方ないのだと。確かに、貴族令嬢である私も思う。お上品にするのは退屈だと。なら、楽しいことを教えてあげよう。私はオズワルド様の手を取って駆け出した。

 彼は目を丸くしている。でも今の私は彼と遊びたくて仕方なかった。きっと前世の私と五歳の私が混ざってしまっているのだ。

「たんけんしましょう!オズワルドさま!」

 

 私達は走って庭園を抜けると、広場に出た。はしゃぎすぎて、足がもつれて転んでしまいそうになる。オズワルド様が支えてくれようとしたけど、結局二人で芝生に転んでしまった。慌てるオズワルド様とキャッキャと笑う私は、傍から見ればたいそう微笑ましい光景だっただろう。

 

 私たちはその後も、生垣の下をくぐってみたり、猫を追いかけてみたりして遊んだ。オズワルド様も徐々に慣れてきたのか楽しそうだった。そう、この世は楽しいことで溢れているのだ。退屈なんて言わないで欲しい。

 

 夕方、私たちを探していた騎士に発見されて、冒険は終わってしまった。よく観たら二人とも服がボロボロでまた笑ってしまった。

 父が王様に平謝りしている。まさかこんなことになるとは思っていなかったのだろう。でもそもそも、五歳児と七歳児を二人で遊ばせたら普通はこうなると思う。目を離す方が悪い。いくらしっかりしていても子供は子供なのだ。オズワルド様と目が合って、二人で笑いあった。

 

 帰宅途中、お説教をされている間に私は眠ってしまった。子供は寝るのも仕事なんだよ。よほど疲れていたのだろう。目が覚めたら翌日の朝だった。

 

 

 

 さて、昨日はまだ混乱していたので、今日は前世の記憶を整理したいと思う。

 この世界は乙女ゲームの世界。前世の私が死ぬ直前にプレイしていた『花の楽園』というゲームの世界だ。

 この国は花の精霊に守護された国で、十年に一度精霊に祈りを捧げる『花姫』を選出する。花姫は精霊の恩恵である治癒能力を宿した女性から一人だけ選ばれる。その花姫選抜試験が乙女ゲームの舞台だ。

 ゲームでの私の役どころは、悲しいことに悪役令嬢である。高い治癒能力を持った平民のヒロインを虐めるのだ。

 

 さすがに私はゲーム通りの道筋を辿ってやるつもりは無い。だって、ゲーム通りの道を辿るという事は、攻略対象者たちの身に不幸が降りかかるということだからだ。それを知ってしまったら見過ごすことなんて出来ないだろう。

 

 私のするべき事は決まった。攻略対象者たちが不幸な目に遭わないよう助け、自分も幸せになってみせる。

 私は両手の拳を握りしめた。

 

 

 

 決意を新たに朝の支度を終え、寛いでいると大きな薔薇の花束をもったメイドがやってきた。

「オズワルド王子殿下から贈り物です」

 まさかのオズワルド様からだ。私は花束をメイドに生けてもらい、付いていた手紙を開封する。そこにはきれいな字で昨日の感想が綴られていた。また会いたいから遊びに来て欲しいとも書いてあって嬉しかった。

 私は急いで返信を書く。昨日がどれほど楽しかったか、オズワルド様も同じように思っていてくれてどれほど嬉しいか。書き綴っていたら便箋三枚になってしまった。四枚目にぜひまた会いたいと書いて手紙を締めくくる。仕上げに治癒の力を込めた花弁を手紙と一緒に同封した。

 それから私たちは毎日のように手紙を送りあった。これでオズワルド様の退屈が少しでも紛れればいい、そう思いを込めながら手紙を書いた。

 

 

 

 オズワルド様に手紙を書く傍ら、私は画材を集めて毎日のように絵を書いていた。前世の私は某芸術大学を首席で卒業したエリートで、人気の同人作家でもあった。この世界に漫画は存在しないが、絵を描いていたいという欲は捨てられなかったのだ。

 私は両親たちにも怪しまれないよう、隠れて絵を描き続けた。しかし、子供の隠し事なんて大人にはすぐにバレる。描いた絵を見つけられた私は、天才だと言われて褒めたたえられるようになってしまった。

 父など私のためにアトリエを建ててくれた。これで思う存分絵を描けるようになったので、結果オーライかもしれない。

 私の書いた絵は家中のあちこちに飾られた。ちょっと恥ずかしいとオズワルド様に愚痴ったら、絵を見に来てくれることになった。

 

 

 

 オズワルド様が我が家に来た日、私の絵を見るなり絶句していた。

 そりゃあどう考えても五歳児の画力じゃないから当然だ。普段は落ち着いているオズワルド様が、興奮しながら口々に褒めてくれる。私は嬉しくなった。

「ねえメラニア、僕の肖像画を描いてくれる?」

 オズワルド様の可愛いお願いに、私は早速スケッチを始めた。

 色を塗って完成したら王宮に届ける約束をして、その日は別れた。

 

 私は一生懸命頑張った。これまで以上に気を使って彩色した肖像画は、王宮に飾られていてもおかしくないと家族に太鼓判を押してもらえた。


 私は肖像画を届けるために王宮に向かう。オズワルド様は喜んでくれるだろうか。

 手渡した肖像画を見たオズワルド様は手放しで褒めてくれる。気に入ってくれたようでホッとした。

「メラニアの目には僕はこんなふうに見えているんだね」

 オズワルド様がなんだか嬉しそうにしている。この肖像画は特に光加減を頑張ったのだ。オズワルド様のキラキラが伝わるように細心の注意を払って光を入れた力作だ。

「オズワルド様はいつもキラキラしてますわ」

「僕にはメラニアの方がキラキラして見えるよ」

 お互い褒めあって、笑い合う。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。

「もっとメラニアの目で見た世界を見てみたいな、これからも絵を描いたら見せてね」

 オズワルド様と指切りをして約束した。もっと楽しい絵を沢山書こう。オズワルド様に笑ってもらえるように。

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