第三十話
「あら、二人はもう寝たの~?」
ラ・ドーンがマグカップ片手に言った。彼が持つと、通常より大きめのマグカップがエスプレッソカップに見えてくる。
「疲れてたんだろう。すぐ寝たぞ」
「とかなんとかいってぇ、また社長、得意の寝かし付け、やったんでしょう?」
「まぁな」
ラ・ドーンも初めて見た時には驚いたものだ。どんなに興奮している動物や子供も、あっという間に寝かし付けてしまうのだから。まぁ、動物と子供相手にしか使えないようではあるが。
「さぁて、では本題に入る」
テーブルに三人が集まり、分担を決める。
「レイナは警察のデータベースにハッキングしてボギーの過去を、ラ・ドーンは各公共機関、高速の監視カメラを調べてくれ。私は裏稼業に詳しい情報屋を当たる」
「おっけ~」
「りょ・う・か・い♡」
(※ハッキングは犯罪です。よい子は真似しちゃいけません)
しばらくの間、各自がキーボードを打つ音だけが部屋に響いた。お題目が「世界征服」でなければ、真っ当な働きをする二人である。(手段は別として)
「ラン、これボギーの写真ね。解像度上げてもここまでが限界だったわ」
「おっけぇい。これにちょっとだけ手を加えてぇ、うん、上出来!」
ボギーの顔を画像アプリで強調させる。特徴を捉え、少し修正するだけで、街中の監視カメラとのマッチングがしやすくなるというもの。
「あとはこれを~、自動検索にかけてぇ、っと。うん、じょ・う・で・き!」
パソコンの画面には、首都環状線、電車、バス、飛行場に至るまですべての監視カメラがハックされ、ボギーを探し始める。
レイナは警察のデータを漁り、ボギーの情報を探る。が、探れども彼に関する情報は未確定のものばかりで、かなりのやり手であることが分かった。直接彼に辿り着くことは出来ない気がする。となれば、あとは共犯者……
レイナは新たなるターゲットに標準を合わせた。
サカキが時計を見る。
「そろそろ一時間か。状況は?」
顔を上げ、二人を見た。
「えっとぉ、私は引っかかるの待ち~」
ラ・ドーンがPCを指し、言った。
「はい! 私の方は、いくつか。ボギーって人、凄腕の殺し屋でーす。常に単独行動の一匹狼で、逮捕歴はゼロ。だから写真が極端に少ないし、そもそも彼を直接見たことがあるって人間自体、ほとんどいないみたいでーす」
内容と口調が噛み合っていないレイナである。
「そうか。私も情報屋に探りを入れてみたが、名前を出しただけでそっぽを向かれるな。つまりこれは」
「ヤバい奴、ってことぉ~? きゃ~」
ラ・ドーンがリンゴより大きい握り拳を口の前に並べ、野太い声を出す。
「だが、依頼主の目途はついたぞ」
「えっ、社長、すごーい!」
レイナがパッと顔をほころばせ、拍手する。
「いや、ここからの私は『総帥』だ」
「あ、そうでした。よっ! 総帥!」
レイナがわかりやすいヨイショをすると、サカキがふふん、と自慢気に顎を突き出してみせた。
「何よぉ、すごいのはしゃ……総帥じゃなくて、情報くれたまっさんでしょ~?」
「おまっ、なんでまっさんが情報提供者だってわかったんだっ」
「えー? だぁって裏の世界知ってるのまっさんだけだしぃ? 総帥の言ってる情報屋って、まっさん以外は『今日はどこのスーパーが特売か』を教えてくれるおばあちゃんと、『犬猫健康法』伝授してくれる犬友さん、それに『日雇い紹介』のナベさんくらいじゃないのぉ」
情報も、様々なのである。
「ま、まぁ、そう言われりゃそうなんだけども……」
ゴニョゴニョしている。
「で、依頼主って誰なんですかっ?」
レイナがフォローを入れる。
「うむ。まっさんによると、この街を牛耳ってるヘブンという闇組織があるらしい。そのトップが、自らを神と名乗ってるそうなんだが、そいつが怪しい、と」
「やっだぁ、悪趣味ねぇ、HEAVEN(天国)で、ゴット(神)なのぉ? あ・ん・ちょ・くぅ~!」
ラ・ドーンが眉をひそめる。
「でもぉ、そぉんな闇組織に狙われて無事だったなんて、本当によかったわねぇ」
至極真面目な口調で、ラ・ドーン。これでクララにもしものことがあったら、きっとサカキは壊れてしまう。そんな思いは絶対にさせたくなかった。
「よし、大分情報も集まったことだし、今日のところはここまでだ。いったん仮眠を取って、また明日にしよう。各自、休むように」
サカキはそう言うと、立ち上がる。
「総帥、どこへ?」
レイナが訊ねると、ふっと笑みを浮かべて
「自宅だ。餌やりと散歩をして戻る」
と言い残し、去って行く。
その後ろ姿を見て、レイナが
「……今の総帥、なんかちょっとカッコよくなかった?」
と、ラ・ドーンに言った。
ラ・ドーンは難しい顔をしたまま、
「あんたの感覚が変なのよ」
と言うと、立ち上がる。
「あーあ、ちょっと小腹が減ってきちゃったわ~。おやつでも買ってこよう~っと」
体をくねらせ、出ていく。
残されたレイナは、しばらくパソコンの前で画面を見つめていたが、ふぅ、と息を吐き出し、キーボードを叩いた。。
*****
真夜中の街を、男が歩いていた。
ただ、まっすぐ前だけを見て。
その男の後を、巨大な影が追っていた。
「……何故付いてくる」
サカキは立ち止まると、振り返ることなく問う。
「だって、よからぬこと考えてるでしょ?」
ラ・ドーンが後ろから答える。
「なんのことだ?」
空を見上げ、サカキ。
「ヘブン、よ。野放しにしてたら、またクララが狙われるかもしれない、って思ってるわよね? だから潰さなきゃ、って。ねぇ、わかってる? 相手はマクレ三番都市の裏を牛耳ってる、闇組織なのよ? 独り
「……だからといって何もなかったかのように、見過ごすわけにはいくまい?」
カルロが敏腕刑事であり続ける限り、カルロへの報復としてクララが狙われる可能性が、ある。いいや、可能性の話ではない。現に誘拐されたのだ。今回はたまたま運が良かっただけ。でも、次は?
「でもぉ、組織潰すのは総帥の仕事じゃなく、警察の仕事でしょうっ?」
「わかっているさ。でも警察が奴らを潰すためには『証拠』ってやつが必要だ。だろ?」
パチン、と上手に片目を瞑って見せる。
「んもぅ、こんな時ばっかりカッコいいんだから、いやんなっちゃうっ」
自分をどん底から救い上げてくれた時もあんな顔をしてたな、と当時を思い出して、ちょっと赤面してしまうラ・ドーンであった。
「まっさんのとこにいくんでしょぅ? もう、一緒に行くわよぉ」
本当に、この人は……と呆れる。
「お前が来る必要はないだろう」
「あらやだ、自分だけの手柄にしたいんでしょう? ズルいお・と・こ!」
「そっ、そういうわけではっ」
「さ、行きましょ、行きましょっ」
真夜中の街を、二人の男が歩いていた。
ただ、まっすぐ前だけを見て……。




