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第二十九話

「あら、社長おかえりなさぁい」


 ラ・ドーンが出迎えた先にいたのは、サカキだけではなかった。

「あら、クララも一緒~?」

 会社にクララを連れてくるとは珍しい。いつもはサカキがクララの家に行くことの方が多いのだ。


「こんばんは。お久しぶりです」

 丁寧に頭を下げる姿はいつもと変わらない。誘拐されていたとは思えないほど、いつも通りだ。

「レイナはいるか」

 眉間に皺を寄せ、難しい顔で言うサカキに、ラ・ドーンは違和感を覚える。何かあったのだろうか。

「レイナ、いますけどぉ」


 奥へと向かう。

 事務所にはクッキーを貪りながらトランプをするレイナとヴィグがいた。


「お! サカキ、お帰り~」

 ヴィグが片手を上げる。

 が、サカキの後ろから入ってきたクララの姿を見て、持っていたクッキーを落とした。

「クララ、この子がヴィグ。私の弟子として一、緒に暮らすことになったんだ」

 息子だ、とは言わず、紹介する。

「初めまして、クララ・ベルと申します。おじさまには小さい頃からお世話になってます」

 ニッコリ笑ったその顔はとても愛らしく……


「あ、ども」

 ヴィグが目を逸らしながら返事をする。


「クララったら、大変だったんですってぇ? 大丈夫なのぉ?」

 ラ・ドーンが体をくねらせながらクララの肩に手を置いた。

「ええ、大丈夫です。ご心配をおかけしました」

「で、どうしてここへ?」

 ラ・ドーンがサカキに向き直り、訊ねる。

「それが……」

 言い淀むサカキの言葉を横から掻っ攫い、

「それは私がお話します」

 キッと前を向き強い言葉で、クララ。


*****


 クララはここに来るまでの経緯を、事細かに話し始めた。ボギーという殺し屋に捕まったこと。ハルという若いチンピラが逃がしてくれたこと、二人はただ雇われただけで、黒幕は他にいること。


「それから、私を安全な場所まで連れて行ってくれたのは、ナイトバロン様」

 ウットリとした眼差しで遠くを見つめるクララ。その場にいた全員が肩を震わせていることには気付いていなかった。


「それでぇ、その、ハルって人を探したいってことぉ?」

 ラ・ドーンがテーブルに頬杖を突いて、クララを見る。

「そうです。ハルさんを探して、彼に恩返しがしたいんです! それに、二人が話してたボスっていう人を捕まえたい!」

 グッと拳を握り締め、決意表明をする。


「そんなの警察の仕事じゃーん」

 レイナがクッキーを手に取り、ぶっきらぼうに答える。

「それは……そうなんです。でも、警察が調べたらハルさんも捕まっちゃいますよね?」

「そりゃ、実行犯だもん」

「それでは困るんです!」

 バン、とクララがテーブルを叩く。いつになく、感情が高ぶっているようだ。


「私、まだ誘拐の詳細を父には話してません。つまり、今ここにいる皆さんの方が警察より一歩先を行ってるんですっ。無茶なお願いなのはわかってます。でも、ハルさんを……ハルさんを助けたいんです」


 瞳にいっぱい涙を溜め、皆を説得しようと必死のクララ。ふと、横を見ると、思った通り……

「クララ……君という子は……なんて優しいんだっ!」

 サカキがハンカチ片手に号泣していた。すっかり()()()なのは言うまでもない。

「私はね、クララ、感動したよっ。クララの気持ちはよぉぉくわかった! そうさ! やってやろうじゃないかっ。警察より早く黒幕を見つけてっ、それでっ……」


「見つけてどうするのぉ? 実行犯は別にいるって黒幕がゲロッたら、結局そのハルさんも捕まっちゃうんじゃない?」


 レイナが現実を突き付ける。

 一気に静まり返る、一同。


 レイナの言うことは至極真っ当だ。身代わりでも立てない限り、ハルを無実のまま救い出すことなど出来ないし、更に言えば、前科はどうなる? 話を聞く限り、今回が初犯だとはとても思えない。


「あのさぁ」

 ポツリ、と声を上げたのは、ヴィグ。


「ハルさんって人を救いたいなら、まずはその人を見つけて、警察でちゃんと話をさせなきゃ駄目なんじゃね?」

「……え?」

「そいつが本当はいいやつだとしても、悪いやつらと組んで悪いことやってたのは間違いないんだろ? だとしたら、悪いことした分の罪はちゃんと認めさせて、全部ちゃんとさせなきゃ本当に救うことにはならねぇだろ?」

 ぶっきらぼうに、言い放つ。


 皆がヴィグを見つめていた。


「な……なんだよ」

 気まずそうに目を泳がせるヴィグに、全員が飛び掛る。


「やだぁ、あんたいいこと言うじゃなぁい!」

「ちょっとぉ、見直したわっ」

「ヴィグさんの言う通りだわっ」

「さすが私の後継者だな、ヴィグ!」

 代わる代わる頭を撫でられ、もみくちゃにされる。

「お、ちょっ、やめろって!」

 恥ずかしさと驚きと嬉しさとでパニックになるヴィグ。


 自分は人殺しなんだと言われ、そう思い続けて生きてきた自分。もし、自分が罪人なのだとしたら、その罪を償いたかった。償って、ちゃんとみんなに認められて、そうしなければ生きられないと思っていた。だから、ハルという人を助けたいのなら、今いる場所から逃がすだけでは駄目なんだ。ただ、そう思っただけ。


「私が間違ってたわ。ハルさんを見つけて、警察に自首させればいいのよね!」

「そうだクララ! ちゃんと罪を償って、その向こうに明るい未来があるのだ!」

「おじさま!」

「クララ!」

 二人は熱い抱擁を交わす。


(どうでもいいけど、こういうノリは二人、そっくりなのよねぇ。キ・モ・イ)

 ラ・ドーンが心の中で突っ込む。

 クララは小さい頃から、忙しいカルロに代わって半ばサカキが面倒を見ているようなものだ。考え方が似てくるのは当然だろう。


「ではこれより、ハルさんとやらの捜索を行うこととする。皆の者、いいかっ」

 サカキが声高らかに宣言をした。

「はいっ」(前のめりのクララ)

「……おお」(戸惑い気味のヴィグ)

「はいはい」(呆れ顔のレイナ)

「んもぉっ」(諦めモードのラ・ドーン)


「じゃ、まずはその『ボギー』って殺し屋のこと調べましょうかっ」

 ラ・ドーンがピッと指を立てる。が、サカキがそこでストップをかけた。


「ここから先は大人の時間だ。クララとヴィグは、先に休みなさい」

「ええっ?」

「なんでだよっ」

 二人からのブーイング。しかしサカキは真面目な顔で言った。


「クララ、君は誘拐犯のところから逃げてきたんだぞ? 体も、心も疲れてるはずだ。まずは体調を整えること。全力で取り組みたいのなら、言うことを聞きなさい」

「……おじさま」

「それから、ヴィグ。私の代わりにクララの護衛役を任命したい。どうだ?」

 ニヤリ、と笑い、言う。

「なるほどな! そういうことかっ!」

 ヴィグは言い渡された「仕事」に満足したのか、パッと顔をほころばせた。

「任せろ、サカキ!」

 大きく頷く、サカキ。


 そのまま二人を、会社内にある仮眠室へと連れて行く。二段ベッドの上にクララを寝かせ、下に、ヴィグを。

「それじゃヴィグ、頼んだぞ」

「おう!」

 元気いっぱい返事をするヴィグの頭に手を乗せ、撫でる。ひと撫で、ふた撫で、ゆっくりと、み撫で……。寝た。サカキの得意技である。


「クララもお休み。明日六時に起こすから」

 声を潜め、サカキ。クララは頷くと布団の中に潜り込んだ。


 誘拐されてからというものずっと気を張っていたクララは、サカキの声と暖かい布団の感触で、あっという間に深い眠りに落ちたのだった。

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