第二十八話
「サカキ、遅いな~」
椅子に座り足をバタつかせているのはヴィグである。
クララを発見し、安全な場所まで送ったところで仮面とマントを脱ぎ、家に戻った。先に帰っていたサカキに大目玉を食らったが、ヴィグの話を聞くと、サカキは顔を赤くしたり青くしたりしながら叫びまくり、最後に
『よくやった』
と頭を撫でてくれた。
そのまま会社まで連れてこられ、ここで待つように言われたのだ。
「警察署に殴り込んでるんでしょぅ~? 暴力沙汰になってたら、今頃は留・置・所!」
ラ・ドーンが楽しそうに言った。
「やだっ、ブタバコ行きなのっ? 私差し入れとか持っていくべきっ? それとも、もうかつ丼食べちゃったかな?」
見当違いなことを言っているのはレイナ。二人とも、ヴィグの御守りだ。
「ええー、サカキが犯罪者になったら俺はどうなるんだよっ」
慌てるヴィグに、ラ・ドーンがチッチッチ、と指を振り舌を鳴らす。
「社長はああ見えてカルロ様の友人だから、一発殴ったくらいじゃ問題にはならないはずよ~。そんなことより、警察に呼ばれる可能性があるとしたら、あんたの方じゃないのぉ、ヴィグ」
「へ? 俺?」
「そうよぉ、だってクララの事、助けたんでしょう~?」
ニヤニヤ顔で聞いてくるラ・ドーンから視線を外し、
「助けたっつーか……ただ、拾っただけだし」
そう。
本当ならかっこよく「俺が助け出してきた!」と言いたいところではあるが、実際自分で何かをしたということはなく、ただ大通りまで連れて行っただけなのだ。
「でもぉ、事情聴取はされるじゃなぁい?」
「身バレしてねぇし、大丈夫だろ。クララにも俺のことは黙っててくれって頼んであるしな」
ヴィグはあっけらかんとしている。
「……あれ?」
レイナが急に真面目な顔になり、片耳に突っ込んだままのイヤホンを押さえた。
「なによぉ、あんたさっきから何聞いてるわけぇ?」
「なにって、もちろん警察無線だけど……なんか、変」
「変って、電波が悪いとかぁ?」
「ラン、地図出して」
片耳を押さえたままレイナが立ち上がると、ラ・ドーンに地図を持ってこさせる。テーブルに広げると、それは超弱力爆弾を仕掛けるときに用意したロードマップだ。廃ビルに赤い印がつけてある。
「ねぇ、ヴィグ。クララと会ったのって、どこだって?」
レイナが地図の前で聞いてくる。ヴィグはバス停から自分が歩いたであろう道をなんとなく指でなぞっていく。
「多分、この辺」
それはサカキたちが爆弾を仕掛けたビルの隣だった。ヴィグが入っていったのは、ビルの裏側にあたる路地。
「やだぁ、あんたすぐ隣まで来てたのっ?」
迷子になったヴィグをからかっていたラ・ドーンが、ヴィグの背中を軽く叩く。
「うぉえっ!」
変な声を上げてヴィグが1メートルほど、飛んだ。
「こんの、怪力オカマめっ!」
「あらやだ、口の悪い子!」
「ちょっと、そんなこと言ってる場合じゃないって! おかしいのよ」
レイナの顔があまりにも真剣なので、さすがのラ・ドーンも声を潜める。
「ちょっと、なんなのよっ?」
「それがさ、私達が爆弾仕掛けた廃ビル一帯が、吹っ飛んだって言ってるんだよね」
「はぁぁ? 吹っ飛んだ、って、なんで?」
ラ・ドーンが野太い声で叫ぶ。
「わけわかんないよ。だってあの爆弾は音と煙だけで、ほとんど何の害もない超弱力だし、ビルが吹っ飛ぶなんて有り得ないもん……」
「別の誰かの仕業、ってことぉ? やだ、こわぁぁいっ」
体をくねらせるラ・ドーンを見て、こわぁぁいと思うヴィグなのだった。
*****
爆破現場である。
消防や警察の車はもちろんのこと、どこから来たのか、野次馬の数も相当数いるようで辺りはごった返していた。
一時は強かった火の勢いも今はなく、ほぼ鎮火、といったところか。
見れば、廃ビル三棟半が見事に崩れ落ち、瓦礫と化していた。いかに大きな爆発だったかがわかるというものだ。
「どうなってんだ、こりゃ」
野次馬に混じって現場を見に来たのは、ハルである。身を隠せとボギーに言われ、しばらくは隠れ家として使っているアパートに身を置いたのだが、ニュースを見て飛び起きたのだ。
(ボギーの兄貴、大丈夫なのか?)
まさかこの爆発に巻き込まれたりはしていないと思うが……。電話口で大分怒り狂っていたように感じたが、あの後どうなったのかが全く分からないのだ。
大体、ここら一体が吹っ飛んでいるこの有様は、ハルが見た(聞いた)爆発の比ではない。だとすると最初の爆破はなんだったんだ? あの時は突然のことに驚いて慌ててしまったが、よくよく思い出すと、音と煙こそすれど、瓦礫一つ降ってきていやしなかった。
それなのに……
ニュースでヘリが捕らえた映像では、少なくとも三つか四つのビルが瓦礫と化しているのだ。
なにがどうなってこうなったのか。
それに、姿を消したボギーはどこに行ったのか。
(まさか……依頼主のところに、乗り込んでいったりしてないだろうな?)
直接会ったことはないが、神と呼ばれている、裏の業界ではそこそこ有名な人物だ。金に汚く、裏切りも日常茶飯事。まぁ、この業界に関していえば、どれだけ汚いことをやるかで、今の地位が確立されるわけだが。
ただ、誰を敵に回すかの見定めが出来なければ、途中で消されるのも事実。そういう意味では、ボギーを敵に回すという選択肢を選ぶほど、馬鹿じゃないだろうと思っていたのだが。
(まさか、ボギーの兄貴に背を向けようとはな。魔が差したのか?)
どうにも解せないハルなのだった。
それに、クララがどうなったかも気に掛かる。多分無事に家に帰っているとは思うのだが……。
(って、何で俺がそんな心配をっ)
思わず脳内で赤面してしまう。
これでもチンピラの端くれだ。今まで散々悪に手を染めてきたのに、今更なにを考えているのか。あの時、人質であるクララを逃がしたのも、ただ、魔が差しただけにすぎない。単に、ちょっといい格好したかっただけだ。
ハルは人混みの間をするりと抜け、表通りへと姿を消した。




