第二十五話
薄明かりが漏れているビルに近寄るヴィグ。
勿論、正面から攻め入るような馬鹿はしない。裏口に回ると、慎重に様子を伺った。
とはいえ、どうすべきか。サカキたちを探すにしても、ホイホイ中に入っていくのもどうなんだ? と躊躇していた。
裏口でそんなここを考えながらうろついていると、急に扉が開いたのだ。飛び出してきたのは、女の子。
「え?」
「!」
ヴィグは驚いて声を上げそうになるのを堪え、出てきた人物を凝視する。相手もまた、そこの人がいるとは思っていなかったのであろう、驚いた顔でこちらを見ていた。
(え? もしかしてこの子……)
ヴィグは目を凝らした。サカキの家の壁に貼られていた無数の写真……クララ?
「あ、あの……」
怯えた顔で、クララが声を出した。
「しっ」
ヴィグは慌てて人差し指を立て、制する。
何でここにクララがいるのか、まったくもってわからない。誘拐されていたはずだ。
「こっちへ」
ヴィグはとりあえずクララの手を取り、移動を始めた。ここがもし、クララが監禁されていた場所なのだとしたら、敵がいるかもしれない。というか、状況がよくわからないながらも「ここで話すのは得策ではない」と本能が告げていた。
クララの手を引き、廃ビルから遠ざかる。少し離れた路地まで行くと、身を屈めてクララに話しかけた。
「お前、クララか?」
突然名を呼ばれ、驚きながらも小さく頷く。
ヴィグはスーツにタキシード、マントに仮面という出で立ちだ。クララにしてみれば、
『この人なんなの??』
である。
そんな少年にいきなり名前を呼ばれ、余計に混乱が増す。
「あの、あなたは一体……?」
「俺か? 俺の名はナイトバロン。クララ、お前を助けに来たんだ」
自分でも驚くほど、スラスラと嘘を並べ立てる。
「助けに?」
「まぁな。お前、誘拐されてたんだろ?」
「そう……だけど」
どうしてそのことを知っているのか、どうしてここにいたとわかったのか、そもそも、自分と大差ない年齢に見えるこの不思議な格好をした男の子が誰なのか、何もわからない。
「お前を探し当てたのは単なる偶然だ。だが、安心するがいい。俺が来たからにはもう安心だ。とっととここからずらかるぞ!」
なんだか喋っているうちに気が大きくなってきた。サカキは悪の大結社を名乗っていたが、やっぱり正義の味方のほうがかっこいいじゃん! とばかり胸を張る。
「あり……がとう」
クララが頬を赤らめる。
「よし、行こう!」
ヴィグはクララの手を引いて大通りの方へと走った。
*****
準備は整った。
サカキは仕掛けた超弱力小型爆弾を見ながら、息を吐いた。
仕掛けた爆弾は全部で六つ。各自二つずつを、所定の場所に設置し、合流地点に向かう手はずだ。爆破まであと二十分ある。
「これで明日の新聞の一面が……フフフフ」
不気味な笑いを漏らさずにはいられないサカキなのだった。
「ん?」
物音が聞こえたような気がして、立ち止まる。ここは廃ビルだ。ついでに言えば隣も廃ビルなのだ。誰もいるはずはないのだが。
立ち止まり、耳を済ませる。
「気のせいか」
「総帥~!」
向こうから走ってくるのはラ・ドーンとレイナだ。二人とも一仕事終えた達成感を前面に出している。
「首尾は?」
「上々ですっ」
「問題ないわよぉ」
満面の笑みでそう答えた。
「よし。では車に戻ってその時を待つとしようっ!」
サカキたちは意気揚々とその場を後にしたのである。
*****
そのころ隣のビルでは、ハルが溜息をついていた。もうすぐボギーが戻ってくる。そのとき自分だけがここにいれば、クララを逃がしたとバレてしまうのだ。そしてバレたら間違いなく殺されるだろう。
「……よし、逃げるか」
どうせ逃げ切れやしないだろう。だが大人しく殺されるのを待つのも癪に障る。殺されるならそれはもっと先でいい。どこまで逃げられるかはわからないが、何もしないでいるのはやめよう。足掻いて足掻いて、行けるところまで行けばいい!
覚悟を決め、外へと飛び出す。
物陰から静かに車が走り去るのが見えた。
「……ん? なんだ?」
ボギーの車ではない。
そしてここは廃ビルだらけの一角。
こんなところを車が通りかかるはずもないのだ。何か、嫌な予感がした。
辺りを警戒しながら早足で通りの方へと向かう。ワンブロック離れた時、それは起こった。
バーン ドーン ドドドーン
「な、なんだ?」
振り返る。
ビルから白い煙が立ち上っていた。それはさっきまでハルたちがいた隣のビルなのだが、暗闇でハルは見間違えた。
あれは、さっきまで自分がいたビルだ、と。
そしてそれはつまり、自分たちの命が狙われたに違いない、と。
「なんで、爆発が……?」
目の前で起きていることが信じられず、何度も目をしばたたかせる。
(まさか、ボギーの兄貴が?)
そんなはずはないのだ。
もしボギーが自分を殺す気なら、わざわざあんな手の込んだことなどしない。鉛の玉一つをぶち込めばいいだけなのだから。
それに、ボギーにはハルを殺す理由もないはずだ。無駄な殺しなど、彼は絶対にしない。
となると……
ハルは急いでその場を離れ、ボギーに連絡を取るべく公衆電話に入った。慌ててコインを出すと、緊急用の番号にコールした。
怒鳴られている自分を想像して、受話器を持つ手が小刻みに震えた。




