第十一話
「何っ? 予告状だと?」
米粒が飛ぶのもお構いなしに、デルディオが叫ぶ。
マクレ三番都市警察署。署内にある食堂でテーブルを挟み、デルディオと食事しているのはカルロである。飛んできた米粒を手で払いのけ、非難の声を上げた。
「うわっ、やめろよ、デルディオ」
口の中のものを飲み込み、デルディオが訊ねる。
「予告状って、この前のラブレターの事じゃないんだろ?」
「ラブレター? あの変な手紙のことか? あれはラブレターじゃないだろうが」
「……まぁいい。で?」
先を促す。
「これなんだが」
懐から一通の封筒を取り出す。ひったくるようにして、デルディオが中を見た。一通り目を通し、カルロに突き返す。
「……コメントなしか?」
何も言わないデルディオに、カルロが訊ねる。デルディオは難しい顔をして、カルロを睨みつける。
「引っ掛かってるのは、差出人の名前か?」
手紙の最後には、書きなぐりのサインのような字で、「ボギー」と書かれている。
「ああ」
内容は大したことはない。今までにも何通か届いたことがあるような、簡単な文面だ。要するに、マスコミにちやほやされていい気になるな、といった脅し文句が主である。一行だけ「何かが起こる。覚悟しておけ」といった事件を臭わせるような文章がある。そして、ボギーの名前。
デルディオが、お茶を飲み干し言った。
「今、俺が担当してる事件、知ってるだろ?」
「あの、港の酒場が爆破された、ってやつだろ?」
犯人の手がかりがほとんどなく、犯人割り出しに時間がかかっているという爆破事件。
「あの事件で、一人の男の名が浮上してるんだ」
「……それがボギーなんだな?」
確かめるように、カルロ。
「通称、だ。こいつは謎が多い。過去に一番都市の方で被害が出ていたが、それもボギーが絡んでいると言われていた。だが、有耶無耶なまま、まだ解決には至っていない」
「へぇ」
「冷静沈着、冷酷非道と言われている殺し屋らしい……ってことしかわかってない」
「この手紙を書いたのはそいつだと思うか?」
「さてね。こんな風に手紙を残したことなんて、今までなかったと思うが。……その可能性があるかもしれないと思って、わざわざ俺に聞いて来たんだろ? 俺がボギーの事を調べてるのを知ってて」
「……まぁな」
「は、ん。嫌な野郎だぜ、お前って奴は」
タバコを取り出し、火を点ける。思いっきり吸い込み、深く息を吐いた。
「素直に言えばいいだろう? 知り得る限り、ボギーの情報をまわせ、って。お前の事だ、どうせボギーに関しての、存在する資料は読んだんだよな? それでいて俺に意見を求めるって事は、その手紙に事件の臭いを感じてるってことか?」
「……見つけたのは今朝だ。おかしなことに この封筒には俺の指紋しかついていない。拭き取ったらしき後もないんだ。つまり、指紋を付けないよう手袋か何かをして準備をし、直接俺の机に置いたことになる。文面の文字も、印刷もよくある一般的なものだ。内容が内容だし、まさか署内の誰かがこんな大袈裟ないたずらを仕掛けたとは思いたくないが」
ゴホン、と一つ咳払いをし、続ける。
「万が一、署内でこんな手の込んだ悪戯をする奴がいるとすれば、お前だけだ」
「このやろー、俺を疑ってやがったな?」
手紙を出して、反応を伺っていたのだ。知らないふりをしているのか、本当に知らないのか、を。
「俺がそんな手紙を送って、なんのメリットがあるってんだっ?」
完全にふててしまっている。
「すまん……だが、お前じゃないとするとやはり……」
「……調べてみる価値はありそうだな」
警察署、しかも第一犯罪課に侵入するなど、並大抵の事ではない。相手はプロである可能性が強い。「ボギー」と書かれたサインが本人のものか、調べる術は……ある。一番都市にボギーの書いたものとして、とある書類が保管されていたはずだ。鑑定すれば同一人物のものかわかるだろう。事件を担当しているのはデルディオなので、カルロはどっちにしろ、デルディオの手を借りなければならなかった。
「よし、なんとか今日中に調べてみるよ」
「頼む」
「しかし……こんな手紙が届く度に指紋調べてるのか? お前」
「全部が全部ってわけじゃないさ」
「……刑事の勘、か」
カルロの勘は並大抵のものではない。業績が、それを物語っている。
「ま、いいさ。月雫で手を打つよ」
悪戯っぽく片目を瞑るデルディオであった。
*****
翌日。
サカキは夕暮れ時の公園でうろうろしていた。コートに帽子、サングラスといういで立ちで、もう公園を三周半している。不審人物感丸出しで、通報間近なくらい、怪しい。
ラ・ドーンとレイナはというと、今回は協力したくないとの事。子供はもうたくさん、という理由だ。ラ・ドーンに関していえば、誘拐する相手が「若くていい男」であれば協力したかもしれないが。
「ふぅ」
キョロキョロと辺りを見渡すと、何人かの子供が、ブランコや滑り台などで楽しそうに遊んでいる。サカキがうろうろしているのは、誰を連れて行くかが決まらないからだ。事前にターゲットを決めもせず、直接ここまで来ている。計画性というものは花火と一緒で、夜空にパンと弾けて消えたに違いない。サカキは意味もなく、夏に見たスターマインを思い出した。
「金目的じゃないから、誰だっていいんだけどさぁ」
思わず言い訳じみた独り言まで出てしまう。
そうこうしているうちに陽は傾き始め、迎えに来た母親に手を引かれ、一人、また一人と姿を消して行く。サカキは人気のなくなった公園をしばらく眺めていたが、溜息を一つつくとブランコに腰を降ろした。
「……懐かしいなぁ」
昔、忙しいカルロに変わって、クララを公園に連れ出しては遊んだものだ。
キィィ、キィィ、
暮れゆく空を眺めながら、なんとなく思い出に浸っているその時、カモは自分からやってきた。背中にネギは背負っていないようだが。
「……おじさん、なにしてんの?」
突然声を掛けられ、サカキは、驚いてバランスを崩しブランコから滑り落ちた。その勢いでブランコは後方へと勢いよく吹っ飛んだ。尻餅を付いたところに、遠心力が底をついて、重力に導かれるまま戻ってきたブランコが、サカキの後頭部を直撃する。ゴン、という鈍い音と、サカキの「だっ!」という短い悲鳴。後頭部を押さえた瞬間、今度は前からブランコがやってくる。寸でのところでサッと躱すと、首がコキュッと音を立てる。
「あがっ、筋っ! 筋ピキッてなったっ」
涙目で首をさするサカキ。
「ばっかみたい」
冷ややかにサカキを見下ろしているのは、クララより少し小さいくらいの男の子。
「……帰らないのか?」
誘拐を企てている人間の言葉とは思えないような一言をかける。もうすぐ日が暮れる時間。家族が心配するだろう、と考えてしまった。
「……まだ、帰らなくていいんだ」
少年はそう言うと、サカキの隣のブランコに乗り、扱ぎ始めた。
「おじさん、押してよ」
「……ん? あ、ああ」
言われるままにブランコを押してやるサカキ。何とも妙な成り行きである。
しばし、無言でブランコをする二人。先に声を掛けてきたのは少年の方だった。
「おじさん、誘拐犯なんだろ?」
サカキが眉をしかめる。
「はぁ?」
「ごまかすなよ。俺、さっきのおじさんの独り言聞いちゃったんだ。三時間も公園の中うろうろしてるから、怪しいと思ってずっと見張ってたんだぜ」
「……あ、そう」
こんなガキに見張られていたことにも気付かなかったとは……。迂闊すぎる自分を反省し、うなだれるサカキ。
「なぁ、俺のこと連れてけよ」
「……へ?」
少年は普通に会話するのと同じ調子で、さらりと言ってのけた。サカキの方が面食らっている。
「誰でもいいんだろ? もうここには俺しかいないしさ、俺を連れてけって言ってんの」
「……なんで?」
「なんでって……あんた、子供を誘拐しようと思って、ここに来たたんじゃないの?」
「……そりゃ、まぁそうなんだが」
諭されるような物言いに、どう返せばいいかわからず素直に認めてしまう。
「ガキはすぐに泣くしよぉ、おとなしくさせる手間考えたら、俺なんてちょうどいいと思わねぇ?」
確かに、目の前の少年は泣いたり喚いたりはしなさそうである。だが、
「自分から『誘拐してくれ』なんて言うガキはいないぞ……」
まごつくサカキには目もくれず、
タンッ
勢いよくブランコから飛び降りる少年。見事な着地を決め、不敵に微笑んだ。
「さ、行こうぜ」




