第92話 決着
炎の魔法をフーリアとリリィの風と植物の魔法を飲み込むように放つ。炎は2人の風を包み込んでその威力と範囲が広がる。
それだけじゃない、リリィの花びらも燃やすことで全体的に炎が満遍なく広がり、大きな家なら丸呑みにしてしまう巨大な炎の塊を作り出す。
この魔法が上手く行けばリゼルの反対位置にある家が燃えてしまうけど……そこはもう仕方ない!
炎はリゼルの水の魔法をも包み込み、戦いは終わった――かに見えたんだけど、炎はリゼルの手前で止まった!?
「お、俺はまだ……!!」
「なっ……あいつ両腕の1部が炎に触れて、皮膚が焼けてるのにまだ、立ってる!?」
え……何そのグロい状態……。
紅いの焔の魔法のせいでリゼルがどうなっているのか私からは良く見えてない。ギルドの誰かが口にした言葉を想像して少しだけ気分が悪くなる。
そんな光景を見たくないと言う想いと、そろそろ諦めて倒れて欲しいという気持ちだ。
だってアクアドルっていう娘が居るんだし、あの子は敵だけど……それでも悲しい思いはして欲しくない。そこまで酷いことをされたわけじゃないもんね!
それにあの子からは明確な敵意を感じなかったというか、魔法でいちいちギルドマスターの証を浮かせて引き寄せて奪った時、あの魔法を使う前に攻撃できたはず。
私達との戦いを避ければいいものを戦ってくれて証を取り返せた。
そして何よりこちらが疲弊する前に引いてくれた。
あの時のアクアドルからは指示に従っていると言うより、戦いや会話を楽しんでいるように見えた。
ただ最後にリゼルを止めてくれることを願っているとも言ってたっけ……。
戦いをすぐに放棄する姿を見て、リゼルを見捨てているように見えて……しかし助けを求めているようにも感じとれる。
「降参してください!きちんと話し合えば……!!」
「俺は……もう負けられないんだぁぁぁぁああああああ!!」
「うぅ……魔法の威力が上がった!?」
諦めるどころか魔法の威力が増している。というかリゼルの姿が見えないんだけど、なんだか嫌な気配を感じた。
多分リゼルからだと思う。飲んだ薬はやっぱり魔法教団の怪しいもののはず、ダインスレイブと同じ体質になるのならほかの人格を自分に入れるとかじゃないかな?
だとしたら口調が変わったのも魔法と剣を使えるのもなんとなく分かる……ダインスレイブという例があるからね。
あの薬はおそらく人格に作用するもの……。
ならリゼル本人届く言葉を伝えれば帰ってくるかもしれない!!
「アクアドルはちゃんと生きてます!生きて会ってあげてください!!」
「俺は負けられない僕は負けられない俺は負けられない僕は負けられない俺は負けられない僕は……」
人格が混濁しているのか聞く耳を持たない。
このままじゃダメなのは分かった……これ以上、他の人格に汚染される前にリゼルを戦闘不能にする!!
そのためにはこの程度の魔法じゃダメだ!!炎の温度をもっと上げて……限界まで身体を燃やす……いくら炎への耐性があっても人間の身体である以上限界はある。
炎の剣と炎の魔法を使っていた私は他の誰よりも炎への耐性が高い。
そんな私のギリギリ耐えられるくらいまで炎の出力を上げる!!
「ちょルーク!炎が白く……!!」
炎が白く染まり、熱量が増す。
炎への耐性があっても汗を掻いてしまうほど、これが限界かな……。後はもっと勢いを付けたい。
私は1歩、2歩と後ろに下がる。
引いているわけじゃない……これは助走を付けためだ!!
適当な距離を稼いで、自分の身体に白い炎を纏わせる。
汗がだらんと流れてくるのがわかる。
前世なら匂いとか気にしたことないんだけど、こんな状況だけど今は少しだけ気になってしまう。
実はこの人生で炎への耐性が元から付いていたので汗を掻いたことがなかった。
だから気にすることもなかったんだけどね。やっぱりあの狐の女神様から頂いた力は凄い!
助走を付けたということはすなわち、私は炎の魔法を放ちながらリゼルの所まで特攻する。白い炎の中に飛び込み、一気にリゼルの所まで突っ走る。
「これが私の最大の魔法……白焔!!」
私ですら熱すぎて焼けてしまいそうな白い炎の中を全速力で突き抜ける。魔法を放つために突き出している右手の袖が白い炎に耐えられずに燃える。だけど気にしない!!
私の捨て身の攻撃はリゼルの胴体を直撃する。
「がああああぁぁぁぁぁぁ……!?」
そして勢いよく家の壁に叩きつけた。
身体が砕けていてもおかしくない程の衝撃……だけど相手はギルドマスター、頼むから生きていて……。
砂煙が収まるのを待ち、リゼルの倒れてぐったりしている姿が見える。
炎の残熱の影響でリゼルの所まで行けるのが私しかいないのでとりあえず生きているか確認する。
魔力の流れ、そして胸に手を当てて心臓が脈打っているのが分かる。
生きてはいる……だけどこれは……あまりに心臓の動きが早すぎる。
私の治癒魔法は傷こそ治せるものの体力を回復させることは出来ない。
早く手を打たないと!
「誰か……体力回復の治癒――」
助けを呼ぼうと叫んだ時、咄嗟に私の右腕がリゼル掴まれる感覚があった。
それに驚いて声を出すことを忘れて振り返る。
そこには息も絶え絶えなリゼルが私の腕を弱々しい力で握っていた。
まだやるつもり……?
「無駄……です。僕はここで死ぬ」
「なっ!!……まだ助かるから……!アクアドルを置いていってはいくのは……」
「この熱気の中じゃあなた以外に近づけません、それにあの薬はそういうモノなんですよ」
「は……?」
「使用者に魔導騎士と同じ力を使えるようにしてくれますが、その後すぐに使った者は死ぬと聞かされてますから」
「どうしてそんなものを……?」
命を失うことを分かっていて使うなんて……。
「魔王教団と私が繋がっていることは知られる訳にはいきませんでした。知られた場合は国どころか魔王教団を敵に回すことになるからです」
「なっ……」
「はぁ……勝てる方に乗ったつもりだった。この世界は実質、魔導騎士が支配しているようなもの。僕はそれを変えたかった」
「そんなの魔王教団じゃなくても……」
「あそこが1番可能性がありました……どんなことをしてでもあの子の母親を……僕の妻を奪ったアイツらをこの手で殺してやりたかった!!」
「……」
「安心してください。特に君のことを恨んでいない。直接の死因も君のせいじゃない……気にしなくていいさ……これが僕の人生だったんだ……」
リゼルは敵とは思えないほど清々しい笑顔を向けてきた。
最初に会った時、助けてくれたリゼルもまた本物だったのかもしれない。
私はそんなことを考えながら彼の最期の瞬間を見届けた。