第88話 紙一重
約3時間の往復でようやくジャスミンの街へ帰って来た!
街から街までの往復を私達は馬の足を使わずに自力で走り抜けた。
スタミナの限界はアルストロメリアを出た際に迎えてしまったんだけど、応援に来てくれている冒険者の1人に治癒の魔法を掛けてもらい、終始全力ダッシュで街の往復ができた。
治癒の魔法か……私の炎も似たようなものだけど、スタミナを回復させることはできない。あくまで傷を治す程度。
こういう魔法があると便利かもしれない。
「ち、治癒魔法をありがとうございます。ガーベラさん」
「いいえ!同じギルドの仲間だもの!」
「あ……はい!」
咄嗟に返事をしたけど、私は花園のギルドじゃなくてルエリアのギルドの冒険者なんだけどね。
それでも仲間と認められた気がして少し嬉しかった。
白髪の神秘的な雰囲気を纏うガーベラにここまでのお礼を言って、さっそくギルドへ戻ることにした。
街の中へ入ってすぐに星の欠片の残党と思われる冒険者が複数人現れる。
確か、マスタージャスミンが魔法で動きを封じてくれているはずだけど……まさかもう限界が来た……?
もうと言っても3時間強、それほどの時間、ずっと魔法を展開しているのなら限界が来てもおかしくない。
とりあえず襲い掛かろうとしてくる冒険者達を止めないと!
前へ出て星の欠片の冒険者と対峙する。しかしそれを一緒に来てくれたアルストロメリアの冒険者の1人、ユキノシタが制す。
小柄な男性でもしかしたら私達よりも歳が下かもしれない。
「ここは僕がやります」
「え、でも……」
「マスタージャスミンの魔法は完全に途絶えていない。おそらく、街の外側から魔法が消えかかっているんだろう」
「それなら私達も鎮圧を手伝った方が……」
「僕一人でやれる」
ユキノシタはそう言いながら向かってくる星の欠片の冒険者達を氷の魔法で封じる。まさに一瞬の出来事だった。
氷は星の欠片の冒険者だけじゃなく、街の一部も凍り付かせていた。
S級の冒険者と言っていたけれど、それほどの実力は持っているみたい。これがジャスミンにはエキナ1人だけなのがアルストロメリアには3人も居るという。
リゼルがアクアドルを使ってまでアルストロメリアへ助けを呼びに行くのを阻止するだけある。
「あ、やりすぎたか……次からは気を付けるから君らは早く行って」
「わ、わかりました……」
実力は相当あるみたいだからマスタージャスミンの魔法に掛かって動けていなかった人達を相手にするくらいなら大丈夫そうね。今は一刻も早く、花園へ向かわないと!!
ユキノシタの言った通り街の端には動けている星の欠片の冒険者が居るんだけど、中央へ行けば行くほど、魔法で拘束されているのかその場に立ち尽くしている星の欠片の冒険者が居た。
マスタージャスミンはまだ魔法を使ってくれている。つまり生きている。
邪魔が無くなり何事も無くギルドまでたどり着いた。花園前では膝から崩れ落ちているエキナと今にもそんな彼女を蹴り飛ばそうとしているリゼルの姿があった。
マスタージャスミンは魔法の行使のし過ぎか息が荒く、衰弱していた。
「はぁはぁ……やめ……ろ!!」
「ふん、間に合わなかったみたいだな?無理もない。あいつらは私の娘と星の欠片アンタレスの中でも最強の魔導士が居たんだからな」
「くっ……ん?ふふ、それはどうかしら?」
「強がるなよ。小悪魔が……まずは大切な妖精を目の前で――」
リゼルは勝利を確信して後はエキナにトドメを差すだけ。
しかしそれに夢中になっているせいで私達の事に気づいていない。
そこへアルストロメリアから連れてきたガーベラ以外の残り2人の冒険者が一斉に襲い掛かる。
「ストレ、リチア。頼みます」
「「はいガーベラ様!」」
赤い髪のストレと青い髪のリチア。彼女達は双子でアルストロメリアでも有名な2人組らしい。2人とも双剣を使い、リゼルを2方向から斬りかかる。
気配に気づいたリゼルはエキナへ振る下ろうとしていたナイフを止める。後ろを振り返る……が、既に遅かった。
若干動きが鈍っていたのでエキナとジャスミンを相手に相当苦戦したのが分かる。
2つの方向から4つの剣がリゼルの首に添えられる。
「ぐっ……どうして、アルストロメリアの冒険者が!?」
「ギルドの仲間が伝えてくれた」
「仲間……だと?」
リゼルは今、首をこちらに向けられる状況じゃないので私達の事は見えない。
もしかしたら私達じゃアルストロメリアからジャスミンの街まで戻ってくるのに時間が掛かると思っていたのかな?
それならその予想は外れたと言っていい、私達は無傷でここまで戻って来られたのだから。
「お前達!無事だったか……」
「マスター!ていうか……大丈夫ですか!?」
「ああ、そろそろ魔法が切れそうだがな」
どうやら紙一重だったみたい……。
予想以上に早く着いたつもりだったんだけど、それでもギリギリか。
このリゼルとかいうやつ……やっぱり強いってことだよね。
見た感じ確かに魔力量は結構あるし、1対1なら苦戦していたと思う。でもこれは皆で戦えばいい。それなら十分勝機はあると踏んでいる。
ジャスミンが弱らせてくれたおかげか……。
まあそれも考えるだけ無駄という事、この状態ならもう脅威じゃない。
リゼルの事はストレとリチアに任せて、私達はギルドの中へ入る。まだ中に残党が居るかもしれないからね!
中には動けそうな星の欠片の人は居ない。皆、拘束されていて魔法を解かれたところで身動きすらとれないだろう。
ギルドの皆がジャスミンの加勢をしないのは足手まといになると確信を持っていたからだ。
とりあえずギルド内の安全を確認して、リゼルの様子を見に行こうとしたその時、外から何やら不穏な会話が聞こえてくる。
「……した」
「なんだ?」
「私の娘はどうしたと聞いている……!!」
「娘……?スイレンの皆さんが戦っていた2人組に女性がいたらしいが」
「まさか……やられたのか?」
「私達は見ていないがここに、我らアルストロメリアの冒険者がいるということはそういうことだ」
「そう……か。くっくっくっ……絶対に殺してやる!!」
「はぁ?――!?何して!?」
リゼルは歯を思いっきり噛みしめました。
そして歯は砕けて中から赤い粉が放出されて、リゼルはそれを――。
ゴクンッ――。