第87話 リゼルの思惑
スイレンという新入りのまだよく知らない4人の少女達の要請を頼んだギルド花園の支部リリィのマスタージャスミンは少し後悔していました。
あの子達は大丈夫だろうか?リゼルの部下に襲われていないか?そんな事が頭の中を過り戦いに集中できないようです。
「マスター!」
そんな集中を欠いたジャスミンの名をエキナが叫びます。
活を入れるためじゃなくて、考え事をしているジャスミンへ向かってナイフが飛んでいるから。エキナのその叫びに考え事をしていた思考を戦いへ戻す。
ジャスミンは飛んできたナイフを首を少し捻って避ける。
頭を狙った投擲だけど、ナイフであるから範囲が狭くて簡単に回避できたみたいです。
「ありがとうエキナ」
「いえ!それより考え事ですか?」
「ええ……スイレンの子達に全てを任せてよかったのか……と」
「そう言う事ですか。主観ですが、私は彼女達は信用にたると確信しています」
「裏切るかもしれないとは私は考えていませんよ」
「そうではなく、戦闘の能力はまだまだですが……強くなりたいという意思は伝わってきます。後、私達のギルドの様に信頼し合っているみたいですから……ここは彼女たちを信じるべきかと」
「それもそうね……」
ジャスミンは既に起きてしまった事への後悔をしていましたが、自分が過去に助けたエキナの言葉に少しだけ勇気付けられた。
しかし、依然として戦いは終わる気配をみせません。
花園のギルド内部には既に星の欠片の支部アンタレスに所属する4人の幹部が侵入していた。
「エレメントスターの事を気にしていますか?」
「ええ……あんなギルドの冒険者だけど、実力は相当なモノ。リリィ達が無事かどうか……」
「リリィ達もまた実力者です。それより今は……」
「リゼルね……分かっているんだけど、今の私じゃ無理よ」
「一度、街全域へ展開している魔法を解いては?」
「ダメ、私はこの幻惑の魔法で何人を今現在掌握しているのか分かってる。190人の星の欠片の冒険者とその思想に陥った一般市民700人……。これを同時に開放するわけにはいかない」
「700……この街の半分近い人達ですか……」
一般市民である以上、冒険者のエキナ達は手出しができない。
故に開放してしまうと一般市民とも無理やり戦わされることになり、この街の領主であるジャスミンへの街の人達の不満が出てくる可能性があります。
何の力も持たない一般市民がジャスミンの意思に逆らったら、武力で黙らせられる……そんなことはあってはいけない。
「星の欠片はともかく、そそのかされた一般市民は傷つけられない」
「ふふふ……苦しいですよね?だから貴女は私を殺せるけど、殺せない」
「私が他に魔法を割いていなければ……即死よ」
「それが分かっているから、街の人達を使ったんですよ」
「……リゼル殿、あなた方の狙いは一体なんですか?」
ダクト達を魔法で惑わせて、全てを吐かせ、ある程度の情報をジャスミンは得ていた。彼女の考えでは星の欠片は魔王教団にさらなる発展をもたらすためにこんなことをしている。
そしてまずはハーベスト帝国でも端にあり、隣国のルエリアに近く、そこまで大きくないジャスミンの街を支配する事を狙っている事が分かっています。
友好国との関りが一番近い街を手に入れられれば、帝国の街を少しずつ魔王教団の手中に収められることも夢ではない。何より魔王教団は人数が多い。
壮絶な目標を掲げている星の欠片ですが、どうしてそこまでするのか。
ジャスミンには分からなかった。
「魔導王様の降臨のためですよ」
「魔導王……?魔王教は確か、正式名称は魔導王教団だったわね」
「我々の最終目標は魔導王様の降臨ですから」
「それとハーベスト帝国を乗っ取るのに何の関係が……」
「なるほど……つまり、お前は我々の目的まではダクト達から聞き出せなかったというわけか」
「……」
「教えるつもりはないが……少し気分が良いからヒントをやろう」
「ヒント……?」
「そう、結局のところ……だ。教団というのは一体何を崇め、何に従っているか……」
「……まさか神などという存在が居るとでも?」
「魔導騎士を神と崇めているルエリアやこの大陸の一部の人間に言われてもね」
「……」
まるで馬鹿にするような物言いだが、ジャスミンはそれを否定する事ができなかった。
ハーベスト帝国もまたルエリア王国と同じで魔導騎士を神と同じ認識を持っています。
ただし、ハーベスト帝国では魔導騎士に対して批判的な意見を持つ人も少なくない。
それ故に神を信じていない人が居る中で魔王教団は魔導騎士を信じていないこの国では逆に活動がしやすい。
今頃、ルエリアでは魔導騎士殺しの罪で魔王教団の鎮圧のために動いています。
しかしそれはまだ、ルークさん達は知らないお話です。
トットットッ――。
そんな可愛らしい足音がジャスミン達の耳に入りました。その足音の方を見たジャスミンは目をパッと見開き安堵の笑みを浮かべます。その違和感に気づいたリゼルはジャスミンの見つめている先へ視線を映し、やがて青ざめた苦悶の表情を浮かべています。
ルークさん達が帰ってきたのです。