第352話 2人のルーク
過去の記憶、それを魔力へ変換することで一時的に魔導王の魔力を上回ることができるかもしれない。
だけどそれをやると今の俺はどうなるのだろうか。
過去の記憶は消えると今の俺も消えるんじゃないか。
せっかく全てを思い出して、これからタイヨウ達の仇を取るチャンスが来た……。
今まで何百年と魔法の女神が送り込んできた刺客をその時代の仲間達と共に戦って来た。
その過去の仲間の仇だって取りたい。
他にもまだやりたいこと、したいことはたくさんあった。
それも全て終わってしまう……。
それでも覚悟を決めて目を閉じる。
記憶を魔力へ変換する魔法は集中が必要だ。
目を閉じると突然、目の前から人の気配を感じた。
魔導王が攻めてきたのかと急いで閉じた目を開く。
するとそこには……。
一人の赤毛の少女が立っていた。
「俺……?いや、ルーク=バレンタインか」
今回の転生した女の子ルークが目の前にいた。
辺りを見回すと学校ではなく、焔の中で、熱くはないけど同じ顔の子が目の前にいると言うのは少し妙な気分だ。
鏡の前とはまた違う……。
「そう。記憶がない状態のあなたであり、本来の私」
どうやら俺はまた違った意思で会話も可能なのか、それともルミナが何かしているのか。
それは分からない。
……自分だけど、自分じゃないみたいだ。
どうして記憶を魔力に変えようとしたときに現れたんだろう。
「それより、アナタは消えてしまうの?」
「そうだな、君にとってこの記憶は邪魔だから」
「そんなことはないよ私達にとって邪魔なんかじゃなかった。うっすらとだけど前世の記憶があるだけで、子供の頃は助かったじゃない」
いじめてくる義母達から殺されないようにうまく立ち回ったり、子供の頃から学ぶことの必要性。
それらを知っていた、さらに魔法と言うものに強い興味を持っていたからこそ、誰も助けてくれない状況の中でも頑張ってこられた。
この記憶が全て無駄だった……というわけはないのかもしれない。
それを知る事が出来て少しだけ救われた気がした。
まあ目の前にいる子は自分だから自分の言葉なんだけど……。
「分かってるじゃない、それにタイヨウ達は私よりもあなたの方が仲が良いみたいだし、私は結局、あの人に敬語しか使えなかった」
「そう……だったな。今思えばなかなか気持ちが悪い」
「私からして見たら普通だけどね」
記憶を取り戻してから、あいつに敬語を使っていたことという事実がどうもむず痒い。
あの世界から俺より少し遅れてやってきた親友に対して、敬語は変な感じだ。
死んで再会したらからかわれそうで少し癪……。
ルーク=バレンタインとして生きてきて、今思えば色々とやりようはあったなと思い出す。
人生をやり直せてもあまりうまくいか無いモノか。
後、フーリア達と風呂に入ったときの事を……。
「ちょっと、それはやめてくれない?」
「そう……だな。あの子達を汚すわけにはいかない、俺はここで消えるよ」
「別にそこまで言ってないけど、それにあなたは消えないよ」
その瞬間、目の前の女の子の身体が光り輝いた。
これは女の子が光に変わったわけじゃなく、俺の身体がルークの中に流れていく。
「え……?」
それでも消えるわけがない。
記憶はなくなり、過去の自分はいなくなる。
だけどそれだけ、過去の自分がやってきたことがなくなるわけじゃない。
タイヨウ達との壮絶な旅、800年この世界を守ってきた。
そしてそれらの壮大な記憶を使って、死んでいった過去に関わった人達と成してきた事を無駄にしないために戦う。
それに、この世界には私がいる。
過去の記憶を忘れても、今の私はその過去に旅した人の魂を持っている。
だから――
「安心して、私が消えるまで一緒だから」
私は過去の自分にそう告げた。
「……それは案外嬉しいかもな」
彼はどこか安心した表情でなにかを呟いていた気がする。
しかしその声は届かない。
なぜなら魔力となって、私の中に流れてきたから。
突然入ってきた記憶はまたすぐになくなり、いつも通りのルークへ。
過去の自分に別れを告げて、私は今を生きることを選ぶ――。
再び目を閉じて開けると元の世界に戻ってくる。
もう過去の記憶はない。
多少の男心も完全に消え去り、ようやくこの世界のルークになれた気がした。
前までの自分は前世の記憶を持っていた状態として覚えているものの、それ以外は綺麗さっぱり――なんだか不思議な感覚だ。
でも過去の自分と話したことは覚えている。
完全に消えるわけじゃなく、その意思は受け継がれる。
「皆、私について来て‼︎」
「ルーク、無理に口調を合わせる必要はない。俺はどんな君でも受け入れ――」
「ううん、過去の記憶を代価に魔力を手に入れたの」
「……ん?え、はい……?」
サツキは私が何を言っているのかわからない様子だった。
それもそうか、前世の記憶を消して魔力に変換するなんて想像も付かないだろう。
メイビスの魔体症……それを参考にしてルミナの魔力で作った特殊な固有魔法。
だけど今はそれを説明している暇はない。
魔導王がいつ襲ってくるか分からないからね。
だから私は、今ある全ての魔力を解放した。
身体から血のように赤い魔力が溢れ出てくる。
その勢いは止まることを知らず、私の魔力は思いっきり捻った蛇口のように爆発する。
「マジかよ……魔導王以上……もしかしてその魔力で押し切るつもりか?」
「そんなに甘い相手じゃないよ。私がこれだけの魔力を欲した理由……それは皆にルミナと作った魔力を分け与えること‼︎」
前世の記憶を持っていた数分前の私は1人で戦いを終わらせるために戦った。
けれどそれは今の私の本心じゃないわ。
本当はみんなと一緒に戦いたかった。だって1人は怖いから1人で消えちゃうのは怖いから……。
過去の自分は大人で、その記憶があったから立ち向かったけど本当はずっと皆と一緒がいい‼︎
とても臆病で寂しがりやかもしれないけど、これが今の――
「私だ‼︎」
その瞬間、サツキ達の魔力はルミナの魔力へと変化し、さらにその量も膨大なモノへ昇華した。
過去の記憶持った人間が一度だけ使える魔法。
「固有魔法私達の記憶……!」




