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第35話 大切なモノ


 私は怪しい男ごとフーリアを炎に包みこんだ。

 

 2人の叫び声が聞こえる……フーリアは無事なはずだけど、炎に焼かれているという認識から死を悟っている可能性がある。フーリアは私が魔法を使える事は知っていてもその魔法の概要は知らない。

 

 まあフーリアは強い子だから大丈夫……なはず。私はあの子がショック死しない事を心の中で願った。

 それより問題は怪しい男なんだけど……。手ごたえはあった。

 ただ私は真っ二つに胴と足を切り離すように横薙ぎに切ったはずなんだけど、まだ叫び声が聞こえるんだよね。

 

 フーリアを庇って炎の出力を下げてしまったのが原因か。

 フーリアには内緒だけど、これ……ぶっつけ本番でやってるんだよね。魔法の腕には自信があったから成功する前提だった。

 

 だけど微かに軽い何かに触れる感覚があったんだよね。

 炎が収まると男のフーリアを押さえつけていた左腕が焼け落ちているのが見える。

 軽い感覚は腕を斬った感覚だったんだ。だけど炎で斬れた所を焼いて止血されているのか血はもう出ていなかった。


「お前……狂ってんのか!?大事な仲間なんだろうが!」

「フーリアは無事だよね?」


 私は炎を払ってフーリアを解放する。

 

 フーリアはとてつもなく驚いた顔をしていたけど、1ミリの怪我もなく無事だった。

 そんなフーリアは私が無事だよね?と聞いた瞬間、ムッと怒りの表情を見せる。


「何故か痛くも熱くも無かったけど……死ぬかと思ったわよ!!あなた馬鹿なの!?」

「あれ……もしかして怖かった?フーリアは強いから大丈夫かと……」

「なっ……!?だ、大丈夫だったわよ!!!!!!」

 

 フーリアは長い髪を靡かせて平気な様子を見せる。

 

 フーリアは強い子だから大丈夫だと信じていた。少し顔が赤いけど、大丈夫かな……熱くはなかったはずなんだけどね。


「どうなってやがる……なんでそいつは燃えて()ぇ!?」

「そういう魔……剣の力だから」

「魔剣……?その形状のなら聖剣じゃ……よくも俺の腕を!!」

「観念して掴まればこれ以上痛い目には合わせないから」

「ふん、腕一本落としたくらいで……それに俺はこれくらいすぐに治せる」

 

 この怪我を治せる!?

 どんな再生力しているのよ……トカゲじゃあるまいし。

 だけどさすがの男も片腕を焼かれてしまって焦っている様子、再生するのが本当でもすぐにそれをしないという事は今はできないからだろう。


 ここまで追い詰められたんだ……せめて捕まえて色々吐かせてやる!

 

 フーリアを危険に晒された怒りはまだ収まっていないんだから!

 

 援軍もこの男の幻影の魔法だったんだから居ない。冒険者達も元から隠れていた教団の人達の制圧を完了する目前だった。

 正直ここから負けるとは思えない……けど、フーリアの事が掛かっているから警戒は最後まで怠らないようにする。

 

 そんな事を考えていると怪しい男の背後に音もなく忍び寄っていたギルマスは彼の首元にナイフを突き立てる。

 幻影魔法に惑わされたものの油断も隙も無い動きでさらに翻弄する。

 

 男は腕を焼き落された状態でも身体を無理やり捻ってギリギリ避ける。ギルマスの動きも確かにおかしいけどこの男も大概ね。まるでトカゲというよりは蛇みたい。

 

 しかし、そこからは隙しか生まれない。

 

 胴体を限界まで曲げている隙にギルマスは次の一手を用意していた。もう1つのナイフを取り出して首筋を狙ったその時――。


「ガキ共との戯れにも容赦なく介入してきやがって!!……仕方ねぇ……最後の手段だ!!!!」

 

 男はそうにやりと笑うと何かの魔法を使った。

 すると男から中心に黒紫の靄が発生して姿が見えなくなる。これはまさか……!!


「まずい!ルーク!!フーリアを守れッ!!!!」


 やっぱりこれは目くらまし!?で本命を狙うためのものか!

 

 私はフーリアを全力で守る。魔力を感知して敵の位置を特定しながら炎帝刀で炎の壁を後ろに作って背後へ回られないようにする。

 極めつけは炎の付与魔法でフーリアの身体の表面に爆炎の炎を纏わせる。もちろん本人には熱さを感じないよう「不死鳥の炎」にする。

 

 だけど少し妙だ……。魔力感知で男の居場所は分かるんだけど、ギルマスが近くから全く動いていない……いや、それどころかさっきよりも近い……?

 と、それに気づいた時だった。


「ぐっ……気様……まさか狙いはフーリアではないのか!?」


 紫色の煙の中からギルマスの苦痛の声が聞こえる。

 

 フーリアは暗がりの中、私の袖を掴んで離れないようにしていた。フーリアは守れる範囲内に居る。


 ギルマスの声からして相手の狙いはギルマスの可能性が高い……それなら!!

 私は刀を掲げる。


「照らせ、炎帝剣」


 炎の刀は炎を纏い闇を払う。

 

 暗がりの幻影魔法のようなものが消えて私達の目へ最初に飛び込んできたのは心臓を刺されて横たわるギルマスとそれを見て不敵に笑う怪しい男だった。


「作戦は完了した……厄介なギルドマスターは死んだ。もう用はない接収する」

「待て!どうしてギルマスを狙った!!」

「ちょ……ルーク!!」


 ショナが私を制ししようとしてくる。

 

 これ以上敵を刺激させたくなかったんだろう。だけどこのまま何も得られずに負けたまま帰る事は出来なかった。

 男は片腕を失ったにも関わらず硬骨な笑みを浮かべながらその問いに答える。


「こいつは敵にしたら厄介すぎる……」

「まさか……!!」

「学生はまだ夏休みだっけか。新学期くらいの時期は気を付けろよ~」

「……」

「あ、後……腕は治ると言ったがくそ()てぇのは変わらねぇ……お前にも同じ痛みを味わわせてやる」


 言いたい事ばかり言いやがってコイツ!!

 

「一方的だな……せめて名前くらい言えよ」

「口調が荒いぜ?せっかくの可愛い顔と会わねぇな?まあいいか……本当の名前はないがコードネームはある。アルタイルだ、覚えておきな嬢ちゃん」

 

 コードネーム……?魔王教団はそんなものを使っているのか。

 

 アルタイル……覚えたとはいえまだフードの下の顔を見られていないから会っても誰か分からない。

 アルタイルはその後、動ける仲間を引き連れて去って行った。動けると言っても本当に少数でもうアルタイルを合わせても5人しかいなかった。

 

 引いたのもこれ以上私達を相手に勝てる保証が無かったからだろう。それに目的はギルマスの暗殺だったみたいだし……。ギルマスの体には心臓を刺された後とそこから紫色に変色していた。

 

 これはもう助からない……。なんでこんなことを……。


「ギルマス!」

「ギルマスしっかり……!!」


 しかしギルマスは心臓を一突きにされていたもののかろうじて息はあった。

 それも長くは続かないだろう。私の再生の炎でも治癒は無理だ。魔法は万能じゃない……。

 

 そんなことを考えていると息も絶え絶えにギルマスが私の方へ声を掛けてきた。


「小娘……少しこっちへ来てくれ」

「わ、私ですか……?」

「……はやく」


 私はギルマスに呼ばれて彼女に近づいた。

 声が掠れていたのでなるべく近い口元へ耳を傾けて話を聞く。


「私は“少々”眠りたい。そのために魔力をくれ」

「え……」


 その瞬間首筋に一瞬、激痛が襲う。その後になんだか気持ちのいい快楽に襲われる。……血を吸われて……。

 

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