第340話 理想の女の子
鉄格子越しに見る光景を私達はただ、呆然と眺めるしかなかった。
魔法陣の影響で空間が歪んだ場所から瞳孔が細い獣のような巨大な目が出現する。
人間一人分のサイズの瞳孔はメフィストの言葉を聞いてその要求を飲む。
メフィストは不敵な笑みを浮かべている。
まさに勝利を確信し、全てを手に入れたと言わんばかりの勝ち誇った表情……。
あの人の思い通りになるというのに私達は何もできずにただ見ているだけだった。
眺めている間もフーリアは鉄格子を壊そうとしていたんだけど、一向に壊れる気配はなく、苛立ちを露わにしている。
「ちょっと!早くこの鉄格子壊すの手伝ってよ!!」
「いや……それがこの鉄格子に施された魔法……その魔力の練り方が尋常じゃない……。俺の剣でも全く斬れないようになってる」
「なんでここだけそんな頑丈にしてんのよ……あの女狐!!」
「というかそういう問題じゃない……魔力が常に供給され続けて、俺達がどれだけ破壊しようとしても壊れない……多分ルミナは……」
サツキが言いたい事は私も考えていた。
あの子は女神復活のために魔力を相当消費しているのに未だにこの魔法の強度は弱くならない。
おそらくムーンとタイヨウがやっていた魔法をその場に置いておく技術を応用している。
しかもこれだけにほぼ全ての魔力を注いで弱体化までしていた。
通常時で私達をここまで食い止める強度の魔法を作るのは不可能だから、おそらくルミナはサンライズの命を燃やす魔法を使っている。
魔法は命を使う事でその威力が何倍にも増す。
似たような所だとユウリの魔体症の影響で、彼女は年齢不相応の爆発的な威力の魔法を使えるのはそれの影響だ。
あの子は自分の命を使ってまで私達をこの部屋に入れたくなかった……。
その理由はおそらくあの女神だろう。
女神は恐らく眼だけ復活していて、空間の歪みの中からこちらを覗いている。
その目を見ているだけでゾッとする……。
本当にあの眼の持ち主が、私が転生する前に会った神様なのか疑ってしまう程だ。
あんな感じじゃなかったと思うんだけど……。
その女神は光り輝くメフィストにさらにこっちへ来るようにと指示する。
しかしメフィストはそんな状況でも命令された事に不満を感じたのか少しだけ眉を顰めていた。
それでも近づくだけでこの世界を終わらせるほどの力が手に入るのならと、近づき……その手を伸ばす。
するとその時、メフィストの身体に赤い魔力の粒が纏わりつく。
「おお……これが力……もっと、もっとこの力を寄こせぇぇぇぇぇええええええ!!」
メフィストの周りに纏わりついている魔力は私やルミナを遥かに超えていた。
ルーフェ並の魔力が四方に散らばっている。
こんなに簡単に世界最強の魔導士と同等の魔力を与えられるなんて……。
魔法の神様というだけあってポンッとそれだけの魔力を渡すことができるなんて、こんなのが復活したら確かに世界は簡単に滅ぶだろう。
だけど少なくともそれをメフィストが起こしてしまうことは無さそうだ。
何故ならその女神様は欲に溺れたメフィストの手をまるでゴミでも見るような目で睨み、次の瞬間――焼いてしまう。
「ぐあああああああああああっ⁉」
『触るなッ!!!!!!』
女神とは思えない恐ろしい声で叫ぶとメフィストの周りを漂っていた赤い魔力の粒子が激しく動き出す。
丸い粒子は針のような形になってメフィストの身体を無造作に突き刺した。
膨大な魔力に身体ごと貫かれてしまう。
さらに魔導士にとって血と魔力は密接な関係があり、その2つが混ざることでメフィストの身体がブクブクと膨れ上がる。
「なっ……これは……!!」
『我に触れて良いのはこの世でただ1人、それ以外はなんであろうと死ね!!』
「そんな……私はあなたを復活させたんだぞ!!ここまで色々なものを裏切ってきた……全ては魔導騎士になり、真のこの世の頂点に立つ……後一歩、後一歩……なんだ……ぞ…………!!」
メフィストの身体はあまりの魔力に耐えられなくなり、破裂した。
しかし、血肉は飛び散ることなく、女神の眼に吸収されていく。
私たちの見ている格子の向こう側はそんな狂っている状況で、むしろ開けなくて良かったんじゃないかと思ってしまう。
ありえない事が起きていて、ただそれを息をするのも忘れて見ている事しかできない。
そんな時、女神は徐にルミナを呼び出した。
『ルミナ、はやくこっちへ』
「……はい、我が創造主よ」
ルミナはその指示に従うと歪んだ空間に近づく。
吸い込まれてしまうんじゃないか……そう思っていたら、突然……私を模倣した身体ルミナがその目に吸い込まれてしまう。
そしてルミナは元の小さい妖狐の姿に戻ってしまった。
私を模倣した身体を取り込んだ女神は黄金の輝きを放ち喜びの声を上げる。
まるで心躍る少女の如く。
まるで恋でもする乙女のような、高くて弾む私と同じ声で喜びの声を上げるとその黄金の輝きは薄れて、もう一人の黒髪の私が現れた。
黒髪の私は自分の身体を愛おしそうに抱きながら弾む声で叫んだ――
「遂に手に入れた……私の想い人の理想の女の身体をっ!」




