第356話 太陽に覆われる月
ムーンの不意打ちにより、絶対に負ける事のないと思っていたタイヨウがやられてしまった。
この人の力が無いとムーンを倒すことは難しい……。
さらにこれから復活しているかもしれない魔導王を相手にするかもしれないのにここで魔力を使い切るわけにはいかない、せめて剣を使って魔力を最小限に抑える。
「炎帝刀アマ…………」
「待てよ……!!」
私が炎帝刀に魔力を込めようとしたその時、背後から刺されたタイヨウの声が聞こえてくる。
心臓を貫かれているのにも関わらず、タイヨウは自分を貫いている月の刃を握って放さない。
その様子に一瞬だけムーンは戸惑っていた。
しかしこの魔法に斬り割かれると斬られた箇所の魔力の流れも断ち切られて魔法を使えなくなる。
心臓は魔力を溜めておく器官と繋がっていて、そこから血と一緒に魔力が体中へ流れていく。
魔導士の魔力が命の源と言われるのは魔力の流れを止めるという事は血を止めるのと一緒だから。
魔力切れは生命を維持するために魔法が使えなくなるだけで完全に無くなるわけじゃない、それでも血の量が減れば命に関わる。
何よりムーンはその命の源の流れを絶ってしまった。
これにより、タイヨウはもう助からない……。
それなのにどうしてかタイヨウはその腕に込める力を徐々に強くしていく。
さすがにその異様な様子に気づいたムーンは月の刃から手を放して瞬間移動で距離を取ろうと考える。
しかしそれをタイヨウは許さなかった。
月の刃から手を放して、ムーンの手首を掴む。
不意に掴まれた事でムーンは嫌悪感を露わにする。
「この死にぞこないめ!!もう無駄よ!斬り割いてあげる……月魔法、三日月落とし!!」
巨大な三日月の刃がタイヨウの首を断頭するために落とされる。
タイヨウはムーンの腕を掴んでいたんだけど、逆にムーンは逃がすまいと腕を掴み返す。
高笑いを浮かべて勝ちを確信するムーン。
彼女の気味の悪い笑い声がお城の中に響き渡り、三日月のギロチンがタイヨウの首に触れた瞬間……。
ジュッ――
まるで溶岩に冷たい1敵の水が落ちた時のような軽い音と共に月のギロチンが蒸発した。
タイヨウの身体は銀色の炎に包まれている。
「これは……まさか……いやしかし、魔法は使えないはず!!」
「はぁ……はぁ……ああ、今の俺には魔力の流れを操作することはできない」
「それじゃあどうして……これは間違えなく魔法!!」
タイヨウの使っている魔法……。
初めて見るその魔法を私は知っている。
私の憶えている魔法とは若干色が違うけど、この銀色の炎は命を燃やす時に染まる時のモノと似ていた。
「禁忌魔法……命の炎!!」
「どうして魔法を……いやそれより、この魔法はまずい……腕を落としてでも……」
「させねーよ!」
ムーンが掴まれている腕を斬り落として逃げようとするのに対してタイヨウは銀色の炎で月魔法を燃やした。
月魔法は魔力を消す性質を持っている……本来なら魔法では太刀打ちできないはずだけど、タイヨウは命を代価にしている。
魔力と一緒に放出されている血を月の魔法は消せなかった。
この銀色の炎は燃やした血が染まった色。
命を燃やす白い炎は使用者に莫大な焔をもたらす代わりに戦闘終了後、灰となってしまう魔法。
血や肉が灰になりかかる事で炎が白く染まる。
「可愛い娘の腕を斬り落とさせるわけにはいかないからな……」
「じゃあ殺すなッ!!アンタの近くに居たら溶けちゃう!!」
「いや……責任をもって殺す。お前のしてきた今までの罪を俺が燃やそう」
「やめて!クソクソ……どうして魔法が使えるのよ!!」
「お前のやったのと同じ、魔法をその場に置いておく技術を使った」
「そんなの事前に魔法を設置しておく必要が……まさかアンタ……命を燃やす魔法を使う前提でその場に置いていたの……⁉狂ってるッ!!」
「あのまま、お前を燃やしても時間経過で命を燃やす魔法が発動する。お前一人で逝かせるわけにはいかないだろ?」
タイヨウはムーンのこれまでの行いを、2人の命を燃やすことで償おうとしていた。
タイヨウの覚悟は、このお城に突入した時から決まっていた……。
最期にムーンを抱きしめながらタイヨウは呟く。
「次もし生まれ変わって俺のガキとして来てくれたら……ちゃんと愛させてくれ」
「――ッ!!」
ムーンのその時の表情は良く見えなかった。
タイヨウの大きな身体に覆われていたから。
だけど一瞬だけ、ジュッっと鳴った音は涙を蒸発させたように聞こえた。
タイヨウはムーンごと銀色の炎で焼かれて灰となる。
タイヨウの覚悟を前に私は何もできず、ただ見ているだけしかできなかった……この炎は私でも安易に近づけない。
でも彼の想いを見届ける事がルークとして、今までずっと生きてきたタイヨウを報いる事が出来るとそう思った。
最期にタイヨウは笑顔でこちらを見つめていたのを思い出す。
彼の眼から強い意志が伝わってくる。
『後は任せた前の世界からずっと親友だった――』
”ルーク”
なんとなくそう訴えかけてきたと感じ取った。




