第323話 想いの力
ヘラクレスとの戦闘中、突然足元に胸から上を切り離されて転がってきたライバルを紅蓮は無言で見下ろしていました。
彼は今……目の前で起きた事の整理を頭の中でしていた。
しかしその考えがあり得ないと判断してしまいます……それが目の前の光景でも……。
だけど確かに目の前には最悪な事が起きていました。
それを信じたくない紅蓮はヘラクレスとの戦いを置いてルーフェの身体を拾い上げる。
胸から下が繋がっていないので首だけを起こす。
紅蓮は血の水溜まりに膝を付いて叫ぶ――
「ルーフェ!目を覚ませよッ!!」
そんな様子を哀れに思って笑いながらヘラクレスは眺めている。
しかし同時に自分との戦いから目を逸らして、足元に転がってきた死人を必死に起こす様を見て唇を歪ませる。
「おい、俺との戦いはどうした紅蓮さんよぉ」
「お前は……こんな所で終わる奴じゃないだろ……!!」
紅蓮はヘラクレスの話を聞いていない。
「聞いてねぇし……。いいじゃんか、噂ではアンタら険悪だったんだろ?魔導を極めた魔導騎士と剣を極めた魔導騎士……」
お互いの進んだ道が違う故に考えが理解できず、仲が悪かった。
さらにルーフェの敵を作る態度は紅蓮をイライラさせることも少なくない。
それでも紅蓮は彼女に死んでほしいと思ったことは一度もありませんでした。
唯一自分と同等の力を有している……そんなライバルであり――気になる相手だったから……。
「まさかアンタがそのゴミを大切に抱えるとはな」
「ゴミ……だと……?」
先ほどまで聞こえていなかったヘラクレスの声は紅蓮に届いてしまった。
しかもその言葉は今、彼に最も投げかけてはいけないモノ。
氷のように冷たい炎を扱う紅蓮の身体には高温の青い炎が纏わりつく。
そしてそのままヘラクレスを睨む――その表情に委縮する。
「――ッ!へ、へぇ……そんな顔ができるんだな」
紅蓮はその名前とは反して冷静でクールな男性。
ヘラクレスとの戦いも決して熱い男の戦いをしていたわけではなく、むしろ冷静に分析して彼を徐々に追い詰めていました。
剣を極めたくせに剣への情熱が少ない紅蓮に追い詰められつつもヘラクレスは呆れていました。
魔法も極めればムーンに匹敵したかもしれない……と。
ここでようやく紅蓮が自分に対しての明確な殺意を抱いたことに悦びと悪寒をヘラクレスは感じていた。
それだけ無表情だった彼の顔が変化した。
ヘラクレスはそれでも臆することなく、今にも泣き叫びそうな紅蓮を挑発する。
「そのまま戦えよ紅蓮!!」
ライバルの亡骸を抱える紅蓮へ気にすることなく、突っ込んでいくヘラクレス。
しかし少しでも近づこうとしたヘラクレスに紅蓮は怒鳴る!!
「触るんじゃねぇー!!!!」
「うぐっ……なんだ……?剣は……地面に置いてあるのに……何をした!?」
ルーフェの身体を支えるために両腕を使っているので剣は下ろしたまま、それなのに近づくことすらできない熱風がヘラクレスを襲う。
ヘラクレスは魔法が得意ではありませんが、魔導騎士になったことで素人よりは魔法を使えるようになりました。
だから気づく。
「魔法か!剣を極めたという割にそんな小細工も使えるのか!」
「それ以上、近づくな……!!殺してやるぞ。クソ野郎共が……!!」
あれほど強気だったヘラクレスはその言葉を聞いて攻撃することを辞めます。
攻撃したら殺される……今の彼からはそんな確信がありました。
すると突然、あり得ない事が起きます。
切り離されて動かないはずのルーフェの首が少しだけ動きました。
「紅蓮……」
「ルーフェ!!治癒魔法を掛けろ!!意識があるのなら助かるはず……」
「無茶……言うなよ……」
「無茶じゃない……お前は俺のライバルだろうが!!」
「聞けよ……紅蓮。ボクは死ぬけどその前に伝えておかなければいけない」
「お前から……そんな言葉を聞きたくない……!!」
ルーフェの弱気な発言を聞いた紅蓮は激しく絶望し、涙する。
自分がもう少し魔法を極めていれば……真っ二つにされたのが自分なら、ルーフェに助けてもらえたかもしれない。
そんな紅蓮の考えをまるで見透かしたかのようにルーフェは笑った。
「ねっ……魔法って良いでしょ……」
「……」
「聞けよ……。ムーンの月魔法は異世界の神の業だ。ボクじゃコピーできないのはそのせいかな……」
「月魔法……タイヨウ様の太陽魔法に似た魔法か」
「確か重力だったかな……そんなものと魔力を操っている……ボクにはそう見えた」
弱点や攻略の糸はつかめないけど、それでも分かったことを紅蓮に全て伝えた。
それは1人で戦うかもしれない紅蓮のためでもあるけど、一番は弟子にそれを伝える事を優先する。
魔法の概要さえ知る事が出来れば模倣魔法に似た芸当ができるルークなら月魔法を使えるかもしれない。
そんな考えがありました。
「弟子のために……そんな状態で意識を保ってんのかよ……」
「だって君には必要ないだろ。君なら一人で倒せるんだから……」
「お、俺が1人でムーンを……?……お前はそんな事を言う奴じゃない。だって俺の事を――」
その先の言葉を阻むようにルーフェは限界ギリギリの状態で口を挟む。
「信じてるよ……紅蓮。ボクのライバルにして大切な……ひ…………」
「ル、ルーフェ!!待てよ……行くなよ!!」
しかしそれ以上ルーフェが口を開くことは二度とありませんでした。




