第268話 優しい聖獣
湖の中央には人が十数人くらい入れる小さな陸地があり、そこには花や草が咲いている。
なのでそこに聖獣がいるのかと考えるが陸地には十数人しか入らない程度のサイズで、全体像は離れていても全体が見えている。
そのどこにも聖獣らしきものが見えない。
離れているから見えにくいということもなく、転生前のような老眼ではないのではっきり見えている。
となるとミツキが言っていた通り、あの陸地が聖獣ってこと……?
「嘘でしょ?」
「嘘じゃないわ。というかあなたが伝説の焔王ルークなら聖獣様を呼び起こせるはずでしょ」
「焔王……?」
多分前世かさらにその前の私のことを言っているんだろうけど、そんな2つ名いつの間に付いていたのか。
いや待てよ……既に私はこの世界で沢山転生していて、その中には英雄ルーク、皇帝ルーク、勇者ルークだったみたいだし、それらが事実なら焔王と呼ばれていてもおかしくないのか。
アマノでのルークは焔王と呼ばれていたのか……確かタイヨウは陽王だった。
焔王の座は前の私から誰かに譲ることなく、陽王として今日まで生きてきたのだろうか。
ほんと、どれだけ長生きなんだあの人は……。
てことはこの聖獣も凄く歳を取っていて眠いっている状態なのかな。
「ここの聖獣様は目覚めた所を見たことがなくて、私は潜って見た目だけ知ってるわ」
「どういうこと?」
「もう何十年もこの湖で眠ってるわしいわ」
「焔王ルーク様が居なくなってタイヨウ様が王位を継いでからずっと動かないそうです。あっ……たまに復活していたと聞きますが、それはルイが転生してくる前だな」
だからその焔王の生まれ変わりなら目を覚ましてくれると思ったわけか。
しかし、湖の中で何百年も眠っていたのなら死んでるんじゃないだろうか。
神様は聖獣について死んでも転生するって言っていたっけ。
湖の中央からは確かに大地の魔力を感じるし、死んではいないみたい。
うーん……何もいないように見えるけど、本当に出てくるのか少し不安ね。
それでも意を決して私はその聖獣に話しかける。
「っとその前に、名前ってあるの?」
「タイヨウ様から聞いています。クラン様だったはず」
「あれ……なんかインパクトない名前」
「どういうこと?」
「いや、なんでもない……」
私がそんな普通の名前を付けるとは思えないけど、まあとりあえず呼んでみるか!
違ったら私がもっといい名前を付けてあげればいいんだし。
「クラン!えっと……ルークです?だよ?目を覚ましてくれませんか?」
声が小さいなりに頑張って張り上げたんだけど、応答がない。
その光景を見てミツキは呆れたような視線を向けてくる。
子供にそんな目で見られてもなんとも思わないはずなのになんだが凄くムカついてきた!!
てかだいたい名前が違うと思うんだよね!
この聖獣がどんな見た目をしているのかそれは見えないんだけど、こんなに巨大な生き物なら……。
「やっぱり名前が違うんだよ!私なら……ギガントスーパーク……」
「ちょどうしたの急に……何、魔法?」
「魔法じゃなくて名前、私ならこんなかっこいい名前を付けるから」
「……センス無いわね」
「はぁ……?まあだけど動かな――」
聖獣が目覚めないと思っていたその時、湖がグラグラと揺れ始める!!
地震……!?そこまで日本に似せなくてもいいのに……。
そう思っていたんだけど、どうやら地響きとはまた違う感じだ。この湖の周辺のみ揺れている。
その揺れは激しく、剣士として多少鍛えた私の身体でもちょっと体幹がグラグラするほど。
なので魔導士一筋であるユウリと魔法に特化した魔導騎士のマツバ、ルイ、そしてルーフェは地面にしがみついていた。
魔導士と言ってもマツバは普通の人くらいの体幹はあるだろうし、一般人が立っていられない程大きな揺れ……。
ちなみにそれ以外は普通に立っていた。ショナはユウリの心配をして駆け寄ってあげている。
「な、なにこれ!?」
「この魔力……聖獣大神烏様と同じものだ!!」
「それは本当?ルイ!私達の守護聖獣様の!?ということはまさか……!!」
ミツキが叫んだその時――!!
花や雑草が生い茂る湖の中央が動き始める。
まるで生きているかのように植物たちは……湖の中へ潜って行った。
そして次の瞬間、湖の水がこちらまでまるで津波の様に襲い掛かってきた!!
やばい!私泳げないんだけど!!
そんな情けない心配をしていると津波の前に立ち、刀を掲げるサツキ。
水の刀は襲い来る湖の水を操って球体に収束する。
水に関しては水の魔導士みたいに自在に操る事が出来てそれを攻撃に使ったり、こうして水害を止めることもできる。
ここにサツキが居て良かったと安堵していると急に空が暗くなる。
空に浮かぶ水の球体が大きすぎて空が隠れてしまった……わけではなく、本当に空が暗い。
何か邪悪なものが現れたのかと疑ったが、すぐにそれは無いと確信した。
「ルーク様~!その名前で呼ぶのだけはやめてけろ~!!」
大きくて低い、しかしなんだか気だるげな可愛い声が空から響く。
サツキが恐る恐る水の球体を退けると遂にその姿が露わになる。
空を覆う程の巨大な身体……その持ち主は熊の聖獣だった!!
茶色い毛の良く居るような熊をただ大きくしたような感じだけど、その表情は熊とは思えない程柔らかくて全く怖さを感じさせない。
「まさかあなたが聖獣ですか?」
「あれ?もしかしてまたオデの事を忘れちゃったの~?」
「ご、ごめんなさい」
「まあしかたねぇよ!ずっと前の話だしなぁ~……それより良く生きて……あれ?なんか前より小さくて見た目も違うような……?」
こんな気だるげな熊が聖獣……?
もちろんすごく大きいし強そうなのに、なんだか凄く弱そう。
これがこの国を守護する聖獣の一体だとはあんまり思えないというのが本音だった。




