第218話 悪魔のささやき
深い暗闇の森の中、私は気づいたらそんな所に居た。
確か聖獣の汚い牙に触れたはずなんだけど、どうして急にこんな場所に……?
私、フーリア=デイ=ホワイトはホワイトの宝剣と同じものを手に入れるため、聖獣の力を借りに来た……そこまでは覚えている。ルークと同じ聖獣の力を得られると期待していたんだけど、これは一体なんだろう?
初めての体験に戸惑う……寝ている時にみる夢とも何となく違う気がする。
「ここはどこ?」
凄く不気味な森で居るだけで不安になってしまう。
幽霊とかお化けとか恐ろしい存在が現れそうな場所……とりあえずすぐにここから離れて聖獣の居る地下神殿に戻らないと……。
ルークだって私が突然いなくなって泣いているだろうし!!
そんな願望を抱きながら、森を抜けようと歩き出したその時――
「幽霊は出ませんが、悪魔は出てくるかもしれませんよ?」
「え?」
突然背後から透き通るような女性の声が聞こえてくる。
不気味で不安な雰囲気を感じながら私は恐る恐る振り返る。するとそこにはウネウネくねらせた植物を身体に纏い、人の身体に悪魔の羽を生やした見たことも無いモノがいた。
「な、なに!?」
お、お化けじゃないよね?
……ルークが居ないから素直に言うけど、私はお化けが苦手だ。
しかも現れたのが悪魔……正直泣き叫んでしまいたいほど怖い。
震える私をその悪魔は見て笑っていた。
「そんなに怖い?可愛いのね私の主は」
「主……?あなたは一体……いや、どこかで会ったような」
というか心を見透かされている?この悪魔……一体何者?とりあえずいつでも戦えるように剣を握っておかないと!!
そう思って鞘から剣を抜こうとしたんだけど、私の魔剣アスタロトがどこにも見当たらない。
焦って腰に差しているはずの鞘をポンポンと何度も叩いて確認する。
まさか、ここへ来る道中で落としたのかな。
だけど……どうやってここまで来たのか分からないし、そもそもルーク達はどこへ行ったのよ!!せめてルークが居てくれれば怖くないのに……!!
そんな自分でも情けない事を考えて居ると、悪魔は呆れたような口調で応える。
「はぁ……本当に分からないなんて少し寂しいわ。私はアスタロト……」
「あ、あなたがアスタロト……?」
アーティファクトには無いんだけど、昔からある聖剣や魔剣には精霊が宿っている。
まさか彼女が私の剣の精霊アスタロトだったのね。
だけど精霊というよりはどちらかというと……悪魔。
私がその言葉を口にする前にアスタロトが色っぽい声で応える。
「悪魔?」
「……まさか私の心を読めるの?」
「ええ、だってここはあなたと私の精神世界なんだもの」
「精神……ここが?」
だから誰も居なかったのね。
ということは剣との契約が始まったってことか。私には縁が無かったけど、聖剣や魔剣との契約の際に精霊と対話するって聞いたことがある。
遂に私もルークやショナと同じステージ立つことが出来た。
あれ……でもアスタロトは神秘剣じゃない……それどころか遠い魔剣という部類の剣。それに今更私に応答してくれるなんて一体どういう事だろう。
ひとまず心を読まれるのは面倒くさいわね。
ここが精神世界なら私にだって操れるはず、この怪しい森がアスタロトの想像の世界なら私にだって……自由にコントロールできる!!
私はなるべく心を落ち着かせられるものを想像した。
「お?」
アスタロトは感心したように私を見つめている。妨害する気はないみたい。
すると想像の世界は揺れて、私の想像した世界へ移り変わる。
そこはルークと共に過ごした懐かしいバレンタイン邸の庭だった。
「ここは……まだこんなものに囚われているのね……」
先ほどまで何かに期待する眼差しを向けていたアスタロトは急に落ち込んだ。
なんだか不愉快ね。
「悪い?」
「別に……というかやっぱりお前は凄いな」
「え?」
「あのルークとかいう奴より全然才能がある。私は彼女の物になる運命だったんだ」
急に何の話をしているの?
こいつの最初の持ち主はダインスレイブだったかしら、やっぱりあの男が関係しているのかも。
アイツはあの時に剣を落としてしまって私に取られた。だけど、ずっと疑問に感じていた。それはあれほどの実力者が私の攻撃を避けられないのかと……。
私は今回の修行で紅蓮が教えてくれるという事に少しだけ不安を感じている。
その不安とは紅蓮よりもダインスレイブの方が強いかもしれないということ、確かに剣を抜くだけで人を吹き飛ばすというぶっ飛んだことをした。
でもそれに私はそこまで驚かなかった。それは偏に紅蓮よりも上の存在を知っていたからかもしれない。
ダインスレイブとの戦いは演技だったんじゃないかな。
アレほどの剣士が私と剣の打ち合いになんて興じる必要はなかった。
怪しいと思ってルークに渡さなくて正解だったみたい。
「本来ならあの子だったんだけど、私は君の剣になりたい」
「それなら契約してよっ!」
「無理だ。君は強力なご先祖様の加護に守られている」
「はい……?」
「この空間を簡単に捻じ曲げて、悪魔の私が想像した世界を歪ませた。さらに心まで読めなくなる始末」
「そんなのここが私の世界なら余裕でしょ」
「それなんだよ……やはり流石と言うべきか別格。ホワイトの血筋は化け物揃いのようだ」
これが他の人にはできないというの……?
私には結構簡単に見えるんだけど、というか私の力が強いからってどうして協力してくれないんだろう。
むしろ強いからこそ主に相応しいから私の剣になりたいと言っているのに……。
「強すぎて神秘剣以外契約できないんだ」
「そうなの……?」
「だからさ!私を受け入れてよ」
「え……?」
「私、あなたのためなら最大限の力を貸してあげる。神秘剣なんて目じゃない膨大な力を……悪魔の力を!!」
膨大な力……。
これが悪魔のささやきというのなら乗ってしまいたくなるほど魅力的……。だけどなんだか誘惑されているみたいで気に入らない。
私はルーク以外には従わないと決めている。
こんな信用できない悪魔の誘いになんか乗りたくないッ!!
私は悪魔の差し出す手をじっと睨み返す。
「あれ?取らないの?」
「あなたの力は欲しいけれど……嫌な予感がするのよ」
「……さすがだね。だけど君が私に触ればもう君は神秘剣を二度と使えない!!」
アスタロトの身体はみるみる大きく肥大化する、まるで植物の様に……。
あのライオンの聖獣と同じくらい大きい……まさか、コイツに触られたらおしまいってこと……?
無理すぎない!?
逃げようした私の足に植物の根が絡みつき動きを封じられる。
そしてそのままアスタロトの大きくなった手が私に触れようと近づいてくる。
「やめっ……」
「さぁ一緒に行こう私の主……」
悪魔の禍々しい巨大な手が徐々に近づいてきた。
しかしその次の瞬間、アスタロトの手は細切れにされて地面にドサドサと落ちる。
「え?」
「来たか……やめてよ。私のようなか弱い悪魔が神様に適うわけないだろう?神秘剣様」




