第184話 動く火山
「あの子が変わってしまった時、いつものように冗談交じりの悪口を言ってやったら少しだけ元に戻ったのよ」
「それでずっと悪態をついていたんですね」
「ええ、悪口を言っている時は少しだけ昔のあの子に戻った気がするから」
常に悪態を付いてお互いを悪く言い合っているのにどこかそこに安心感があったのはそれが原因だったみたい。
シリウスの方も似たような雰囲気だったからもしかしたらまだ完全に別の人格に取り込まれていないかもしれない。
私は早々にこれがリゼルを死に陥れた薬のせいだと判断した。
リゼルの時はリゼルの人格がほんの少し残っていた。エステリア近くの沼地を占拠した元学生の一部も薬を服用していた。そしてある者は、完全に人格を奪われて死んでしまう。
だけどある者は私の炎の治癒魔法で助かった。
シリウスは花園のギルドにまるで未練が何も無いようだけど、スノードロップと悪態を付いている時はなんだか表情が柔らかく見えた。
おそらく完全に乗っ取られているわけじゃないんだろう。
それなら――
「無駄に長い昔話は終わったかしら?」
「ヴェル……いえ、シリウス……」
「分かっているじゃない。私はシリウス、何度も説明させないで」
「……」
きっとスノードロップとヴェルダンディは仲の良い親友だったんだろう。
私にだって大切な親友が居る。その子がもし突然全く違う人格に変わって敵対したら……。
そんなことを考えるだけで胸が苦しくなる……。
スノードロップも同じ気持ちならどうにかしてあげたい。
そのためには私の魔法で治癒する必要がある。
沢山人が居る中で話すのは苦手だけど……勇気を出さなきゃ!!
「あ、あの……こっちが勝った時の話をしていませんでした」
「は?お前達が勝てるとでも?初心者冒険者チームが」
「負けないのならどんな条件でも飲んでくれますよね?」
「……弱気な子かと思ったけれど、言うじゃない……それで?」
「私達が勝ったら、私の炎の魔法を正面で受け止めてください」
「私を殺す気?アンタみたいな小娘には無理よ」
「……怖いんですか?」
「……あは」
挑発に挑発を重ねてを怒らせ過ぎたのかシリウスは狂気の笑みを浮かべる。
ちょっと怖いけど……ここで引いたらせっかくのチャンスが水の泡だ。
私はシリウスから目を離さない。
お互い睨み合いが続くとシリウスは笑みをこぼした。決して優しいものじゃない不気味な笑み。
「いいわよ。その変わり、こっちが勝ったらアンタを貰うわ」
「……賭けは負けた場合、私達はこの街を去るって……」
「怖いの?」
「賭けとして成立していないだけです!!そもそも――」
「あーあー!わかったわかった!!とりあえず今はそれでいいわ」
「今は……って後で変えるなんて卑怯な真似しませんよね?」
「ええ、大丈夫よ。ふふふ……」
最後の笑みが何だか不安だけど、とりあえず賭けは成立したみたい。
相手はギルドマスタークラス。私じゃ手も足も出ないんだろうけど、的になってくれるのなら話は別。
元々私は彼女を殺すつもりはない。
むしろ開放するために炎の魔法をぶつけるのだからこれでいいだろう。
スノードロップは不安そうに私の事を見ているので、後で魔法の説明をしておかないとね。
シリウスが何やら手に紙のようなものを持って近づいてきた。
どんな依頼だって先にクリアしてやる!!
そんな私達の所へシリウスが依頼の写しを渡してくる。
写しをペラペラと揺らしながら受け取るように催促してくる。
私はそれを受け取って依頼を読む。
「狂暴な火山を討伐……?なんですかこれ」
この依頼主は何を言っているのだろうか?
火山を討伐なんて意味が分からない。
もしかして噴火が怖いから止めろってこと……?魔法を使えば何とかなりそうだけど……そんなことをしていいのだろうか?
と考えて居た時だった。
「馬鹿ね。重要なのはしたの説明よ」
依頼の一番よく見える見出しには【狂暴な火山討伐!!!!】と書いてあって私はそれしか読んでいなかった。
下には詳しい説明がある。
【雪山に大きな花を背負った亀が大量の魔力を帯びている事が我が帝国の魔導士団の調査により判明した。現に魔物が下りてくる数が多くなり、中央都市への被害も時間の問題だろう。
北のトップギルドにはこれを速やかに討伐されたし。ハーベスト帝国魔導士団より】
なるほど……見出しで釣って、内容を読ませるのが目的か。
大胆な見出しにすることでより多くの冒険者に見てもらいたかったんだね。
でも依頼主はこの国の魔導士団みたいだし、いちいちそんなことをしなくても普通に依頼すればいいのに。国の依頼なら受けるしかないだろうし。
なかなか危険な依頼みたいだけど……。花を背負った亀……?
想像するとなんだか可愛いけれど……。
「この依頼は我々ハーベスト帝国トップギルド星の欠片のなかなか優秀な冒険者が向かって誰一人生きて帰って来ていないわ」
さりげなく自分達がトップって言ってスノードロップを下に見ている。
それにしても自信満々に言っておきながら、まだこの依頼があるってことは……。
「……クリアできていないんじゃないですか」
「最近来た依頼だからな。もしかしたらまだ雪山に身を潜めているかもしれない」
「それを助けるために……?」
「それもあるが、さっきも言った通り一番難しい依頼を……という事でこれを持ってきた」
「私達は大丈夫だけど、そっちは?」
「安心しろ。そろそろ派遣しようと思っていた超優秀な冒険者がいる。それで私達の勝ちだ」
向こうは自信があるからこそ、この依頼を持ってきたんだろう。
そして万が一私達が先に遭遇してもなかなか倒せそうにない魔物を……舐められたものね。
この依頼は実質国からの依頼でトップギルドに任せたモノ。これをクリアした方が実質ハーベストのトップギルドということか。
絶対、先にその魔物を討伐してやる!!!