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第183話 ヴェル


 突然、雰囲気が変わったギルドマスターシリウスによって依頼が選定される。

 

 依頼の書かれた掲示板の中を舐めるようにして眺めながら――


「チッ」


 まるでつまらないものしかないと言いたげな舌打ちが響き渡る。

 口の悪い人だったけど、それはスノードロップに対してのみだった。それが今ではギルドの依頼の掲示板にすら向けられている。


「待って居なさい」


 シリウスがそう言うとギルドの奥へ入っていく。

 まさか難しい依頼を探しに行ったのだろうか?

 

 時間が掛かりそうだし、その後ろ姿が部屋の中へ消えていくと同時に私はある疑問をスノードロップに投げかける。

 

「あ、あの人と何かあったんですか?」

「あった……というか無くなってからこうなったというべきか」

「どういうことですか?」

「元々シリウス……いやヴェルダンディは私のギルドのメンバーだった」

「え!?」


 ヴェルダンディ……それはシリウスという魔王教団が使うコードネームを受け取る前の名前だろう。

 ヴェルダンディと呼び捨てにしている所や彼女がギルドの奥へ入って行った後をずっと見つめているのでそれなりに大切なギルドメンバーだったみたい。


「ギルドメンバーというかお姉ちゃんとリズさんは親友でした」

「フローレ……それは」

「花園の副ギルドマスターだったんだから」

「……」


 ギルドマスターの次にギルド内で偉い人、ジャスミンのギルドだとマスタージャスミンが居ないときにギルドを任されているリリィのような立場……。

 

 それがどうしてこんなギルドのマスターをやっているのだろうか。

 

「そんなに長くない話だが、アイツが帰ってくる前には終えるだろう」


 スノードロップはシリウスが入って行った部屋を見つめながら語る。

 

 ――


 このスノードロップの街には元々ギルドは1つしかありませんでした。

 それが花園の支部ギルドフローレ。しかし今から二年前に星の欠片を名乗るギルドが突然現れました。

 

 現在とは状況は逆転していて、花園はこの街のトップギルド。

 星の欠片は今の花園のスノードロップと同じような荒れて落ちぶれたギルドでした。

 

 そんな向かいに出来たギルドを窓越しに眺めながらスノードロップが呟きます。

 

「ヴェル、向かいのギルドってなんで出来たんだっけ?」


 ヴェル。それはスノードロップの親友ヴェルダンディの愛称でした。

 

「スノー……国から派遣されたギルドでしょ、そんなことも知らないの?相変わらず抜けてるんだから」

「……あのねぇ~。てか国家ギルドは私達花園でしょ!?」

「あっ……まあ、そのぉ~見て来れば分かるよ!」


 ヴェルはそう言うと駆け足で向かいにできた星の欠片というギルドを偵察に行った。その後ろ姿を見たスノードロップは呆れてため息を付く。

 

 ちなみにスノーはスノードロップの事だ。

 

「結局知らないんじゃない……」

 

 そんな悪態を付いてから1時間後にヴェルは帰ってきた。


「スノー!ただいまー」

「おかえりなさい。それでどうだったの?」

「んー……普通だった?」

「私に聞いてる?……そうじゃなくて、何かあった?」

「私がギルドへ入ると中からスタイル抜群の女性冒険者が出て来て、お茶を出してくれたわ」

「あら、意外に常識的ね」

「ええ、女性冒険者もなかなかイケてたし」

「……そう言う目で見るのをやめなさい」


 何やら妙なお話をしておられますが、それは置いておいて。

 

 彼女たちの最初の印象は星の欠片というギルドは礼儀正しい常識的なギルドという事です。

 しかしそれが間違いだったと気づくのにはそう早くありませんでした。

 

 その翌日、いつも通りギルドへやってきたスノードロップはマスターとしての務めを果たしていた。

 しかし女遊びが好きだけど、それ以外は真面目なヴェルは一度もギルドへ遅刻する事なんてありませんでした。


 だけどこの時は違います。

 

「遅いなぁー何かあったのかな?」


 スノードロップがヴェルの心配をしているとようやく件の相手がギルドの扉を開ける。

 ヴェルの姿を見たスノーは安堵しつつ、不満を漏らす。

 

「遅かったじゃない」

「ん、ん~ごめんなんか頭が痛くて」

「風邪……いや馬鹿は風邪を引かないわね」

「あはは……ぶん殴るわよ」

「……本当に調子が悪い?今日は休んでいいわよ」

「だ、大丈夫」


 明らかにいつもより元気が無いヴェルの様子を心配するスノーだったが、本人が大丈夫だというのでそのままいつも通りギルドの仕事を任せた。

 仕事をしているとだんだんいつものヴェルに戻ってこの日の最後には元気を取り戻していた。


「それじゃあまた明日!私は今から綺麗な子連れて元気出してくるね~」

「もう既に元気だけど……羽目を外し過ぎないようにね」

「スノーもくるー?」

「私はそういう趣味無いからパス」

「えぇ~私が色々教えるのに」

「早くいけ!脳筋女!!」


 またも良く分からないお話をされていましたが、とにもかくにも2人の仲の良さが伝わってくる平穏な会話です。

 しかしここから雲行きがさらに怪しくなっていきます。


 次の日もまた次の日もヴェルはギルドへやってくる時間が遅れていました。しかもその時間は日に日に増していきます。

 スノーはそんなヴェルが夜遅くまで女遊びをしていると考えて居ました。

 

 夜更かしのし過ぎで元気が無いのだと……。

 

「ちょっとヴェル!今日も来るのが遅いじゃない!!」

「……」

「ちょっと!!」

「……」


 怒られても無視をし続ける。

 彼女はそんなスノーが嫌になったのかギルドをいつもよりも早く出て行く。


 そんな日が続いたある日。

 スノーは夜遅くにやってきたヴェルに尋ねました。


「ちょっと待ってヴェル!どうしたの!!」

「……」

「ずっと私と目も合わせてくれないじゃない」

「……」

「わ、分かったわ!!じゃあ今日は私がヴェルの相手をしてあげる……やったことないけど」

「……」

「人が恥を忍んで……!!おい、この脳筋女!!人の話を聞け!!!!」

「はぁぁぁぁああああああ!?誰が脳筋……うっ……!!」


 一瞬いつものヴェルに戻ったものの、頭痛で頭を押さえるとまた冷たい彼女が出てくる。

 そしてまるでスノーに愛想をつかしたのか――

 

「私…………星の欠片に入るわ」

「え?何よ急に……どうして?」


 スノードロップが震える声で尋ねる。

 それに対してきっぱりとした強い口調でヴェルダンディは応えます。

 

「もう決めたのそれじゃ」


 そう言ってヴェルは花園を去って行きました。

 

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