第169話 冬の雨
サジタリオンから私の出生の話を伝えられる。
そうか……私はあの人の子ではなかったのか。
通りでずっと長い間、放置されて教育なんかもほとんどアナやダインスレイブ師匠任せだったわけだ。
だから不思議と涙も出なかったのね。
寂しいのかそれとも何とも思っていないのか……自分事なのに分からない。
「そう……ですか」
「まさか君がどこから来た子か分からないとは……不思議な子だとは思っていたけどね」
「ただそれだと腑に落ちない点がある」
「え?」
「君の保有する固有魔法フェニックスフレア、それはバレンタイン固有の魔法のはずだ」
「……そういえばそうですね」
私は義父に魔法を披露したことは無かった。きっとずっと剣士だと思っていたはず、今思えば魔導士の家系に剣士ってのもおかしな話だったわね。
魔法を見せていなかったので疑問に思われることは無かったんだけど、私がバレンタインの正統な血を引いていないのなら、「不死鳥の炎」を使える理由が分からない。
……それにしても最後まで私の事を一切、知ってもらう機会も無く終わってしまったのね。
この胸に突き刺さるような不安な気持ちは何なんだろう……。
そんなことを考えているが、そんな複雑な感情の中でも話は進んで行く。
「どうやって君はその魔法を手に入れたんだ?」
「使い方は見て覚えました」
「魔法を見て覚える!?だけどそれでは固有魔法は絶対に習得できないはず……ちなみに誰を見本に覚えたんだ?」
「ジーク……叔父に当たる人で今は魔王教団のヘラクレスと名乗っていました」
最初に見たのはジークがその魔法を使っていた所だ。
特訓だったんだと思う。私がまだ幼児だった頃、家の庭で件の魔法を使っているのをたまたま見かけた。
ジークは攻撃魔法としての「不死鳥の炎」で飛んでいる鳥を落し、「不死鳥の炎」のもう1つの特性である癒しの魔法で治そうとしていたが失敗していたのを覚えている。
ジークは癒しの魔法が苦手みたいでバレンタインの血とは相性が悪かった。
あの頃のジークの「不死鳥の炎」はどこか物足りないような気がして、私は独自にそれを埋めてることであそこまで使い越すことができるようになった。
ジークは魔法の才能が無い事に気づいて、アーティファクトを使うようになり、魔導士でありながら何も属性を持たないただの剣を使うようになっていた。身体強化の魔法は使っていたと思うけど、それでもこの世界ではなかなか珍しい選択をしたはず。
私はそう思っていたんだけど……。
まだフーリアと仲が良かったころ、ジークは確かに剣を持っていた。
もしかしたらあの時から既に魔王教団に取り込まれていたのかもしれない。
それなら母上が亡くなった時と重なって全く接点が無くなったのも説明がつく。
役目を終えて魔王教団に匿ってもらっていたのなら、母上が居なくなったバレインタ印を守る必要も無い。
「しかし、君がバレンタインではないと決めつけるのは早計だ」
「え?」
「見て使えるようになるなんてそれこそ固有魔法を持っている証拠だし、それに遠い血筋にバレンタインの血が混じっていたのかもしれない」
「まあ……そうですね」
固有魔法を元から持っているなんてのは分からない。私がたまたまバレンタインの遠い血を引いていて、ジークが魔法を使っているのを見てそれを再現しようとしたら使えることが分かった。
その可能性も十分あり得る。
ただそれはあまりに偶然が重なりすぎていると言わざるを得ない。そんな偶然が度重なることはないはず……。
それかその狼が仕組んでいるとすれば話は別だけど。
私がバレンタインの血を引いている事を知り、沢山の魔物を使って父と母を誘き寄せて私を託した。
そう言った考えもできる。
狼で人間の子を育てるのは大変でも人間であり、さらに同じ血を遠からず引いているのならそっちへ預けようと考えるのは自然かもしれない。
「だとするとやっぱりその狼だね」
「北の雪山ですか?」
「うん、すぐにでも向かいたいところだけど、それはやめておいた方が良い」
「お正月に突入してますしね。多分死ぬほど寒いですよね」
「へぇ~君はお正月を知っているんだね?アマノの国にしかその文化は無いんだけど」
「サツキがアマノ出身という事で……気になって調べました」
私はサツキの方を見てそう応えた。
もちろん嘘、お正月に登山して初日の出を誰よりも先に見ようと考える人達が前世には居た。
そしてごく稀に足を踏み外して不幸な目にあってしまうニュースも聞く。
だから自然と出てしまった言葉だった。
「気になるって……!!どういう事ルーク!!!!」
「ど、どうしたのフーリア!?」
「だって!!ぐぬぬぬぬぬぬぅぅ……」
私とサツキを交互に睨みながら詰め寄ってくるフーリア。
あ……多分何か勘違いしてる奴だこれ!!
咄嗟に嘘を付いたので仕方ないけど……まさかサツキに好意を抱いてると思われてる?それはないんだけどなぁ。
私は元々男なので、前世の記憶があるからには気持ち悪いから嫌だ。
そんないつも通りの会話をしてやっぱり感じたのはここが今の私の居場所だという事。
あの家がなくなって、普段から全然会っていない父とも二度と会えなくなった所で……寂しさなんてそんなのは……。
「ちょっとルーク!話を聞いて……っ!?」
「な、なに?」
「……ううん、ねえサジタリオン……様!ルークのお父さんは最後に何か言ってなかったの?」
なぜ唐突にそんなことをこのタイミングで聞くのだろうか。
サジタリオンは少しだけ悩んだ末に応える。
「……言ってたね。育ての親にすらなれなかったと思うけど……俺はルーちゃんを愛していたとね」
「そうです……か」
愛されていたんだ……。
もっと幼い頃から前世の記憶を取り戻し、父と母の事を見てきた。そこには確かにそんなものがあったのかもしれない。
「……これ使うかい?」
そう言って視界が滲んでいる私にサジタリオンは私に綺麗なハンカチを渡してくれた。