第168話 冬に咲く花
サジタリオンから私の父……いや、義父に付いて話を聞くことになった。
想定していなかった事実に頭がパニックだけど……とりあえず何があったのか知らないと!!
話は3日前のホワイトの街まで戻る――
サジタリオンは仲間の魂に干渉できる固有魔法を使える魔導騎士の力を使ってその場で亡くなった者の話を聞こうとしていた。
そこで私の義父と再会してしまった。
「まさか……あなたが……」
「この前……助けてくださったばかりだというのに……すみません」
「いや……それよりルークさんが……」
亡くなった人から魔王教団の情報を聞き出すつもりが予期せぬ人物を引き寄せてしまいサジタリオンは焦っていた。
このまま魔王教団の話を聞くべきか……しかし魂への干渉魔法には時間制限があるから時間は僅かです。
一度、魔法を使うとその魂とは二度と会話ができなくなる。
「サジタリオン様……申し訳ないのですが、ルークに伝えてほしい事があります」
話を聞くために呼んだサジタリオンはその言葉を聞いて魔王教団の事を諦めた。
「あの子がまだ赤ん坊だった頃……俺はルエリア屈指の魔導士として活躍していた時、ルーシア=バレンタインに出会った」
「ルーシア?」
「俺の亡くなった妻です」
義母ルーシア=バレンタイン。
彼女は活躍するルークの義父を夫に迎えてバレンタイン家の一員になりました。
これは2人が辺境の街で魔物狩りをしていた時の話――ルエリア王国の最北端。
極寒の北の土地には人が住んで居らず、吹雪の中、迫りくる魔物を追い払っていました。
「ルーシア!大丈夫か!?」
「あなたこそ……」
2人はバレンタイン夫婦として魔物狩りへ……これも辺境の地に住む貴族の務めでした。
冬場に慣れた魔物だと猛吹雪の中でも平気で動き回るのも居る。
「くっ……速い!!」
「あれはヴァンパイアホースよ!!」
「ヴァンパイアホース……名前は聞いたことがあるな……これほどか」
「どうしたの?ルエリア屈指の魔導士様が弱音?」
「……まさか、ルーシアの前だからむしろ燃えてきた……こいつら全員灰にしてやる!!」
「それなら良かった」
2人の年齢は19歳。
まだまだ若い夫婦らしい可愛らしい会話をしながらも荒々しい魔物狩りをしていました。しかし彼らは気づいていませんでした。
吹雪の中、視界が悪く自分達が国の最北端の国境を越えて魔物が多く潜む誰も要らない未開の地へ足を踏み入れていた事に……。
「くそ……魔物が強すぎる!!」
「ミスったわね。ちょっと熱くなり過ぎね」
「ルーシア!!」
そこへ狼の魔物がルーシアへ襲い掛かってくる。
それをルークの義父は庇いましたが、それと同時に怪我をしてしまいます。
「ぐっ……」
「あなた!すぐにバレンタインの魔法で」
「待て!まだ魔物が多い……ここで魔力を消費するのは得策じゃない」
「でも……」
「大丈夫!寒いせいか怪我した所が冷えて痛みもない」
「……」
もちろんそんなはずはありません。
強がりか好きな女の前だからかっこつけているのか。
そんなことを言ってルーシアに魔法を使わせませんでした。
急いで引き返そうとしますが……魔物がまだまだ襲ってきます。このままでは死ぬ。彼らが覚悟したその時でした。
オオオオオオォォォォン――
気高き狼の遠吠えが白銀の世界に覆われた地を包み込むように響き渡りました。
その瞬間、何故か吹雪は止み、魔物は大人しくなりました。
「なんだ?」
当然彼らにはそれが異様な光景に見えたはずです。
それもそのはず、先ほどまで魔物達は彼らを食べるために襲っていたのですから。
その遠吠えが聞こえる方へ魔物達が向かって行く。まるで家に帰っていくかのように……。
そしてその大きな遠吠えを上げた魔物の姿が現れる。
「こんなのが……居るのか……」
「これは……街に下りてきたら危険……でも、絶対に人類じゃ勝てない……」
ルエリア最高クラスの魔導士2人がそう感じてしまう程に圧倒的なオーラを放っていた。その正体は屋敷よりも高い漆黒の狼だった。
2人はその姿を見て構える事すらしません。
それもそのはず、絶対に勝てないと判断した相手を前に武器を構える程、愚かな行為はない。
せめて敵意が無いから見逃してくれと懇願するのがやっと。
その狼は2人をお下ろしていた。
そして大きく口を開ける!!
「こんな所へ人間が足を踏み入れるとは、勇者以来か」
「なっ!?あなた話せるの!?」
「遥か大昔に人の話す声を沢山聴いていた。長い時間を掛けて魔法で記憶を探り、人の言葉を話せるようになった」
「なんと!?凄く努力したのね!!」
巨大な漆黒の狼を相手にルーシアはそんな間の抜けた言葉を放つ。
それに狼もだけど当然ルークの義父も驚いていた。変に刺激しないでくれ!と頼み込むような瞳。
しかしルーシアはそれを無視する。
「あなたこそどうしてこんな所に……」
「……人とは関わらないようにしていた」
「どうして?人の言葉を覚えたのに……」
「私にも事情がある」
「事情……」
「ああ、遥か長い時のお前達の気が遠くなるような世界がまだ安定していない頃に」
狼は儚げな表情でそんなことを言う。
当然2人には何のことか分かりません分かるはずがありません。
しかし狼のその言葉を聞いて途方もない話だという事は察しました。
「……それじゃあ人里へは下りてこないのか?」
「今のところはな」
「い、今の所……?」
「ああ」
それはいずれ下りてくるということ。
こんな巨大で偉大な狼が人間を襲ったら忽ち全滅は免れない。
だが止める術もない……。
「まだ下りないが……それはお前達の返答次第で変わるかもしれぬ」
「どういうこと……ですか?」
ルークの義父がそう聞くと巨大な狼は小さな狼を連れてきた。
その小さな狼が背中に背負っているのは……赤く光る小さな赤ん坊だった。
「この子を育てろ」
「なっ……その子は一体……」
「我が主だ」
「あ、あなたの!?一体誰の子なんですか?」
「……万が一その子に何かあれば、私は人間共の地へ下りて行くことになる」
「なっ!?そんな大事な子をどうして……」
「人を育てるのは人の方が良い」
突然の申し込みだが断りたい、ルークの義父からすればこの赤ん坊は時限爆弾にしか見えなかっただろう。
しかしそんな赤ん坊をまるで愛おしそうに見つめて、何と抱っこまでしてしまったルーシア。
その姿を見たルークの義父は当然焦る。
「ちょ!?何して……」
「まあまあ、どうせ面倒を見ないと殺されるわけだし……それに」
「それに?」
「この子、凄く熱い」
「……無理もないこんな寒い所に毛布一枚で……」
「いいえ、魔法ね。極寒の中で毛布一枚くるまれた状態の赤ん坊が生きていられるはずがないもの」
「待て、バレンタインのお前が熱さを感じる程なのか?」
「ええ!この子は大物になるわ!!」
赤い光はその赤ん坊が無意識に使っている魔法。
バレンタインという炎に強い体質を持って生まれてくる血筋でも熱さを感じてしまう程だった。
それにルーシアは高揚していたが、理由はそれだけじゃない。
「それに……この子から何かを感じるの」
「何かって?」
「分からないけど、この子は私にとって大切な子な気がするわ」
「はぁ……まあ断っても殺されるだけなら、やるしかないか」
納得はいかないけど聞くしかないその話に首を縦に振る。
そしてその大きな狼に尋ねる。
「ちなみにこの子の名前は?」
狼はその言葉を聞いて人語を覚えて良かった。
そんなことを考えながらその質問に応える。
「ルーク」