第118話 アーミアの屈辱
赤い髪に猫のような鋭い目つき、そしていつも通りふてぶてしい態度で凍った時計塔のてっぺんに立っている我が義姉……。
いつもと変わらない見た目……だけど肌に感じる気配が私に嫌がらせをしていた義姉ではない。
凄く嫌な圧迫感……。
これが……あのアーミアなの……?
昔はどうでもいいという印象だったのが一転する。
この冷気の寒さもそうだ……寒さに耐性のある私でも身体が冷えるのを感じてるわけだし……街だってその氷に……。
「アーミア!どうしてホワイトの街を狙うの?!」
「お姉様と言いなさいッ!!」
私の呼び捨てがそんなに気に入らなかったのか、怒鳴りながらためらいもなく、右手を翳すアーミア……魔法陣が展開された次の瞬間、氷のつぶてが襲ってくる。
身体強化は既にしている。つぶての数は多いけど、剣を使えば回避できそうだ。
私は襲ってくるつぶてを跳ねるように動き回り、回避不能な氷の塊は炎の剣で溶かして防ぐ。
「へーなかなか可憐な動きをするな!」
「ってなにぼーっとしてるの!?サツキ!!」
「あ……やべ」
私だけが襲われているわけじゃない。
当然の如く、氷のつぶては私の隣にいるサツキをも狙っている。何故か私の事を見ていた彼は反応が遅れて防御に失敗する。
腕や足に氷のつぶてが突き刺さり、頬は傷ついていた。
「再生の炎よ!!」
炎の治癒魔法でサツキの傷を癒す。
サツキの身体が炎に包まれると氷は解け、傷も引いて行った。
「凄いな……いや助かった」
「そ、それよりすみません呼び捨てして」
「敬称は要らないと言っただろ?その方がこっちも楽だから」
「ぜ、善処します」
気を付けないと……相手は魔導騎士なんだし、神様に不敬な事をしたとして処刑されるのは嫌だし……。
「はぁ?何イチャイチャしてんのルークのくせにぃぃぃぃぃいいいいいい!!」
そんな何の色気も無い私とサツキの会話を聞いて怒り出すアーミア。
耳が痛くなるような大声……先ほどまで感じていた圧迫感が少し薄れた。しかし怒っているのは変わりなくて、そんな私達へアーミアは氷の剣を投げつけてきた。
まだ年頃の少女が振るうには重すぎる大剣を軽々と投げる。
ただ範囲はそこまで広くない。剣を避けるのは容易だった。
しかし、氷の剣は地面に触れるとそこから辺りを凍り付かせる。
氷の範囲が広がった……?
私は氷に触れないように剣から離れる。
なかなか面倒な技を持ってるみたいだけど、剣を放り投げてしまえばもう使えない。
そう思っていた時、剣は一定の範囲を凍り付かせたら自動でアーミアの手に戻っていく。
私がもう剣を使えないと高を括っていたのが分かっていたように不敵な笑みを浮かべるアーミア。
「あはは、私の罠にかかったわね無様な顔!!」
「どうして……そうなってしまったの?」
「それをお前が言うの?」
「私が何をしたと……」
「お前がバレンタインの正統な血筋だから……私がお母さんにお前を超えろと何度も言われ続けてきた!!」
「え……」
「凄く頑張った……だけどあの人はずっとあなたを見ていた……。私じゃ超えられないから嫌がらせして……私はそれが悔しくて……」
「嫌がらせが苦痛ならしなければいいじゃない!」
「アンタに嫌がらせしている時が一番お母さんが私の事を見てくれたのよ……!!」
アーミアの先ほどまでの別人のような圧迫感が消えた……だけどその代わりに恨みのような負の感情が溢れ出てくる。
ど、どうにかして怒りを納めないと!!
「ち、血筋なら親戚だけどジークも居たでしょ……」
「帰ってこない親戚の兄の事なんか知らないわよ!!」
確かにあの人は子供の頃、フーリアと会えなくなってから突然姿を消した。
帰ってくれば親戚でもバレンタインの血を引いているわけだから男児である以上、可能性はある。
いつか帰ってくると思っていたんだけど未だに姿を見ていない。
この場に居た所でアーミアの怒りを買うだけだったんだろうけど……。
「そんなに大事なの?認められることが」
「大事よ!それは私の存在価値なんだから!!」
「他にもあるでしょ……私はそんなものより仲間や大切な人達が居てくれることの方が……!!」
「そうやって……!!余裕持って言えるのは才能と強さを兼ね備えているからでしょ!!」
「――ッ!?」
才能は分からないけど、この力は女神様のおかげだ。
まだ確信は無いけど、私が魔法と剣を同時に使用できるのはきっとそうだろう。
だから……言い返せない。
「私が認められるには……もうこれしか無かったのよ!!」
アーミアはそう言うと首にぶら下げている白と黒の勾玉を取り出した。
何あの魔道具……?凄く不気味な気配を感じる。瞬時に理解したあの勾玉は人が持っていていい代物じゃない。
「それを使っちゃ……!!」
「お前をぶっ殺してやる!!」
殺意をむき出しにしながらアーミアは黒い勾玉を手で潰す。
すると中から黒い禍々しいオーラがアーミアの身体を包み込む。
「気を付けてサツキくんルークさん!ここから離れて――」
「サジタリオン様!!」
サジタリオンは凍らされて弱っていながらも私達に力を振り絞って警告してくれた。
しかし最後まで言い終える前に身体は完全に氷に覆われてしまう。
サジタリオンが封印された。
「サジタリオン様!!」
「サツキ!行っちゃダメです!!」
サジタリオンを助けに行こうとしているサツキを抑えて、氷から逃れる。
氷の勢いは遅いんだけど広がっている最中は触れない方が良いだろう。
私の炎なら脱出できるかもしれないけど、寒さを感じている以上、確実じゃない。
さっきの場所から離れると氷の勢いは衰え、途端に止まる。
街の中央の時計塔とその広場を飲み込む。
「おい……私……俺を下してくれ」
「ん?」
そう言えばサジタリオンを助けようと向かうサツキを止めてから逃げるのに夢中で彼をどうやってここまで連れてきたのはそこまで頭が回っていなかった。
……何故か私はサツキの事をお姫様抱っこしていた。
「ご、ごめんなさい……」
「ん……まあいい。俺も理性を失ってたし……だけどサジタリオン様は救う」
「分かっています……こんなことで人は死なせたくない」
結構距離が空いてしまったけれど、アーミアの狙いが私ならまた襲ってくるはず。
一刻も早く止めないといけない。じゃないと街の人達の命が危ない!!
いつ襲ってくるかもわからないアーミアを私達は待った。
しかし一向に氷の中からアーミアが出てこない。
あんなに怒っていたのにどうしたの……?
私はとてつもなく嫌な予感がした。




