1.狩り
猫をこよなく愛する皆様へ
この俺に身を潜めさせたら、横に出るやつなんかいない。
忍び歩きなんざ、意識しなくたって身についてる。
ファミリーの連中だって、この俺が音もなく現れることにビビりやがる。
ふっ、奇襲なら任せてくれ。
そのために、俺は全身を黒で固めているんだ。
闇の申し子さ。
そして今、俺様は物陰に潜んで、じっと目を凝らしている。
見ろよ、あそこでウロウロしてるやつ。
やつはネズミだ。
俺のファミリーにちょっかい出しやがる、薄汚ねぇ野郎だ。
だが、コソ泥も今日でしまいだぜ。
なんてったって、俺様の射程圏内に踏み込んじまったんだから。
迂闊だったなドブネズミめ。
何も知らねぇで、ビクビクしながら近づいてきやがる。
さぁ来い、一発で仕留めてやるぜ。
……。
今だ!
俺はテーブルの下を飛び出して、ヘッドスライディングのごとく身体を伸ばした。
横倒しになり、フローリングを滑りながら、見事ネズミの野郎を爪に捕らえる。
「ははははは! おらおら、逃げられやしねぇぜ!」
やつを両手で持ち上げてひっくり返り、頭に噛み付いた。
そんでもって、両足でゲシゲシ蹴ってやった。
やつは抵抗を諦めたのか、モコモコした毛をあたりに散らしている。
そのときだ。
およそ場違いな、なんとも陽気で間の抜けた声が降ってきた。
「銀ちゃん上手だねー」
この声。
ファミリーで一番若い女、俺の世話役ルカだ。
俺はフーフーと荒い息を立てながら、よれよれになったネズミをぽいと投げ出して起き上がった。
床に座り込んだルカはそいつをひょいとつまみ上げ、逆立った俺の毛を撫でた。
このネズミには紐がついていて、オマケにプラスティックの竿にぶら下がってやがるんだ。
憎いおもちゃだぜ。
「おい、俺は今興奮状態だ。怪我したくなかったら、ベタベタ触るんじゃねぇ。早くもう一回やりやがれ!」
俺は尻尾を太く毛立たせながら、再びテーブルの下に潜って伏せた。
ルカの操るネズミが、ちょろ、ちょろ、と動く。
ああ、たまんねぇあの動き。
ルカの手に掛かれば、俺はどうしようもなく本能を駆り立てられる。
やつは本当のネズミなんじゃないかって、錯覚しちまうのさ。
だが、楽しい時間は長続きしないと相場が決まってる。
「ルカー、ちょっと買い物行ってくれる?」
ママの声だ。
「えー」
「そう言わないでよ。お菓子買ってきていいから」
ネズミは、ふっと魂が抜けたように動かなくなった。
そして、ルカの嬉しそうな顔が、テーブルの下の俺を覗く。
「ちょっと行ってくるね」
「ふざけんな! 俺の狩りはまだ途中だぜ!」
俺は瞳孔をまん丸に見開いて、そのノーテンキな顔を睨みつけてやった。
だが、ルカは手を伸ばして俺の鼻先をちょんと触ると、トントンと軽快な音を立てて去っていった。
くそ、なんて尻軽な女だ!
しばらくネズミを見つめ続けたが、やつはぴくりとも動かない。
ちっ。
マフィアごっこはおしまいだ。
俺は床に押し当てていた肉球の力を抜いて腰を下ろすと、そのまま丸くなった。
あーあ、腹減ってきたなぁ。