表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/44

遭遇

 花々が咲き誇る庭園を進む。

 奥に新種の作物を育てている土地がある。


 シャンフレックよりも背丈の高い花々が咲き誇る。

 色とりどりの道を進み、まっすぐに奥地を目指していた。


 だが、シャンフレックはふと足を止める。


「……?」


 足跡。

 サイズ的には男性のものだろうか。

 庭師は女性を雇っているので、庭師ではない。


 足跡は少し道を逸れて、花畑の奥へ進んでいた。

 シャンフレックが目指す場所とは異なる方向だが、彼女は足跡を追ってみることにした。迂闊に追うのは危険だが、護身術も身につけている。


 立ち並ぶ花をかき分けて、彼女は先へ。

 そして花が開けて円形になった広場で──


「!?」


 誰かが寝ていた。

 すやすやと寝息を立てて、気持ちよさそうに眠っている。


 シャンフレックは警戒しつつ「彼」に近寄った。

 驚くほど容姿の整った少年だった。

 蠱惑的な艶を持つ黒髪、細見ながらも引き締まった体。

 年齢はおそらくシャンフレックと同じくらいだろうか。


 彼は薄手のシャツ一枚でごろんと寝ころんでいる。

 花びらが数枚、髪の上に乗っていた。


 シャンフレックは座り込んで彼の顔を覗き込む。


「あの」

「……ん」


 思わず声をかけてしまった。

 少年がうっすらと目を開く。


 透き通った青い瞳を見た瞬間、シャンフレックの心臓が跳ねる。

 今まで見た中で、一番整った顔立ちだ。


「こ、ここで何をしているの?」


 動揺しながらも、彼に素性を尋ねるシャンフレック。

 彼はぼんやりとしていたが、やがてハッとして周囲を見渡す。


「……ああ、そういえば。ええと……よし、これでいこう。

 ここはどこだ? きみは誰だ?」


 心地よい声色で彼は尋ねた。

 どうやら混乱しているようだ。


「ええと、それはこちらのセリフなんだけど。ここはフェアシュヴィンデ公爵の城よ。あなた、公爵家に仕える人じゃないわよね?」


 家臣の顔と名前はすべて把握している。

 こんな美男子がいたら忘れるわけがない。


「僕は……ええと。僕は……」


 頭を抱えて少年は戸惑う。

 それなりの沈黙の後、彼は口を開いた。


「──アルージエ。これが僕の名だ」

「……聞き覚えのない名前ね。外国の方?」


 アルージエは首を傾げた。

 先程から、彼の態度はどこか違和感がある。


「自分がどこから来たのかわからない。そして……この土地は、ヘアシュ?」

「フェアシュヴィンデ公爵領」

「そう、フェアシュヴィンデという名にも聞き覚えがない。自分が何者であり、どこから来たのか。そしてなぜここにいたのか。名前以外のすべてが思い出せないようだ」


 記憶喪失、というやつだろうか。

 それにしては話が出来すぎている。

 そして冷静すぎる。

 記憶喪失を装った密偵だと考えるのが自然だが……はたして密偵がこんなところで寝ているだろうか?


 もしも暗殺者なら、とうにシャンフレックを襲っているはずだ。

 彼女は逡巡する。

 このアルージエという少年をどうするべきか。


「自分の身分を証明できる物はあるかしら?」


 アルージエは自分の服をぽんぽんと叩く。

 しかし、彼は何も持っていないようで。


「財布すらない。困ったな」

「追い剥ぎにでも遭ったの?」


 記憶喪失に現実味を持たせるとすれば、盗賊などから追い剥ぎに遭い、何らかの過程で記憶を失ってしまったことになるだろう。

 だとしても、公爵領の花畑で寝ていた意味がわからないが。


「でも、あなたはたぶん平民じゃないわね」

「それは……どうしてわかるんだ?」


 シャンフレックはアルージエに近づく。

 ふわりと甘い香りがアルージエから漂った。


「手が綺麗だもの。普段から肉体労働をしている階級ではないわね。貴族でないにせよ、少なくとも中流階級以上なのは間違いないわ」

「なるほど。そういう見分け方があるのか……」


 アルージエは納得したように頷いた。

 それからシャンフレックにさらに近づき、彼女の手を取った。


「ひゃ!?」


 いきなり手を取られて彼女は変な声を上げてしまう。


「たしかに、きみの手も綺麗だ。とても美しい顔立ちをしているし、きっと素敵な淑女なのだろう。そういえば、きみの名前を聞いていなかったな」

「わ、私はシャンフレック・フェアシュヴィンデ。公爵令嬢よ」

「シャンフレックか。可憐な名前だ。僕を起こしてくれてありがとう」


 目をしっかりと見つめて、微笑みながら感謝を伝えるアルージエ。

 今まで経験したことのない気持ちがシャンフレックを襲う。


「それよりも手を離してくれる? 相手の許可もなく体に触れるのは、貴族のマナーではよろしくないのよ」

「……そうだったのか。それは失礼した。以後気をつけるよ」

「まあ、記憶がないみたいだから大目に見るけど。とりあえず……そうね。ついてきて」


 迷いの末、シャンフレックはアルージエの言葉を信じてみることにした。

 とりあえず悪人ではなさそうだ。

 彼にどのような目論見があるにせよ、ここに放置しておくわけにはいかない。


 アルージエは立ち上がり、シャンフレックの後を追う。

 そしてシャンフレックを追い越し、彼は通り道の花を分けた。

 記憶喪失ではあるが、細やかな気遣いはできるらしい。


「ありがとう」


 なんだか狂う調子を抑え、シャンフレックは平然と振る舞うように努めるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ