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教皇の剣舞

 二人を取り囲んだ山賊は計七名。

 うち、リーダー格の大柄な男が指揮を執っていた。


「男は殺せ! 女はゲリセンの旦那の命で、生かさなきゃならん!」


 号令と共に三名が飛び出し、こちらへ向かってくる。

 この数を相手に戦うのは下策だ。

 シャンフレックはそう思い、やはり後退を提案。


「アルージエ、退きましょう!」

「それはできない。後方からさらに規模の大きい一団が迫っている。シャンフレック、きみは背後の警戒を頼む」


 アルージエの言葉を受けて、初めてシャンフレックは後退できない理由を悟る。

 彼には見えないものが見えている。

 ならば従った方が賢明だろう。


 大きく振り下ろされた刃を躱したアルージエは、鋭くレイピアで反撃を叩き込む。

 あらゆる方角から迫る賊の攻撃。

 だが、彼は巧みな身のこなしで全ての攻撃を回避する。


「当たらねえ……!」

「コイツ、できるぞ!」


 賊たちは攻撃を躱され警戒を露にする。

 一見して達人のような動きを見せるアルージエ。

 だが、彼は特に剣の鍛錬を積んでいるわけではない。


「──主よ、我が身を護りたまえ」


 危機を察知する予知能力。

 その奇跡を自身に使い、死の予兆を防いでいるだけだった。


 しかし奇跡とは覚束ないもの。

 いつまで持つかわからない。

 こうして耐久している間に、応援が来るのを待つしかなかった。


(何か、私にできることは……)


 シャンフレックは後方で逡巡する。

 命を賭して戦っているアルージエ。

 彼を前にして何もしないことはシャンフレックの矜持が許さなかった。


 だが、下手に動いても状況を悪化させるだけ。

 この戦はデュッセルとウンターガング家の衝突。

 ならば……


 シャンフレックは咄嗟に弓を拾い上げる。

 弓なんてほとんど持ったこともないが、もはやこれしか協力できる手段がない。

 自分の髪どめを矢にくくりつける。


(これで……届いて!)


 弓を引き絞り、矢を天空へと放つ。

 矢が飛んだ方角はウンターガング家の屋敷に向けて。

 これは一部の人物にしか理解できない合図だった。


 彼女の行動を気にかける賊は一人もおらず、みなアルージエに執心しているようだ。


「……っ」


 流れるように賊を三人斬り伏せたアルージエ。

 彼の動作を見て、リーダー格の男が動き出す。


「囲め! 一斉に追い詰めろ!」


 さすがに危機感を覚え始めたのか、賊たちの顔にも焦りが浮かぶ。

 この黒髪の男、只者ではない。

 彼が教皇であることなど露知らず、シャンフレックの手練れの私兵だと思い込んでいた。


 四方を囲まれアルージエは一瞬で判断する。

 守るならば後方のシャンフレックの方角だ。


 アルージエは鋭い刺突を後方へ。

 シャンフレックとの間に位置する賊を倒す。

 瞬間、他三方から一斉に鉄剣の攻撃が迫った。


「……!」


 予知には限界がある。

 そもそも確実ではないし、万能でもない。

 シャンフレックを守るために後方に退いたアルージエは、予知の確度を落としてしまった。


 左右と躱した斬撃だが、正面の賊の斬撃を浴びてしまう。

 アルージエの胸を裂いた剣。


「アルージエッ!」

「来るな! 下がっているんだ!」


 傷の深さはシャンフレックにはわからないが、それなりの出血量だ。

 アルージエの矜持。

 それは教皇としての責務ではなかった。


 ただ一人の人間としてシャンフレックを愛しているから。

 彼はこの場で退くわけにはいかなかったのだ。


「はぁ……っ!」


 重傷を負い、彼はすでに満身創痍。

 少しでも力を抜けば倒れてしまう。

 だが同時に、シャンフレックが危険な目に遭うことは……自分の命を失うよりも恐ろしいことでもあった。


「このまま畳みかけろ! 他の騎士団が来る前にさっさと始末しちまえ!」


 賊の頭目が叫び、アルージエに追撃を命じる。

 奇跡により並外れた力を持つアルージエは早めに始末する必要があった。


 シャンフレックは後方で弓を引き、アルージエの援護をしようとするが……


「シャンフレック。いい」


 アルージエは待ったをかける。

 次いで迫った斬撃が彼の頬を掠めた。


「どうして……もう戦えないでしょう!? 早く逃げるわよ」

「逃げ場はない。きみが動けば、それだけきみが狙われるリスクも高まる。わかってくれ」


 シャンフレックとしては、自分の命よりもアルージエの命の方が大事だった。

 公爵令嬢と教皇。その二者のどちらが大事だろうか。

 ほとんどの者は教皇の方に価値を見出すだろう。


 だが、アルージエもまた自分よりもシャンフレックの方が大事で。

 二人は互いにもどかしさを感じていた。

 彼を、彼女を助けることが唯一の目標なのだと。


「……」


 黙々と攻撃を躱し、時に被弾し、摩耗していくアルージエ。

 しかし彼は反撃のレイピアを振るい続けた。


 賊のリーダーが疲弊したアルージエの様子を見て、ニヤリと口元を歪める。

 ──今が好機。

 これで厄介なシャンフレックの護衛を屠ることができる。


「終わりだ!」


 周囲の部下と目を合わしたリーダーは同時に駆け出す。

 鉄の凶器がアルージエの全方位から迫った。


 彼の身はすでに満身創痍。

 回避するほどの体力も、奇跡を起こすほどの精神力も残っておらず。


「アルージエッ!」


 シャンフレックが咄嗟に駆け出そうとした、刹那。


 謎の引力が働き、シャンフレックを遠ざけるように後方へ追いやった。

 それと同時に雷光が駆ける。


 叩き折られた賊たちの鉄剣。

 一瞬後に佇む貴公子。


「──俺の妹に手を出すな、下郎供」


 アルージエに迫る剣をすべて斬り落とし、戦場に割り込んだ獅子。

 フェアリュクト・フェアシュヴィンデは怒りを滾らせた。


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