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多少の無礼

 執務室にやってきたシャンフレック。

 彼女はファデレンに順を追って説明する。


「先日、王都で滞在しているお兄様のもとに客人がやってきたそうです」

「ほう。で、どうした?」


 アルージエが話した内容も踏まえつつ。

 正直なところシャンフレックも急展開すぎて頭を悩ませていたのだが、父ならばきっと的確な助言を出してくれる。


「お兄様は客人を殴り、投獄しました」

「なるほど。フェアリュクトはそういう人間だからな。一見まともな貴公子に見えて、狂乱することが多々ある。特にお前が絡むとな」

「……耳が痛い話です」


 シャンフレックを単純に心配しているのだと思うが、兄の行動は度が過ぎる。

 投獄した相手が教皇だと知ったら、ファデレンはどういう顔をするのだろう。

 答えはもうすぐわかるが。


「そのお客人は私に用があったようで。婚約破棄されて領地に帰ったという噂を聞き、なんとか脱獄してフェアシュヴィンデ公爵領に逃亡してきました」

「なんとか脱獄……? どういうことだ?」

「そういうことです」


 普通、脱獄など簡単にできるものではない。

 しかしアルージエは教皇。

 実際に奇跡を使いこなすフロル教の最高権力者である。

 逃げることくらいはできるだろう。


「で、その方が当家の敷地内で倒れていたのです。お兄様に殴られた傷を抱えながらも、満身創痍でたどり着いたようで……庭園で気絶して倒れていました」 

「それは……申し訳ないことをしたな」

「ええ、本当に。最初は記憶喪失のフリをなさっていたのですが……とある一件を機に、その方が身分を明かされまして」

「ほう。まったく、荒唐無稽な話だな。お前が語る以上は事実なのだろうが。そのお客人とは誰なんだ?」


 ファデレンの予想は商人。

 シャンフレックは王都における販路をかなり確保しているので、商談を持ち掛けにきたのだろう。


 もしくは婚約破棄されることを事前に知っていた貴族が婚約を申し込みにきたか。無礼な話だが、フェアシュヴィンデ公爵家の後ろ盾が欲しい貴族はいくらでもいる。


 だが、シャンフレックの返答は予想にまったく反するものだった。


「教皇聖下です」

「──は?」


 なるほど、さすがのファデレンも動揺するらしい。

 シャンフレックは普段見ない父親の表情に満足した。

 こんな呆けた顔を見るのは初めてのことだ。


「いま、何と?」

「アルージエ・ジーチ教皇聖下です。たしかお父様とは顔見知りだったと聞きましたが」

「あ、あぁ……何度か挨拶をしたことがあるが……いや、おかしいだろう。聖下は滅多に外出なさらないし、人前に顔も見せない。ましてや外国にいらっしゃるなど」


 シャンフレックにしては珍しい冗談だと、ファデレンは苦笑いした。

 だが娘の表情は真剣そのもので。


 しばらく沈黙が続き、ファデレンの表情が固くなっていく。

 娘の目が本当の本当に真剣なのだ。

 念のため、ファデレンは聞いてみた。


「……聖下はどちらに?」

「客室にいらっしゃいます」


 瞬間、椅子を蹴り飛ばして部屋を出て行くファデレン。

 廊下を全力疾走だ。

 こんなに本気で走るのは何年ぶりか。


 ***


 客室をノックすると、中から聞き覚えのある『どうぞ』の声。

 ここでファデレンの疑惑は確信に変わった。

 この怜悧な声は間違いなく。


「ああ、ファデレン。久しいな」

「息子がとんだご無礼をッ! お許し下さい聖下!!」


 笑顔で迎えたアルージエに対し、ファデレンは勢いよく頭を下げる。

 少し遅れて歩いてきたシャンフレックは、父親のみじめな姿に同情した。

 だいたい兄のせい。


「シャンフレックから聞いてないのか? フェアリュクト殿の行動は全面的に許したと。命の恩人の兄なのだから、多少の無礼は許されるさ。もちろんファデレン、きみも同じだ」


 殴って投獄するのは『多少の無礼』ではないと思うが。

 シャンフレックは心の中で突っ込んだ。


 ファデレンはアルージエに言葉に疑問を呈する。


「命の恩人とは……?」

「僕はグラバリの惨劇の生き残りだ。あの日、僕はシャンフレックに助けられたことにより奇跡を得た。今の教皇アルージエがいるのは、彼女のおかげだということ。僕が今回ヘアルスト王国に視察をしに来たのも、実を言うとシャンフレックに会いにくるのが本命の理由だったんだ」


 アルージエは立ち上がり、逆にファデレンに頭を下げ返した。


「ひとつ、お願いがあるのだが」

「え、ええ……なんなりと。聖下のご下命であれば」


 この後、とんでもない要求がアルージエの口から飛び出る。

 ファデレンは一切予想していなかった。

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