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婚約への返事

「……そうしてフェアリュクト殿に殴られた僕は、私物をすべて没収されて牢屋に入れられた。奇跡を使って何とか脱走した後も執拗にフェアリュクト殿に追いかけられ……」


 シャンフレックは何度も耳を塞ぎたくなった。

 アルージエの話を聞けば聞くほど、兄の無礼と異常性が発露する。


「一時はルカロに帰国することも考えたが、風の噂でフェアシュヴィンデ嬢が領地に帰ったと聞いてな。頭の傷を抑えながらフェアシュヴィンデ領へ向かい……そしてあと少しのところで倒れた」

「そこを私が拾ったというわけね。でも、どうやって敷地内に?」

「僕は一時的に飛べるから」

「あ、そう……飛べるのね。うん」


 それもまた教皇の奇跡。

 先程アルージエが紅茶を聖水に変えたように、人の理から外れた秘術を使いこなす。それがフロル教の上流階級の特権だった。


「本当は正体を明かさず、傷が癒えたらここを出て行くつもりだった。グラバリの惨劇できみに助けてもらった旨を手紙に記し、何も告げずにね。だが……あのユリス王子の態度が気に食わず、思わず身分を自白してしまったよ」

「正解よ。あの馬鹿は、目上の人にしか従わないから」


 ユリスに命令できるとしたら、同じ王族か教皇並みの権力者くらい。

 アルージエがいなければ、シャンフレックは雑用係として王城へ連行されていたかもしれない。


 とりあえず、ここまでの顛末を聞いて。

 シャンフレックの取る行動は一つだった。


「ほんっとうに! 兄がごめんなさい!

 あの人、私に関することになると頭がおかしくなるの! 相手が王族だろうと何だろうと、一切容赦しない性格になるから!」


 ドレスが汚れるのも気にせず、彼女は絨毯に平伏した。

 謝罪を受けたアルージエは慌ててシャンフレックを立ち上がらせる。


「や、やめてくれ! きみが謝る必要は一切ない! 命の恩人にこんな謝罪をさせるなど……僕は断じて認められない!」

「で、でも……」

「でもじゃない。僕の命は、きみが救ってくれた。あの惨劇だけではなく、今回拾ってくれた時もそうだった。礼を言うべきは僕の方だ」


 アルージエの手を取って立ちあがったシャンフレックは、彼の白い手を見つめて思い出す。


(ああ……思い出したわ。あの時の)


 崩れ落ちる瓦礫の下で、ひたすらシャンフレックが生を願った少年。

 あの時も彼の手を握っていた。

 アルージエは一瞬で傷を回復する奇跡を宿し、後に教会に引き取られたという。


「グラバリの惨劇では……あなたの名前すら聞いていなかったわね。まさかあの領民が、教皇になっていたなんて」


 運命とは数奇なものだ。

 かつて救った少年が、今になって救いにきてくれたとは。


「というわけで、改めて感謝を。当代教皇アルージエ・ジーチが在るのは、シャンフレックのおかげだ。ずっと感謝を伝えたいと思い、十年間を過ごしていた。ありがとう」

「ふふ……言ったでしょう? 領民を守るのは当然の務めだと」


 お互いに微笑み、視線を交わした。

 アルージエは青い瞳でシャンフレックを見つめたまま告げる。


「それで、婚約の話だが」

「……ん?」


 婚約。

 そう言ったように聞こえる。


「どういうこと?」

「さっき言っただろう。僕はきみに婚約を申し込んだと」


 確かにユリスにはそう言ったし、シャンフレックも肯定した。

 だが、アレはユリスを遠ざけるための建前だと思っていた。


「あの話、本気なの?」

「軽はずみで言ったように思うか? ならば、今一度正式に申し込もう。シャンフレック、僕の婚約者にならないか?」


 まっすぐな視線で問うてくるアルージエ。

 シャンフレックは恥ずかしくて俯いた。

 彼は本気だ。ここまでの付き合いで、簡単に嘘をつかないことは知っていた。


「えっと……あの」


 正直、嬉しかった。

 今まで不誠実かつ大馬鹿者のユリスに付き合わされて、このまま婚姻するのだと思っていた。自分を尊重してくれる相手など、一生出てこないのだと思っていた。


 しかしアルージエならば、自分を最大限に尊重してくれる。

 されど身分的な問題が立ちはだかる。


 シャンフレックは公爵令嬢。

 教皇と婚約を結べば、それはヘアルスト王国への叛意と捉えられかねない。

 王国と教皇領は友好的な関係を結んでいるが、あくまで別国。


「返事は……もう少し、考えさせて」


 貴族の結婚は簡単に決められない。

 政治的な事情を鑑みて最適な相手が決められる。

 シャンフレックの決断は、領民の幸福に直結するのだから。


 ユリスにアルージエの婚約者になったと説明したが、それは適当に理由をつけて撤回するしかない。


「……そうか。僕はいつまでも待つ。返事をいつか聞かせてほしい」


 アルージエは物寂しそうな表情を一瞬浮かべたが、シャンフレックを心配させまいと笑顔を見せる。

 罪悪感で満たされるシャンフレックの耳に一報が届く。


 客室の扉が開け放たれ、サリナが走ってきた。


「お嬢様! 旦那様と奥様がお帰りです!」

「え、お父様とお母様が……!? 早くない!?」


 両親はあと一か月は帰ってこない予定だった。

 だが、こんなに早く帰国するとはどんな了見か。


「アルージエ……どうしよう」

「ん? ああ、僕がいると不都合か。ファデレン公とは顔見知りだからな。わかった、僕は客室で大人しくしていよう」


 教皇が来ています……なんて説明したら両親はひっくり返る。

 それとなく、徐々に、納得できる形で説明しよう。


 父のファデレンが兄の愚行を知れば、激怒して兄を処断するに違いない。

 シャンフレックは次々と湧く問題に頭を抱え、両親を出迎えた。

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