第1章 第3話 交わらない2人
「にしてもほんっと最悪。少子高齢化だか何だか知らないけどこんな男と結婚しろだなんて。いえいえわかりますよ? わたし頭悪いし運動できないし。まぁ能力的に見たらあなたが妥当なんでしょうけど……ねぇせんぱい。わかります? わたし、めちゃくちゃかわいいんですよ。このかわいさを活かさないなんてそれこそお馬鹿。ということでせんぱい。かわいいわたしと結婚できると思ったんでしょうけどご愁傷様。わたしはあなたなんかと結婚する気なんかないんで。はい婚約破棄申請書。わたしの分書いてあるんでそっちの分も書いてくださいねー」
AIが、国が。俺にふさわしいと選んだ婚約者。その正体がこれだった。確かにかわいいが、初対面の年上にこの態度。最悪はこっちの台詞だと言いたいが、それよりもまずだ。
「この申請書郵便番号間違えてんだけど。ちゃんと書いとけよ」
「あーはいはい。じゃあちゃちゃっと新しいの書くんで返してください」
「いやいいよ。俺も用意してきたから。そっちに書き直してくれ」
「……は?」
俺がカバンから申請書を取り出すと、玲花さんの顔色が変わった。怒りのような、不服のような。とにかく気に入らない様子だ。
「え? せんぱいわたしと結婚したくないんですか? わたしですよ? わたし。こんなにかわいいんですよ?」
「確かにかわいいな。でも俺の元カノの方がかわいいから。しかもお前と違って性格最高。俺そっちと付き合いたいんだよね。だからお前なんかこっちから願い下げだ」
「……は? な、なに言ってるんですか……? せんぱい如きが? わたしをフる? ありえないありえない! プライドずたずたなんですけど!?」
「知らねぇよ……」
「あーうっざ! こうなったら出してやりましょうかね特殊婚約破棄申請書! 相手が無理矢理襲ってきたとかそういう時に片方だけの記述で認められるやつ! こんなかわいいわたし相手から全然信憑性あるでしょうし!」
「わかったわかった……」
どんだけ自信満々なんだよ……。まぁ格下だと思ってた男にフられるのは辛いだろうけどさ。そこまで言う必要ないだろ。
「ていうかわたしよりかわいい? せんぱい目腐ってますよ? それともブス専?」
「俺の目は全うだよ。知ってるだろ? 多空羽衣。よく表彰とかされてる……」
「はぁっ!? せんぱいあの人と付き合ってたんですかぁっ!?」
「そうだよ。文句あるか?」
こいつに付き合うのも二重の意味で大変なので適当に返していると、なぜかしばらく悩む様子を見せた。そして一言。
「やっぱり婚約破棄なしです。婚約破棄破棄です」
「はぁっ!?」
なんだこいつ……でもこの子の性格からしてこういうことだろ。
「俺がかわいい子と付き合えるような奴だから逃がすの惜しくなったか?」
「は? いやあの人よりわたしの方が全然かわいいんでそんなの全然ないんですけど」
「そうですか……」
じゃあなぜ俺との婚約を続けようとするんだ……。こっちが訊ねるより早く、玲花さんが答えを言った。
「あの人……多空さんの婚約者。あの内藤蓮さんですよね?」
「……ああそうだよ。まぁ俺は納得してないけど……」
「わたし、その人と付き合いたいんですよ! 内藤蓮せんぱい! わたしの結婚相手は彼だって決めてるんで!」
……なるほど、そういうことか。
「俺に協力しろと? 羽衣と内藤を別れさせてお前が付き合うために」
「そういうことです! フリーになったら向こうは距離を置くでしょうが、付き合ったままならダブルデートや愚痴を聞いてもらう。アタックの方向はいくらでもあります! それが成功したらせんぱいも多空さんと結婚できてうぃんうぃんです! どうです? 悪くないでしょう?」
悪い、悪くないかで言えば。
「悪いね。俺は羽衣と内藤の結婚を応援してるからな」
「はぁ? せんぱい多空さんと結婚するためにわたしとの婚約を破棄しようとしたんでしょ?」
「まぁな。でもそれとこれとは話が別だ。内藤と結婚することが羽衣にとっての幸せならそっちを応援する。でも不幸になるのなら、俺が結婚するよって話。言い方は悪いけどキープくん、ってやつだ。俺は羽衣の逃げ道になれるのなら、一生誰とも結婚しなくてもいい」
「きっも。なんですかストーカーですか? 普通に引くんですけど……」
「失礼だな。純愛だよ」
「ならこっちは軽蔑です。本当に気持ち悪い」
玲花さんが肩を抱いて本気で引いている。まぁいいけどさ……誰に何言われても。俺が決めたことだし……。
「でもお前だってそうだろ? 相手がいる男を狙うとか。それとも元々付き合ってたとか?」
「いえ全然。話したことすらありません」
「どっちがストーカーだよ……」
引くというか理解不能という感じだが、いたって冷静に玲花さんは続ける。
「何度も言いますがわたしはかわいいんです。本来ならせんぱいより条件の良い男と結婚できる。これは間違いありませんよね?」
「まぁ……そうだろうな」
実際かわいいというのは大きな武器だ。下手したら学力や努力以上の最強の兵器。でもそれをAIが、世間が。認めることはないだろう。
「わたしは兄に全て劣る無能です。でもかわいい女の子なら、それすらも利用できる。女の子はちょっと馬鹿なくらいがかわいいとよく言いますからね。でもこの国定婚約者政策では容姿は考慮されてない。これって不公平じゃないですか?」
「そりゃそういうもんだろ。なんだっけ? ルッキズムだったか。そういうのはやめようっていう時代だろ。なんか大学のミスコンも中止傾向になってるらしいし……」
「だからそれがおかしいんですよ! 他の生き物はみんな交尾のために見た目をよくしますよ? わたしも同じ。何の努力もせずにかわいいわけじゃないんです。毎日のスキンケア、ヘアトリートメント。かわいい仕草のために素を出さない。そういった努力をして、今があるんです。そしてそれを怠るブスのせいで努力をしてきた私が否定される。ただ努力の方向性が違うだけなのに。これっておかしいですよね?」
「はぁ……。なんていうかお前……ペットみたいだよな。男に媚び売って生きていくって……や、ごめん……」
明らかに言い過ぎてしまったので謝罪したが、当の本人は気にしている様子がない。むしろ胸を張っている。
「ペット? 上等ですよ。わたしのような馬鹿が良い生活をしようと思ったら。人生一発逆転しようと思ったらそれしかないんです。かわいさを与える代わりに、生活を保障してもらう。こんなかわいい奥さんをもらえるんです。男はさぞかし自慢でしょう。その対価が良質な生活。うぃんうぃんじゃないですか!」
「……それで好きでもないただ病院の跡継ぎってだけの内藤と結婚したいって? ほんと最低だな……。好きな奴とだから結婚したいんだろ? それをみんな世間体とか周りの目を気にして妥協する……。俺から言わせてもらえばそっちの方が間違ってるね」
「好きな人と結婚するべき? 笑わせないでくださいよ。せんぱいは子供のころに好きだったアニメを今でも好きなんですか? そんなわけないでしょ? 想いや感情なんて所詮はその程度のもの。それを優先することこそ間違ってます!」
「だったらお前がかわいいのなんて後せいぜい10年か20年程度だろ!?」
「わかってないなーせんぱいは。確かにわたしは感情より実利で行動します。だからですよ。良い生活を保持するために、その人に一生尽くす自信があります。浮気なんてリスクのある行為は絶対にしない。家庭を守るために全霊を尽くします! それって一般的に言うところの、『良い妻』、ってやつですよね?」
「好きな相手とならそんな小細工なしで一生一緒にいられるんだよっ!」
平行線。一生交わらない線がここに二本引かれている。だからこそ、この線を別の場所に引かせない。無理矢理交わってでも、止めなくてはならない。
「……わかったよ。婚約破棄はなしだ。とりあえず、今のところは付き合ったままにしておこう」
「そうこなくっちゃ。お互い協力してあの2人の仲を引き裂きましょうね?」
「それをさせないために付き合ったままにするんだ。お前が世間体を大事にするなら、大きなことはできないだろ? 俺がお前を抑えておけば、羽衣は幸せになれる。羽衣の幸せは誰にも邪魔させない。誰にもだ!」
「はっ、上等ですよ。せんぱい如きが何をしようがわたしは止められない。なんせ他人のためじゃない。わたしはわたしの人生のために努力するんですから」
俺は玲花さんが嫌いだ。向こうも同じだろう。ここまで正反対で、そして同じくらい頑固なら。決して交わることはない。それでも。
「これからよろしくな、玲花」
「こっちこそよろしくお願いしますね、竜輝さん」
今この場だけは右手一本分の握手だけ。2人交わった。
これにてプロローグ終了です! 次回から物語本格スタート! ちょっと複雑なラブコメが始まります!
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