第1章 第2話 結婚相手
「元気だしなよおにぃ。決まったこといつまでもくよくよしててもしょうがないでしょ?」
羽衣と別れたその日の夜。俺は両親が運転する車の後部座席で項垂れていた。その横で妹の城戸龍華がため息混じりで慰めてくる。
「国定婚約者政策がなくても、世間体を気にする親ならどっちにしろ結婚できなかったでしょ? だからもうしょうがないんだって」
「……にしても運命だな。まさか俺たち兄妹の婚約者がそっちも兄妹なんて」
羽衣のことをごちゃごちゃ言われたくなくて無理矢理に話題を変える。俺の婚約者は高1の虎狗玲花さん。そして龍華の婚約者は玲花さんの兄。隣のクラスの虎狗黒治。この組み合わせになる確率はどれくらいだろうか。俺の頭では弾け出せそうにない。
「そうでもないよ。むしろ当然じゃないかな」
だが俺の妹は違う。全てわかってるような顔をしている。
「AIが決めてるってことはランダムじゃないっていうこと。しかも判断材料は個人情報や成績、事前調査で出た性格程度でしょ? 計算パターンはそう多くない。だったら家同士の付き合いが楽になるようにしてるんじゃないかな」
「それって……運命の相手はそんなことで選ばれるってことかよ……」
「ううん。運命の相手なんていないってだけじゃないかな。人間誰と結婚しても多かれ少なかれ良いこともあるし悪いこともある。だから頭脳基準でさっさと結婚させて子ども産めってことでしょ」
「……ほんとお前は。俺とは違うな……」
俺の妹は本当にすごい奴だ。明るく誰にでも優しく、勉強はできるし運動もできる。おまけに兄目線から見てもめちゃくちゃかわいい。俺とは正反対のような奴だ。伊達に兄から全てを吸い取った、なんて呼ばれていない。……そういえば玲花さんもそう呼ばれてるんだったか。
「なぁ。玲花さんと同じクラスだろ? どんな子? 虎狗……黒治の方はな……」
「もうすぐ会えるんだから言ってもしょうがないでしょ。それに黒治さんとは元々知り合いだよ。同じ特待生同士だし。羽衣さんも、その相手。内藤さんともね」
俺たちが通う鏡ヶ丘高校には特待生制度がある。何でも成績優秀だから学費がタダになるとか。この少子高齢化の時代、年々高校数が減少していく中で付近に良い高校がない場合が多く、救済のためにそういった制度を導入している学校は多い。だから偏差値が20は違う俺と羽衣が同じ高校に通うことができた。その制度を利用しているのが1年は龍華、2年は羽衣と黒治、3年は内藤ということらしい。俺の周り頭が良い奴多いなほんと。
「まぁだから色々知ってるよ。おにぃと黒治さんの確執もね」
「……あれは俺が悪い」
「向こうはそう思ってないみたいだけど。……あ、そろそろ着くよ」
「なんで家知ってるんだよ……」
龍華がそう言うと、車が「虎狗」と書かれた表札がある家を通り過ぎた。豪邸……とは言えないが、立派な家だ。決して大きくはないが、日本家屋っぽい雰囲気が上品さを醸し出している。付近の有料駐車場に車を停め、道を戻る。
「みんな、準備はいいか……」
「パパが一番緊張してるじゃない」
「私は大丈夫だよ。おにぃは……」
「俺も……もう覚悟は決めてある」
家の前で家族で一度会話をし、父さんがインターホンを鳴らす。すると待ってましたと言わんばかりにすぐ玄関の引き戸が開かれた。
「お待ちしていました、虎狗です。……どうぞお入りください」
「もう……緊張しすぎ」
扉が開かれまず口を開いたのは両親っぽい大人2人。うちと同じような話をしているが、なんだか家と同じく上品な雰囲気がある。そして隣にいた男が一歩、前に出た。
「……城戸。まさか君と義理とはいえ家族になるなんてな……」
「俺じゃなくてまず龍華と話せよ……虎狗」
優男風のイケメン……虎狗黒治の言葉を受け流し、さらに隣を見る。
「君が虎狗……玲花さん……?」
「はいっ。あなたが城戸竜輝さんですね。よろしくお願いしますっ」
笑顔ではきはきとしゃべり、軽く頭を下げた少女、虎狗玲花。この人が俺の結婚相手……になるかもしれない人。
黒治を知っていたからその妹がかわいいことはわかっていた。でも想像していたよりずっとかわいい。羽衣は大人っぽい美人って感じだったが、この子は真逆。子どもっぽい無邪気なかわいさを感じる。栗色にウェーブをかけたセミロングという髪型は遊んでいる女子高校生の量産型と言ってもいいが、その下の顔立ちを見てその雰囲気は掻き消える。それくらいにかわいかった。おまけに胸が大きい。羽衣は小さかったから……いやそれについては考えないようにしておこう。
「じゃあまずリビングで話でも……」
「パパ、れいかぁ、竜輝さんと2人っきりで話がしたいなぁ。竜輝さんもいいよね?」
「ん? ああ……」
有無も言わさぬ感じで玲花さんに連れられ、2階の玲花さんの部屋に入る。羽衣の部屋に入ったことはないから、これが初めての女子の部屋……。なんかすっごい女の子っぽい。全体的にピンクでふわふわしているものに溢れているし、なんだか良い匂いが……。
「はぁ……。さいっあく」
そしてその部屋の雰囲気には似つかわしくない、舌打ちが部屋に響いた。大きな舌打ちをした彼女。玲花さんは大きなたれ目を吊り上げ、俺を睨みつけた。
「言っときますけどせんぱい。わたし、あなたみたいな冴えない男と結婚するつもりなんてないんで。あんまり馴れ馴れしくしないでくださいね」
「……そういうことかよ」
俺と同じく兄妹に全てを吸い取られたという玲花さんが。恥ずかしげもなくクソ性格悪いところを見せつけてきた。
第二ヒロイン登場です。次回でプロローグ終了予定です。おもしろい、続きが気になると思っていただけましたらぜひ☆☆☆☆☆を押して評価を。そしてブックマークのご協力をお願いいたします!