第1章 第1話 国が決めた失恋
「今からみなさんの婚約者を発表します」
事情を知っている俺からしてもよくわからない担任の言葉で帰りのホームルームが始まった。
「みなさんも知っての通り、現在少子高齢化が問題化しています。その解決策として実験的に行うのがこの『国定婚約者政策』。現高校1年生~3年生を対象とし、成績、性格、家庭環境。様々な観点からベストなパートナーをAIが選定するというもの。数年前から決まっていたので覚悟は決めていたと思いますが、今日がその発表日です」
先生が一人一人の机を回り、固く閉ざされた封筒を配っていく。
「もちろん必ず結婚しなくてはならない、というわけではありません。結婚するかはあくまで自由。まーた政府が意味のないことやってるよ程度に思ってください。2人で記名して申請書出せばそれでオッケー」
美人ながらも性格がきつく、三十路ながら彼氏ができたことのない先生の口調が段々と崩れていく。
「でもなぁっ! 学生時代の恋愛なんかクソだぞっ! そんな一時の性欲に人生狂わされるくらいなら国に任せとけっ! あーあ! あたしも10歳若かったらなーっ!」
「んなこと言ってっからモテないんすよっ!」
「あぁっ!?」
すぐ近くまで来たのに発狂し出して封筒を配るのをやめた先生から自分の封筒を奪い去り、俺は1人の女子の元へと向かう。
「羽衣っ! 結果どうだったっ!?」
俺に声をかけられた黒髪の少女は一度身体を震わせ、まだ未開封の封筒に手を乗せた。
「早く確認しよう! 絶対俺の名前書いてあるからっ!」
「…………。それはたぶんない、って。話したよね」
言葉を選ぶように一言一言ゆっくりと口にする、俺の彼女。多空羽衣の封筒が震える。乗っている手が同じように震えているからだ。
「でも! 開けてみないとわからないだろ!?」
「なぁ城戸。お前もそろそろ諦めろよ」
関係のない男が遠くから声をかけてきた。あいつも俺と同じ。同じクラスに彼女を持つ男だ。
「いくら少子高齢化っつっても全国の3学年合わせれば軽く100万人は超える。その中から同じクラスの彼女が選ばれる? ありえないだろ」
「だけど家庭環境も関係あるんだろ!? だったら家が近い方が……」
「だからだろ。多空さんはお医者様の家の次女。勉強はできるし性格はいいし、見た目はそれ以上にいい。対してお前はなんだ? ホームルーム中に勝手に立ち上がって吠えてるような馬鹿だろ。とてもじゃない……いや。絶対に吊り合わない」
「お前なぁ……!」
言い返そうとして、やめる。奴が手に持っている用紙のパートナー欄に、彼女の名前とは別の名前が刻まれていたからだ。そして今付き合っているその彼女は、教室の隅で声を押し殺して泣いている。
「……うるさくしてごめん。でも確認だけさせてくれ。羽衣にふさわしいのは俺なんだって」
吊りあわないことなんか初めからわかっていた。でも好きになったから告白した。羽衣も好きだって言ってくれた。それが全てで、それ以外のものは必要ない。吊り合うとか、相性とか、どうでもいいのに。どうして、こんな……。
「私も……全然竜輝くんがふさわしくないなんて……全然思ってない……けど。そうじゃない……そういう話じゃないんだよ……」
ゆっくりとゆっくりと。羽衣が震える手で糊を剥がしていき、そして暴かれる。羽衣が誰と結婚するべきかが。
「内藤……蓮……」
わかっていた。わかっていたけれど、こうも傷つくものなのか。こうも辛いものなのか。何よりも愛している彼女に自分はふさわしくないと突きつけられることは。
「内藤蓮ってあれでしょ……? 駅前の総合病院の院長の御曹司の……」
「うわすご! 玉の輿じゃん……!」
「しかもすごいイケメンなんだって!」
「いいなー……」
俺がその名前を読み上げると、クラス中から囁き声が聞こえてきた。生憎俺はそいつのことは知らないが、どうやら悪くない……かなりいい相手のようだ。俺が勝っているところなんて一つもないような。
「竜輝くんは……誰だった……?」
「……虎狗……玲花……」
こいつのことは知っていた。顔は見たことはないし、その子というよりはその兄のことをよく知っている。
「その子って隣のクラスの虎狗くんの妹さんでしょ……?」
「えっ!? あのイケメンの……!? じゃあ城戸くんよかったじゃん……」
「でも噂だよ? 確かに美形らしいけど、能力はお兄さんに全部吸い取られたような子だって……」
「なんだ……ますますお似合いじゃん……」
クラスの奴らは聞こえないよう話しているつもりだろうが、申し訳ないけどよく聞こえている。その話が本当なら俺にぴったりだと笑えてくるくらいにはよく聞こえる。
「……なぁ羽衣。やっぱり申請書出そう……こんな機械が決めた相手じゃなくて! 好きな人と結婚したいって……!」
虎狗の妹さんが嫌なんじゃない。羽衣がいいんだ。羽衣じゃなきゃ嫌なんだ。それなのに、羽衣はふるふると力なく首を横に振っていた。
「事前調査で国定婚約者政策で決められた人と結婚したいって人は……全体の約3割。でも政府が事前に実験した約2万人は、9割9分その人と結婚した。そりゃそうだよね……。この人と結婚すれば人生上手くいきますって教えてくれてるのに……断る理由なんてない。たぶん結婚しないって言ってる7割の人も、実際に会ってみたら考えが変わるんじゃないかな……」
「……羽衣は俺と結婚したくないのか? 俺よりその内藤って奴のことが好きなのか?」
「……結婚って恋愛じゃないからさ。必ずしも好きな人と結婚する、ってわけじゃないと思うんだ。経済的な理由とか社会的な理由とかで……この人と一緒にいたら幸せじゃないけど不幸にはならないって人とするもの……なんだと思う」
「……言いたいことはわかるよ。俺馬鹿で何の取り柄もないから……不安だと思うけどさ……これからはちゃんと……勉強がんばるから……!」
「そうじゃない……そうじゃないんだよ……!」
くしゃりと紙が折れ曲がった音がした。羽衣の用紙がぐしゃぐしゃに曲がり、彼女の名前が見えなくなる。
「たぶんお父さんやお母さんはこの結果に喜ぶと思う……! 私は両親の期待を裏切って自分の感情を優先できるほど……すごい人じゃない……。だからごめん……ごめんね……!」
紙からまた音がした。雫が垂れ、用紙がさらに汚く見苦しくなっていく。羽衣が謝ることなんてないのに……前から2人で決めていたのに俺だけが納得できなくて……羽衣を傷つけている。
「……わかった」
それが羽衣の幸せなら……俺が否定する理由はない。でももしそれで不幸になるのなら。俺が助けなくてはならない。
「もしそいつがどうしようもないクズだったら……いつでも俺に言ってくれ」
羽衣の筆箱からペンを取り、俺のパートナーとなるべき人物。虎狗玲花さんの名前に線を引く。
「俺の人生のパートナーは羽衣だけだって。俺だけはずっと思い続けてるから」
そしてその上に多空羽衣と書き込んだ。
「……ほんと竜輝くんって馬鹿だよね。これ……大事なプリントだよ? それを汚すなんて馬鹿だよ……!」
「それで羽衣にふさわしいってことになるのなら、俺はいくらだって馬鹿になるよ」
ここは教室だ。いくらだって目はあるし、別の人と付き合うということは決まっているのに。俺と羽衣は抱き合い、キスをした。
「そういうところが……大好き。ありがとう……さようなら」
そして俺は、羽衣と別れた
まだ全然話が始まっていませんが、フラれるところから物語スタートです。おもしろい、続きが気になるとおもっていただけましたら☆☆☆☆☆を押して評価を。そしてブックマークといいねのご協力よろしくお願いします!!!