Exp.39『症状』
本日も、当たり前に異常なし。
気持ちの良い朝を迎えた。
「……勉強か?」
「はい。おはようございます」
そこには木の机に向かうアンシアの姿があった。
ロングの金茶色の髪をポニーテールにまとめ上げ、腕捲り。
ペンは優しく握られてある。
正直ドキリッとした。
「どうかしましたか?」
「いや、何でも……」
勤勉であり、素晴らしいな。
「無理はせずに、自分のペースで頑張ってくれたらいい。それだけで俺は嬉しいからな」
「もっと頑張ります。任せてください」
力強くガッツポーズを見せるアンシア。
……逆効果だったかな?
「そ、そっか」
軽く笑って見せて、洗面台へと向かった。
朝食を済ませ、今日は別行動にした。
「クエストを1人でやってみて効率のいいレベルアップ方法を試してくる」
「分かりました。お気をつけて」
アンシアは少し不安そうにしていた。
それもそうだ、知らない街で1人になるのは怖いだろう。
潤んだ瞳で見られると、非常に行きづらい。
「ピンチになったら、花火魔法を天高く打ちあげてくれ」
アンシアはコクッっと頷き、後ろに下がった。
「キョウヤさんを信じて待ちます!」
「ありがとう。そうしてくれ」
大げさのようにも感じたのだが、ここまで慎重な返事をしてくれると俺の方がホッとする。
俺は、過保護なのか?
少しばかり恥ずかしくなった。
――――――LEVEL SERVICE――――――
俺は、徒歩で雑木林に到着した。
ピアノの正門をでて、目と鼻の先である。
話しによると、雑木林はモンスターたちの憩いの場であり、湧き水もあるらしい。
――音符スライム。あれがか。
黒色でクリアで音符の形。
ぷよん、ぴよん、とリズミカルに跳ねている。
……面白いスライムだな。
しかし近づこうとすると、怒りの目つきで俺を威嚇。
リンリンと音を出している。
心地よい音なんだけどな……。
完全に舐められているらしい!
「やったりますか」
俺はさっそく短剣を取り出し、戦闘開始。
ここに関しても一切の例外はない。
モンスターは、レベル1の俺に吸い寄せられるようにやってくる。
そしていつの間にか音符スライム10体ほどが俺の周りを囲っているではないか。
レベルが高いと、低級モンスターは逃げていき、追いかけことに難色を示す。
よってそちらから来てくれるのは、ありがたいのだけど。
「どうしてこうも、弱い者いじめが好きなのか、まったく」
――返り討ちだ! この野郎。
――――――――――――。
いつも通り俺はレベル1以上の力を有し、楽に戦う。
叩き潰したり、踏んづけたり、打撃を加えたり。
体をほぐす感覚で自由に動き、同時に体液を集めた。
一方で、尻尾の毛は戦うことで得られず、優しく採取しなければならなかった。
レベル1の俺に対して、デカい態度を取り体に触れることさえ許さないストリングスホース。
よって、半ば強引にいただいた尻尾の毛。
申し訳ない――。
この仕事は、アンシアに任せよう。
きっと「ごめんなさい」とか「くださいな」とか声を掛けながら採取するに違いない。微笑ましいな。
最後に俺が頭を撫でようとすると、ストリングスホースは一目散に逃げていった。
意外と強くて驚いたのだろうか。
――――――――――――。
「精が出ますね。キョウヤ……」
――!
「フェローチェさん……」
いつも通りのクール系ポーカーフェイスがそこにはいた。
スラッとした佇まい。
午前中に出かけた帰りだろうか?
「こんなところで会うとは奇遇だな」
「そうか……」
……。
二言で会話が終わるかな……。
もう仕事に戻っていいか?
「レベル1なんですか……」
「え?」
フェローチェは、前触れなしに直球を投げた。
「この間会ったときに、レベル1だったから驚いた……」
そう言うことか。
「まぁ、色々とあってこうなった。そこまで不便はしていない」
「強いんですか、あなたは……」
唐突だな!
「普通くらいですけど」
なんで、そんなことを聞くのだろうか。
まったく怖いぜ。
「そうですか……」
興味があるのか無いのか、分からないよ。
この人は……。
「少しばかり街についてきてください……」
……。
「聞こえなかったか……」
「いやいや、いいですけど? なんでだ?」
「……」
「理由くらいは聞きたいのだが、ダメか?」
「街の探索といったところ……」
「ほ~」
今さら探索って、買い物に付き合えとか?
そう言うことか?
……まぁ、ちょうどいいか。
フェローチェさんについて質問してみよう。
「分かりました」
するとフェローチェは、静かに確かにほほ笑んだのだった。
――――――LEVEL SERVICE――――――
相変わらず、音楽が鳴りやまない。
街を歩いていると、多くの者から視線をもらった。
――俺ではなくて、どうやらフェローチェの方だ。
フェローチェは有名であり知名度があるものの、外に出ることが少なく珍しい。そんな推測に行きついた。
体は白く日焼けとは縁がなさそうだな。これが動かぬ証拠だ。
「やはり、ピアノは良い街だ……」
「フェローチェさんは、フォーリオスの帝王と互角の力だと伺っているのだが」
「互角かどうかは分からないが、そう言われている……」
これまた、淡々と答えるフェローチェ。
凄いことだから、もっと誇っても良いと思うがな。
「術式学校の資金調達が、フォーリオス帝国の5分の1を占めている。だから気分を損ねさせて、独立させるわけにもいかないのだろう……」
……ここでも、政治の問題ですか。
「そうだ! 昨日の夜、フェローチェさんを見かけ……」
言い切る前に、フェローチェの指さしで遮られた。
――!
「キョウヤ……あれ……」
「何だ」
――!
――――ガシャン!
「うおりゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
目の前で窓ガラスが割れて、4人の男集団と4人の男集団が喧嘩を始めた!
音楽が鳴り響く街に雑音が混じる。
あれって言われたけど……?
ハンマーでガラスを割ったり、ゴミ箱を蹴散らしたりと散々である。
「喧嘩だな」
「もちろん……」
俺に止めろと言っているのか。
「……」
フェローチェから、真顔で見つめられた俺。
しかたがない――。
「お前ら、止めとけ!」
すると、8人は、同時にこちらを向いた。ってこっちも真顔かよ!
そして、ズンズンと近づいてきたのだ。
ロボットのように行進してくる合計8人!
――ギャグなの? 名物の直進行軍なのか?
ここは街の中、戦闘するわけにも。
どうにか落ち着かせるためには……。
俺は、短剣をちらつかせた。
しかし、彼らは進んでくる。
剣が怖くないのか。
……俺がレベル1だからか。
――!
無感情で、生気を感じることができない8人……。
まさか、前が見えていないのか?
――!
彼らは飛び掛かってきた。
俺に向かって、高くジャンプ……?
高すぎないか? って!
「フェローチェさん!」
ん?
フェローチェは、もっと無感情。
冷静過ぎる……。鉄のようだ。
「メシア・シンフォニー」
目を閉じて魔法を発動。技は慈愛に満ち溢れていた。
――!
前に見たときとまったく同じ。
心地よい音色、魅力的な旋律が奏でられていて、五線が8人を包んだ。
音で癒す魔法。回復魔法の進化系。
8人は、飛び掛かったが、空中で動きを静止させられて、自然落下。
そして落ちた時の痛みを超えるような、メシア・シンフォニーの苦痛緩和能力。
頭を抱えていた8人が見る見る内に大人しくなって……眠った。
「これで、治癒は完了です……」
フェローチェは、ため息をついて両手を叩いた。
「驚きましたか……」
「回復だけだと思っていたから。まさか、眠らせる効果もあるとは……」
「眠りは癒し……」
――!
「それ、分かる気がする」
ここ最近のピアノの街には、ピッタリである。
しかし、どうしてこんなところで喧嘩を?
クエストの争いなのか?
「どうやら呪いの音のせいですね……昨日の患者とよく似ています……」
「そうなのか」
「呪いの音を聞くと、恐怖も悲しみも、喜びも感じなくなる……」
「そして感情を徐々に蝕まれ、無感情のまま錯乱状態に陥ることがある……」
――……。
「恐ろしいな。こんなにも被害が出るなんて……」
この4人は、ギルドエース、そっちの4人はギルドフィッシュボーン……。
「――同じギルドの連中か」
「運ぶのを、手伝ってくれキョウヤ……」
「お、お」
――パンパン!
アンシア!
「銃声か……」
――銃声じゃない! 花火……。
「すまない、フェローチェ。用事を思い出したので戻ります」
――……!
「そうか……」
俺は、アンシアの元へ急いで向かった。
「加速レベル7」
――――――LEVEL SERVICE――――――




