Exp.38『前兆』
さっそく俺たちは、リーリー・ピアノ術式学校の売店で魔法學書を購入し、それから昼食を取った。
魔法学の参考書としては、本の媒体と映像魔法の媒体、この2つがあるのだが両方購入。
映像魔法の媒体は、手軽に書物を引き出せて便利なのだが、勉強しにくいだろ……意外と。
「キョウヤさん。ありがとうございます」
「アンシアの言葉が嬉しかったから、魔法學書くらい安いものさ」
国語辞典並みの太さが6冊。
しかし付録として、収納魔法(70㎏制限)がついていて、アンシアはものの5分で完璧に習得。こらから楽に収納ができる。
「さすがだな」
アンシアはクリームメロンソーダをググっと飲んだ。
両手でコップを掴む仕草をみると、本当に魔法を使えるの? と思うくらい頼りない感じがして、微笑ましかった。
ギャップだな。
「えへへ」
その後はギルド施設に行き、実践になりそうなクエストを斡旋してもらう予定である。
学力も大事だが、魔道具を使う試験対策である。
――――――LEVEL SERVICE――――――
ギルド施設は、非常に混雑していて、暑苦しかった。
「俺が、私が、俺様が、拙者が!」
みんな一様に挙手をし、アピールをする冒険者やパーティーそして商人たちでごった返していたのだ。
床がキシキシと鳴り、建物が崩壊するのではないかという感じである。
「押さないでください、待ってください」
受付嬢は、困った様子で列整理をしているのだが、押しては引いてを繰り返している人ゴミに苦戦。見ていて可哀そうだった。
呆れたものだ。
「アンシア、フラッシュ魔法を軽く打ってやれ」
「分かりました」
銅の杖を天井高く上げると発動!
「フラッシュ魔法」
――――――パーン!
――――――――――――。
部屋が一瞬だけ明るくなり、静かになった。
……。
全員が俺の方を向いた。
そりゃそうだ。
――何やったんだこの野郎とでも言いたげだな。
レベル1が調子乗るな、そんな声が聞こえてきそうだ。
「指図するなレベル1の分際で!」
ほらな……。
俺はすました顔で、反論はしない。
「な、なんだよ……」
俺の冷静な対応に、動揺を隠しきれていない者までいる。
レベル1だからって、前頭葉の小さな小さな動物じゃないんだから、すぐに怒らない。
これ常識!
「受付嬢の話しをよく聞いた方が、無駄な体力を消費しないだろ。先輩方」
やんわりと正論を返し、集団を鎮めるのだった。
「そ、そうだな」
「争っている場合じゃないよな」
――――――LEVEL SERVICE――――――
「先ほどは、ありがとうございました」
受付嬢は、丁寧にお辞儀をして、俺たちを受付に迎い入れてくれた。
とは、言ったものの、机には資料が山積みになっている。
「大変そうだな」
「仕事ですから」
苦笑いをして場を作る受付嬢であったが、面倒になった、と本音が目から伝わってくる。
「結局、何の騒ぎだったんだ。旬なクエストか?」
「ある意味そうなんです。2つのクエストで、様々なパーティーが争っていまして」
「2つ?」
「はい」
「ピアノで起こっている呪いの音なのですが。防音薬を作るためにとある鉱石が必要なんです」
「それが昨日、術式学校の研究から判明して、我先にと、押し寄せてきまして。まったく嫌になっちゃいます」
「薬で呪いの音が……?」
「一応、リーリー・ピアノ術式学校が分析した結果、ノンレム鉱石とレム鉱石というものが必要だということです」
「でもですね。調合の仕方は研究不足で謎。よって有名な回復術士だけでなく、さっきのような商人やギルドパーティーが競うように調べています。斡旋する側は大変ですよ」
そう言って受付嬢は、自身の肩を揉んだ。
「それは、ご苦労だったな」
「ところで、大半が金儲けか?」
「きっとそうです。うちにあるクエストの中でも最上級ランクですから……」
……⁉
助けてください、あなたが代わりに受付嬢をしませんか、と誘ってくる明らかな表情。
助けてやりたいが、俺は『嬢』ではないんだ。
「2つ目はなんだ」
「それはですね。呪いの音の正体、ヒト型モンスターの討伐に失敗したことです」
失敗していたのか……。
「レイリックギルドだったか、確か」
受付嬢は、ゆっくりと頷いた。
「無事に帰っては来たのですが、交戦したかどうかも謎のまま。全く語らないんです。まるで……」
「「疲れきって、感情がなかった」」
俺と受付嬢の言葉が重なった……。
「完全に、呪いの音の効果だな」
「その通りです!」
「あれから、どうなるか知らないか?」
「実際に、戦闘した事例は、レイリックギルドが初めてですから、分かりません」
「色々答えてくれて、ありがとう」
――。
「いえいえ、それよりもお2人さんはどのクエストをご所望ですか?」
「ああ、そうだな」
受付嬢は疲れているみたいだし、斡旋は明日してもらおうと思ったのだが……。
「分っかりました!」
「他の皆さんには、防音鉱石採集のクエストを受け付ける際に斡旋料を取っていますが、お2人には、無料で場所も案内させていただきます」
「いや、俺たちはそのクエストは受けない」
「え?」
物珍しそうに俺とアンシアを交互に見ている受付嬢。
「日帰りできるピアノ街周辺のクエストが欲しい」
すると受付嬢の顔はパッと明るくなり、希望の光が差した⁉
「ありがとうございます。そんな依頼を待っていたんですよ!」
そう言って、紙の山を手で払い飛ばし、そそくさと準備。
大事な紙じゃないのか?
「こいつらウザかったので、個人情報が漏洩しても問題ないよね!」
「あるから、普通にヤバいから」
陳腐な依頼は嬉しかったのだろうか?
ウキウキ気分で「はい」っとペンを渡してきた。
まだ、クエストを受けるとは言ってないのだが。
内容を精査したい。
「ここは音楽の街ですので、楽器の艶出し原料の音符スライムの体液採取。バイオリンの弦になるストリングホースの尻尾の毛の採取クエスト。これらが超絶おススメです」
「お、おお」
「最近、こんなクエストをこなしてくれるギルドがなかったから困ってたんですよ」
俺達はギルドではないのだが。
受付嬢は、得意げに答えて、パラパラとファイルをめくり提示してくれた。
グイグイとすごい勢いだ。
「ありがとう、助かる」
「これが仕事ですから」
「キョウヤさん! その2つやりたいです」
するとアンシアは、受付嬢の営業熱に炙られたのか、熱いオーラを出している。
……まぁ、簡単なクエストだし受けようか。
「2つのクエスト、お願いします」
「承知いたしました!」
――――――――――――。
「また、来てくださいね~」
手続きを済ませ、俺たちはギルド施設を後にした。
その夜、俺は宿屋の二階から外を眺めていた。
アンシアは、銅の杖を枕元に置いてぐっすり夢の中。
一方で外は騒がしい。別のギルドが呪いの音の正体を討伐するらしい。
……おかげで、俺は呪いの音がどんなものか聞けずじまいということだ。
安全に越したことはないのだが……ちょっと興味深かったりする……。
いや――聞きたいなんて、冗談でも言ってはダメだな。
もしも異変を起こして一番困るのは、勉強を頑張り受験を控えたアンシアだ。
俺が正体を確かめるなんて言い出したら、どんな手段を使ってでもついてくるからな。
月は、だいぶ欠けて半月間近。
ギルドパーティーは、勇ましい奴らだ。
俺たちは、学問と経済力アップに力を注ごうか。
――!
……あれは、フェローチェさん⁉
「見回りか?」
……俺は、窓を静かに閉めた。
――――――LEVEL SERVICE――――――




