Exp.1『絶望の先に』
兵士は、不気味だった。
汚く醜く笑っていた。
「なんで、なんで」
俺は、膝からガクッと崩れ落ちた。
天と地とがひっくり返る。
ぐごるり目の前が無重力回転して、気持ちが悪くなって吐いた。
兵士が地上から降りてきて、奴隷を追い回し、ストレス発散の為に殺す。
道具のように扱うことは知っていた。
「楽しいなぁ、ぐぎゃははははは」
俺の全身は震えていた。
成仏されないまま放たれた幽霊のような感覚。
「汚いな小僧」
「人が殺されるのを見るのは初めてか」
「セレーネ!」
喉が引きちぎれるくらい声を上げた。
「……? セレーネ? どこの言葉だ」
セレーネ……それはその子の名前。
大事な名前……だぁ……。
この世で一番好きな……名前。
「次は涙か。えぇえ?」
「俺、泣かしちゃった。 ギャハハハハハハハハ」
「セレーネ、セレーネ……」
「分かったぞ、セレーネって言葉の意味」
――――――!
「殺してくれって意味だろ!」
――――――!
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。
クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソが!
クズがクズがクズがクズがクズがクズが!
「うぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
「うるさっ! こいつ、うるさいぞ!」
――ドガッ!
蹴とばされて、ぐるぐると地面を転がった俺。
みぞおちに入り激痛が入る。
しかし、心の痛みの方が強かった。
「セレーネ、セレーネ!」
「それしか、しゃべれねーのか!」
――ドガッ!
俺は、呼吸を忘れた。
生きていることが分からなくなった。
しかし、理解できたことがある。
「この女は、殺しちゃったよ! ぐぎゃはははは」
笑う兵士。
血まみれのセレーネ。
「殺してやるよ、クズドレイ」
「セレーネは、殺せて意味だろ、だったら敬語はどうなるんだぁ~」
口が血まみれになるほど、歯を食いしばっていた。
手から血が流れるほど、拳を握っていた。
「もう一度言う、だったら敬語はどうなるんだぁ~。言って見ろ」
……。
「聞こえなかったのかぁあああああ!」
……。
殺意とは、きっとこのことを言うんだ。
――――――――――――!
――――――――――――――――――――――――。
とたんにノイズが鳴り響き、視覚だけが頼りになった。
しかし色彩はない。全ての色が剥がれ落ちて時間は止まる。
「殺す……」
呼吸もしないから、鼻もいらない。
そして、視覚さえも徐々に役に立たなくなる。
眼球があちらこちらに動き、視点が定まらないから。
「殺す……」
つまり殺意とは、感情の暴走!
「うぅぁわあああああああああああ。そう思った瞬間には。あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。俺の足はすでに動いていた! ああああああああああああああああああああああああああああああ」
――グダンッ!
兵士を倒し、顔をぐちゃぐちゃにナイフで切り裂いて、狂気の叫び。
「死ね、死ね、死ね、死ね」
殺意は、感覚器官や運動器官を全て感情に任せ、自分を錯乱させる。
いわば人間の最上級で禁断の自慰行為である。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
それが殺意だ。
「死ね、死ね、死ね、死ね!」
俺の別の顔。
それは、形のない死神の顔。
殺戮だけを欲している。
鎧を破り、心臓を突いてそれでも足らずに、太もも、腕、肩、首。
こいつが、死んで痛みを感じなくなるまで、刺して刺して刺して……。
「刺して、刺して、刺して」
「死ね、死ね、死ね」
「おい、きさま、何をやっている!」
――!
異変に気付いた兵士がこちらに向かってくるが、俺は逃げない。
それどころかギリリと充血した目で睨んで、ナイフを強く握り!
特攻を仕掛け――!
――――――――――――!
苦しい苦しいよ。 心臓が苦しい。
俺は、もがき苦しんだ!
「うぐわああああああああああああああああ」
首にかけてある銀色の十字架が、トントンと不規則に揺れた。
俺の心臓の鼓動を締め付けるように!
――!
俺は、首にかけてある銀色の十字架を鷲掴み!
ハーハーハーハー。
――!
もしもこの十字架を引きちぎったりでもしたら……。
この十字架は、セレーネから貰ったもの。
ハーハーハーハーハーハー!
でも、心臓が呼吸が苦しい!
助けっ……。
「うがっ!」
今まで、どんなに軽蔑されて、捨てられたとしても、傷つかなかった。
だけど、セレーネだけには……。
嫌われたくない。
……俺は、セレーネを愛しているから。
軽蔑されて、捨てられることが怖かった。
戦いを決して好まないセレーネとの約束を守るべきか……。
「きさま! この兵の死体はなんだ! 何しやがった!」
「ぐはっ!」
兵士が俺を蹴り倒した。
俺はセレーネに覆いかぶさる体勢になっ!
「セレーネ、セレーネ」
手を伸ばすが届かない。
叫ぶが、響かない。
「なんだ、クソガキ!」
「ぐはっ」
兵士の蹴りを背中にもろに食らう。
「セレーネ、セレーネ!」
口からは吐血!
心臓がますます苦しくなる。
ハーハーハーハーハーハー!
セレーネの近くにいると、さらに心臓の締め付けは強くなった。
それでも、ここにいたい。
このまま殺意を持ったまま死にたい!
「死体から、離れろ!」
――!
俺は、セレーネから引き離されて、壁に叩きつけられた。
「お前は、反逆罪で、生き地獄の刑だ!」
兵士の1人は、そう言って俺の腕に杭を打った!
――ッ!
するともう1人の兵士は、セレーネに呪文をかけた!
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
すると、セレーネの体は燃え出した。
あ、ああ、あ……。
もう声は出ない。出せない。
――――――――――――殺す。
「……クズが……全員殺す!」
グシャリと力任せに杭を引っこ抜き、ボロボロの体で立ち上がり!
―――― ピンッ! ――――
銀色の十字架を引きちぎった。
――心臓の痛みは消えた。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ここで、こいつを殺さなければ!
俺に感情はない、グツグツと燃え滾っては、爆発するただそれだけ!
「死ね、死ね、死ね、全て、全て、死ね、死ね、死ねええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」
俺がこの後どうしたか、覚えていない。
ただ一つ覚えているのは……。
右手のナイフの感覚。
力がこもる。
ズババババババババババババババババ!
――――――――――――シュギュッン!
兵士3人の両足を、たった一本のナイフそれも一振りで切断!
兵士たち上半身が、地面に落ちた。
「や、やめてくれ、やや、やめてく」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
――ドスッ! ドスッ! ドスッ!
3人ともの顔をぐちゃぐちゃに潰し、心臓をひと突きした……。
「ハー、ハー、ハー」
――――――――――――。
「ハー、ハー、ハー」
「ハー、ハー、ハー」
きれいに片付いた空間。
静かになった世界。
――!
「セレーネ!」
俺は、セレーネの元に駆け寄った。
「今、俺が、助けるから」
「助けるからあああっああっ」
しかし、火は消せない。
火をナイフで斬るが無理だ……。
――――――!
遠くから、兵士の声がまた聞こえる……。
今度こそは、殺される。
それなら……。
――!
俺は、ナイフを取り出し、自殺を試みた。
「セレーネ……すぐそっちにいっ……」
――!
「……キョウヤ……生、き、て……」
――――――――――――!
燃える炎の中から声が聞こえた……。
「セレーネ、セレーネ!」
俺は、叫んだ。
強く、強く。
だけど、だけど、だけど。
「あ、りが、とう、キョ……ウ、ヤ」
「セレーネ、セレーネ、俺は」
「またね、キョウヤ」
炎はゴゴゴと音を立てて燃えた。
セレーネの体を全て包み込んだ。
そして跡形もなく――――――――消滅した。
セレーネは、二度と戻ってこない。
――――――――――――。
――――――――――――。
「待って、待ってくれ……よ。お前がいれば、俺は何もいらないから……さ」
「セレーネが……いなくなったら、どうすればいいんだ」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
俺は自殺できなかった。
彼女は最後まで、笑顔だった……。
残ったのは、兵士の死体と、ナイフ。
「なぜ、こんなことに、なぜ、なぜ!」
「俺はこんな結末なんて、望んでいない!」
殺し合いの悲鳴と怒号が、いつまでたっても鳴りやまない。
絶対に、復讐してやる!
王国と、それから、何もできなかった……。
この俺を……。
――――――LEVEL SERVICE――――――
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