Exp.28『翼』
ブラッド・オーバーを受けて俺は……。
死んでしまったのか?
――!
炎天下で、じりじりと焼かれて、俺は死んだのか?
汗がぬるっとして、磔から落ちそうだ⁉
――って、意識が……ある!
俺、生きている……だと⁉
「え?」
スタジアム内は、混沌とした空気に苛まれ、俺の名前が連呼されている。
痛みもなく呼吸がしっかりしていて、気持ちよく寝て起きた感覚。
――――なんで?
心の余裕がある。
――――どうして?
生きているのに、葬式を挙げられている気分になった。
兵士たちが、亜人たちが……ディレンに戦いを挑み……。
アンシア、ケーシーが俺に駆け寄ろうとしている。
「待て、俺はまだ……。戦えるからさ」
――!
しかし、体は動かない……。
「これ以上、誰もディレンに殺させはしない!」
どうなっている。
――――――!
俺の体の底深くから、熱く青白いスパーク!
スタジアム内は、一等星シリウスのような青白い光で染め上げられた。
「――なに!」
多くの者は目を覆い、行動できるものはいなくなった。
―――――― Exp. Set Up ――――――。
――?
頭の中で、文字が共鳴した。
経験値が綴られている……数式?
長い鎖のようなものが全身を駆け巡った。
――――――Level Cover――――――……。
死んだはずの肉体と魂に、経験値が満ちてゆく?
それによって漲る感覚?
俺自身も良く分からない。
――――――!
胸にある、銀色の十字架から鼓動が聞こえる。
これは、俺の心臓の音。
――!
上半身が――十字架から離れ!
手が動く……! 足が動く……!
微かにだが、皮膚に風が触れている。
わずかだが、熱された砂の匂い。
耳を通る心地よい声。
「キョウヤさぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん」
「アンシア!」
――!
――――――――――――――――――――レベル1。
「俺は、レベル1として、この世にもう一度!」
――――――REVIVE ON――――――
「生を、受けた……」
その瞬間、俺の体は空中に解き放たれた!
蛇の皮を引きちぎり、俺を磔にした十字架は、バラバラに砕けた!
地球を包み込むほどの自由で柔軟な身体。
思う存分に、体を伸ばした快感。
太陽の光が照りついた空中で、体を大きく反った。
――――――――――――キューウウウンッ……!
――ズドン!
土煙の中から現れたレベル1。
「ウソだ、ウソだろ……キョウヤ君」
――――――――――――ビュンッと、全てを一払い!
確かに、足が地面についた。
「なぜだ、なぜなんだ、キョウヤ君」
完全に修復された体にもう一度、酸素を入れ直した。
何もかもが、闇に溶けて、なくしてしまったかと思った。
だけど……。
「ローリエを女王にするまで、死ねなかった。ということにしておこう!」
――!
全ての視線が俺に集まった。
「どうなっているんだ……」
ディレンの黒目は小さくなり、口をぽっかりと開けている。
「レベル上げ代行サービス。ただ今戻ってきました」
「きさま、レベル1のはずだろ!」
「復讐はサービス。もちろん無料ですよ」
「はぁい?」
「レベル上げ代行サービス! 追放されたり、奴隷の過去を持つレベル1の俺ですけど、経験値は多めに持っているので売りましょうか? 楽して強くなりますよ。復讐? もちろん追加サービスです。無料ですよ」
――!
「キョウヤさん、最高です! 天使様です!」
「アンシア! 懐かしいなこの感覚! もう一度――俺は戦うよ」
「はいです!」
そして、短剣を構えた。
「待たせたな。本当の戦いはここから……」
「キョウヤぁ……あなた……なの」
口元を緩ませて、頷いた。
うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
スタジオには、歓声が舞い戻り、再び熱気に包まれた。
風が吹き、砂が暴れるフィールド。
ディレンとのタイマン勝負。
肉体は元通りの完成形。
体の痛みや傷はリセットされて、新しい。
「かがみ……」
「空気レベル95、阻害!」
――――――――――――――――――キュワン!
「うっ!」
顔が引きつっているディレンの表情。
八方ふさがりと言うことか。
「俺の結界が先のようだな」
「キョウヤぁああああああ! お前も僕の、僕の! 遊びを邪魔するのか」
「そうさせてもらう。お前の歪んだ思考回路、全て弾いてやる」
俺は、砂の上を駆け出した。
「僕の、楽しみを……許さない! 十字架・ブレード!」
迎撃しようと俺に向かって走り込むディレン。
手には、槍の長さの十字架が1本ある。
「僕の遊びを邪魔するなぁああああああああああああああああああああああああ」
ディレンは、泣き叫ぶように斬撃を繰り出す。
両手で持ち――ブンブンと勢いよく振り回している。
珍しく物理攻撃。
しかし、剣術や体術なら俺の方が勝っている。
――!
――――――!
――!
――――――――――――!
パニックを起こしているディレンの剣筋は読めた。
ディレンの動きに、タイミングよく合わせる。
「僕の、遊びを……遊びを……」
「邪魔するなぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「あああ!」
「ああああ!」
「あああああああ!」
「僕の、僕のあそ……」
「くどい……」
――!
力強く、十字架・ブレードを弾き飛ばした――!
「ぐわっ!」
鉄のカランッとした音が、フィールド内に響く。
十字架・ブレードは、消滅。
―――――――。
「ディレン、何がお前をそこまでさせる」
「僕は遊び足りないんだ……」
「遊び足りない?」
「あああああ、そうさ。君に行っても解決はしないがな」
「ブ……ブラッド……」
――!
「ブラッド・オーバーァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
十字架をバラバラの方面に飛ばす無差別攻撃。
「僕は、遊びたい、遊びたい」
「もう、うんざりなんだ」
「どうして、どうして、僕は捨てられたんだ」
「神に、捨てられた。あれだけの我慢をしたのに、遊びたかった……」
――!
額の流血を押さえながら、悶えながら術式を唱えている。
「ブラッド・オーバーぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああ」
「レベル10、加速!」
スタンドの壁を走り、ブラッド・オーバーを一つ一つ砕く。
「お前の過去に! 何があったか知らない!」
――――――――――――――。
「だが!」
「アンシア!」
「もちろんです。キョウヤさん!」
――――――――――――!
「届け!」
アンシアの放つ回復魔法!
俺の体に溶け込んだ。
「ブラッド・オーバー!」
ディレンの枯れた声とともに、放たれた一発。
簡単に――――――斬る!
「うぐっ」
――!
「や、やめろ、僕の遊びを……」
「復讐なら、弱い者への腹いせではなくて! 堂々と神にしてやれ!」
ディレンに正面から――。
――俺の眼光は青白く鋭く輝き燃えている。
「無関係な者を巻き込むな!」
――――――バシュッ――!
左の腰から、額にかけて、ぶった斬った。
眼球が上を向き、血を噴き出すディレン。
ディレンは、腹部を押さえ、よろけ倒れた……。
「ぐふぁっああ」
――――――――――――――。
――スピンッ。
俺は、短剣を鞘に差し込んだ。
「僕は、これで……終わり……神のために……」
ディレンの体は、灰と化して上空に舞った。
まるで、成仏されたかのように……天に昇ったのだった。
――――――LEVEL SERVICE――――――




