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Exp.27『閉じられた物語』



 どうすれば、いいのだろうか。

 ジレンマ、葛藤、自己犠牲、そんな古書(こしょ)を読んだことがある。

 一人ぼっちで、静かだった部屋。


 全ての誰かに、忘れ去られたあの日。


 ……俺の犠牲で、助かる人がいる?


 でも、(はりつけ)の死体だ……犠牲も何もないだろ。

 死んでいる者を切り捨てても、罪悪感はそこまでない。


 だけど、だけど。どうしてだろうか……無性(むしょう)に救いたい。

 せめて、遺族に原型を返してあげれば、供養(くよう)になりえるだろうか。


 昔の俺ならば、無惨(むざん)に切り裂いて、ディレンを殺……していただろうな。


 皆殺し、だった……はずなのに。


 ――――――――こんな男に誰がした。


 ……。


「そうだな」


 俺は、口元を緩ませて、爽やかに正面を向いた。


 何を迷っているんだ。することは1つじゃないか。


 たとえ、遺体だったとしても、 原型を残して、家族のもとに返してあげるべきだ!


「覚悟は、決まったか、キョウヤ君!」


 ――音を立てて、迫りくる十字架!


 現実世界では、十字架に磔にされた茶色く乾いたボロボロの遺体。


 ――――――――!


「レベル55(ごじゅうご) 空気!」


 ――――ギュン。


 俺は、全てを受け止める覚悟。

 両手を間に出し、(うつわ)型の空気を作った。


 ――――――ドン!


 最初のインパクトで、(けん)が切れるかと思ったぜ!


「キョウヤさん!」


「キョウヤ殿」


「キョウヤ」


「いいね、その目、キョウヤ君。遊ぼう遊ぼう」


「ブラッド・リターン! リターン、リターン、リターン」


 淡々と術式を唱えるディレン。

 不規則に重なる十字架。


「どこまで、耐えられるのかな、キョウヤ君、いや頑丈な僕のお人形さん」


「命は、軽くない!」


 気を抜けば、バラバラに崩れて、俺を巻き込んで吹き飛ぶ勢いである。


 「――ぐはっ!」


 後ろから!


「難易度が上がったよ」


 ディレンの手によって転移されてきた十字架は、俺の背中を直撃!


 (はりつけ)の遺体に挟まれている状況。


 ぐわあああああああああああああああああああああああ!


「レベル55!」


 俺は、前後を片方の手で押さえ込む。

 数えきれない遺体。

 何としても、何としても、守る!


「キョウヤ君、君が惜しいよ。だから君がばらばらになったら糸で()い直してあげるよ」


「ブラッド・リターン」


 ディレンの目は、黒く濁っていた。

 その目は、俺のことを引き込もうとしている。


「君の死体……人形が欲しい、君を、僕の手に収めたい。いつでも利用したい」


「ブラッド・リターン!」



 ぐわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――。



 苦しい、苦しすぎる。

 しかし、ここで負けるわけには……いかない!




 体中から汗を吹き出し……気を失いそう。




 ――――――――――――――――――――――――!



 ぐわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。


 ぐわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。


 

 ズドンッ!



 ――――――――――――――――――――――――!



 

 攻撃は終わり、興味深そうに俺を見て、一秒に一回の拍手をするディレン。



 最後に俺は、ゆっくりと十字架を下し、 地面に膝をついた。


 ――――――。


 ハー、ハー、ハー。


「ブラッド・リスク」


 じわりじわりと空間が変わったのを、皮膚感覚で感じた。

 そして原型をとどめている、遺体。

 俺は、それらに囲まれていた。


「よかった」


 汗が、地面にポツリポツリと、落ちる。


 そして、右足を立てた。


「キョウヤ君、君、すごいね」


 舌をぺろりと、舐めずったディレン。


「命を(もてあそ)ぶのもいい加減にしろよ、ディレン!」


 俺は、身体を震わせて、ギリッと首を上げて、睨む。

 すると、首元にぶらさっがている、大事なものが外に出た。



 ――――――――――トゥン!



 ディレンは、驚くほど目を見開いていた。


 何を、見ている……ディレン……?

 俺は、ディレンの視線をたどる。


 ディレンは神妙な面持ちで、風に体をゆすられながらの棒立ち。

 

 強気に出るか? 

 しかし俺は、まだディレンの策略の中であり、突撃は無謀。


 冷静に冷静に……。

 自分に言い聞かせた。


 「そうか、やはりか……」


 胸元では、セレーネから(もら)った銀色の十字架がキラリと輝き、揺れていた。


「……気に食わないな」


「は?」


 ディレンの顔に、しわが刻み込まれ、悪魔のような形相で、目が充血。

 体全身がブルブルと震えて――!




 ――――――グシャリ!



 

 遺体は、肉体ごと、バラバラに砕けた。

 目の前で木っ端みじんである。


 ディレン……お前。



 ――――! 



「退屈、退屈、退屈、退屈、た、い、く、つ!」


「つまらない! つまらない、つまらない、つまらない、キョウヤ君!」


 目の前の光景に瞳孔が開ききり、ものが言えない。


 冷酷な眼、(ひど)く冷えた顔。

 しかし、口元をひきつらせていて、落ち着きがない。


「まぁ~いいや。この十字架ちゃんたちを、君が救ったとしても、命は僕の……手の……中だから」


 息を切らして、心臓が、ビクビクしているのが黒装束の上からでも分かる。


 何かを、早く欲しているように……。


 どうすれば、いいんだ。

 手を尽くしたつもりだが……分からない俺がいる。


 しかし、再び短剣をディレンに向けた。


 「まだ、戦える……」


 なぜか、体力の回復が速い俺。

 理由は分からない。


 

 もう一度、根性を見せてやるよ!



「終わりにしようかぁ、全てを何もかもを」


 いつもの、ディレンとは違う。


 だらだらとした口調で自分の命が残り(わず)かを、ほのめかせる声である。


 太陽は俺の背後にある。

 チャンスか。



「フフッ」


 ――転移!


 ――!


 俺の顔を上から覗き込むディレン。

 近い!


 ――っ!


 ――グサッ!


 咄嗟に短剣を振り上げた俺。


 刺さったのか……ディレンに……。


 ――!


「なぜ、避けなかった」


 ――ディレンの右手を貫通させた短剣。


 するとディレンは、短剣が突き刺さったままの右手でゆっくりと俺を持ち上げた。

 口元に持っていき、自身の血を舐めたのだった。


「どういうことだ」


「目が覚めたよ。最後の提案をしたい」


 俺の顔に、血がポトリ、ポトリと落ちてくる。

 俺が短剣を引き抜いて逃げるように後ろに下がると、ディレンは、調子づいた顔になり笑っていた。


「キョウヤ君、僕のブラッド・オーバーを受けたら全てが終わる」


「受けるはずがないだろ」


 ――フフッ!


「だから、こうする!」


 ――ゴポッ!


 ゴポッゴポ、ゴポゴポ!


 マグマの燃え(たぎ)る音が聞こえる。


「スタンドに張りつけてある僕の転移結界は、ラテーラ火山の中に(つな)がっているんだよ……」


「空間転移の鏡の効力。スタンドのみに転移結界を張ったから、スタンドは虫かご」


「民衆は沈められるよ。でも、君が死んだら遊びはおしまい」


「崩壊ごっこはやめてあげるよ」


「最初から……こうすれば、僕は傷つかずに済んだのに……」




 ――――ゴボッ。


 ――プシュゥゥゥゥゥー。


 キャアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


 ――――!




「民衆の怯えた顔も、最高の影像(えいぞう)なんだけどさ……」


「早く、決めてよ。キョウヤ君」


「マグマは、僕にだって制御できない……だから」


 ディレンの声は、冷静を保っているようで、欲望に震えていた。




 ――ゴポッ!


 ならば……。


 ゴポッゴポ、ゴポゴポ!


 



「分かった……」


「ブラッド・オーバーを……俺に打ちこめよディレン……」



 ――――――――。



「ありがとう。大切に打ち込むね」



すると、スタンドの転移結界が消失。



「キョウヤ、もう止めて、考え直して」

「キョウヤさんちょっと待ってください」

「キョウヤ殿何を考えているのにゃ!」


「ローリエ様、キョウヤ殿」


 兵士までが、突撃を試みる。


「キョウヤ様を援護するぞ! 出番だ!」


「ブラッ……」



 ――――――!



「動くなぁあああああああああああああああああああああああ!」



 俺は、叫んだ。



「ディレン、狙う相手は俺だろ……」


 鋭い眼光でディレンを威嚇(いかく)


「いけない、いけない。そうだった、手が滑ったよ」


 手をゆっくりと下に向けて、にっかり笑った。


「女王様の前で、民衆が殺されたら面白いかと……ついね」


 ――。


 ……みんなが、逃げる分には、特に問題はないのだ。


 しかし多くの者は、こちらに降りてこようとする。


 降りてくるのは、亜人や商人、残りの兵士たちだ。


 さらには、ケーシーとアンシア。


「キョウヤさん。早く逃げてください」


「キョウヤ殿、もう止めようにゃ」


 ディレンは、いつでもブラッド・オーバーを打ち込む態勢ができている。


 俺ではなくて、ケーシーやアンシアにだって、すぐに矛先(ほこさき)を切り替えることだって可能。


「絶対に、お前たちは、手を出すな!」


 俺は、最後に釘を刺した。

 ――よし、そのままでいろ、アンシア。


 俺は、アンシアの動きを目で殺し、静止させた。


「キョウヤ……さん」




 ――――――。




 俺は、半歩後ろに下がった。


「キョウヤ!」


 そこには、手を真っ赤に染めるローリエ。


 動けないように、ドレスが汚れないように……強力な空気結界を張ったのにな。

 まったく……。


 俺の生み出した空気結界には、打痕(だこん)がうっすらとあった。


 ローリエ……俺は無責任なやつだ。――悪いな。

 読心術にはっきり語りかけた。


「キョウヤ、キョウヤ、ちょっと待ってよ。キョウヤ!」


()かないでよ。まだ、まだ、あなたには私を……」


「言ったろ、保障なんてない」


 ――ああ!


「ふざけないで……よ」


 俺は、さらに2歩下がった。


 ……無抵抗だった。


 直立して、短剣も収めて、ただ、フード付きの服を風に揺らすだけ。


 口を強く噛みしめ、喉を閉めた。


「さよなら、キョウヤ君。あの世でも遊べるから……きっと」


 ディレンは、嗜虐(しぎゃく)的な笑みで震えながら、術式を唱え、右手を前に。


「ブラッド」


 十字架は俺の体に張り付き、蛇の皮が俺の肢体(したい)に絡みつく。



 そして、じわじわ締め上げ……る。



 ……ッ。


 ――!


 俺を磔にした十字架は、天高く伸びた。



 そして……。



「オーバー」




 ――――ブシャリ!




 血が沸騰(ふっとう)して、血管が破裂。



 空気中に散る血液。



 ズダリッ――……。



 うなだれた体。




 俺を呼ぶ声は、届かない。


 誰かが叫んでいるが……全てが遠い。


 そうか、これが運命か。



 「もらった、もらった」



 ディレンは高く俺のもとに飛んだ……。




 ――――――LEVEL SERVICE――――――





 ―――――― Exp(経験値). Set Up ―――――― ?







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