Exp.0.5『セレーネ selene』
「人間を殺し、レベル上げをすれば助かる。王国の警備隊として雇うぜ。……生き残るには、殺し合いだ!」
ドゥゲール王国の兵士は、俺ら奴隷にそう告げた。
非常に合理的であった。俺はすんなり納得した。
ここにいる人間(奴隷)を全員殺すことができれば、俺は自由だ。
ざっと見た感じ、ここにいる奴らは無能。
俺は、今まで鍛錬をしてきた剣士だ。
俺は、鼻で笑っていた。
放浪期間はあるが、絶対に全員殺せる。
レベル1を理由に突っかかる奴を皆殺し。
絶対に俺は、自由になれる。
そして、ギルドメンバーの首を引きづり回してやる。
――絶対、絶対だ。俺に間違いはない!
弱いものは、死ぬことが当然だ。
殺し合いの場所は古びた下水路。
俺を含む300人以上の奴隷が檻から放たれた。
――――――LEVEL SERVICE――――――
薄暗く、じめっている下水路。
異臭が漂い、感染症も媒介しているここ最近。
奴隷たちには、武器が提供された。
錆びれた短剣。血の付いた斧。金属のグローブ。棍棒……。
うおりゃ! 死ねや!
助かるのは俺だ、俺だぁあああああ。
助けて、助けてくれえええええぇええええあぁああああああ。
金属が打ち付けられる音。
ゴンッっと鈍くて、頭蓋骨を叩く音。
狂った怒号と強烈な悲鳴。
頭と心臓が張り裂け、血の臭いが充満し、そこら中に死体が転がっている。
地獄そのもの。
そんな日々、俺は、戦わなかった。
ひたすら乱戦の中を耐え忍び、俺は逃げる道ばかりを探した。
俺らしくない。
ふざけるなよ。あいつ……あいつのせいだ。
――――――いや!
「……そうじゃない」
――違う。
……ふざけていたのは、俺の方だった。
多くの者を踏み台に、自分だけ助かろうとする。
そんな俺らしくないことをしていた。
醜いのは俺の方だった。認める。
とある少女のことが気がかりであった。
……いや、逆に俺はその子に心配されていたのかもしれない。
――――名前は『セレーネ』という。
白の穢れなき服を纏い、白肌は透き通るほど繊細。
水色の長髪は鮮やかであり、その姿は、女神やマリア様のようだった。
彼女は、ボロボロの状態であるのに誰よりも美しかった。
ティータイムをたしなんでいる貴族よりも気高く美しいだろう。
世界中のどこを探しても存在しない、この子だけの美しさ。
他とは違う生きている人間。
清らかな心を宿しているのだ。
俺は、穢れなき女神を、地獄の中ではっきりと見て、触れたのだった。
争いの中を2人でじっと隠れている。
下水路の奥深くは、水滴の音だけ聞こえ非常に静かなところだ。
「どうしたの、キョウヤ?」
セレーネは優しく笑った。
それは、そよ風が頬を撫でるくすぐったさ。
彼女が笑う、それだけで俺は深い眠りにつけた。
「大丈夫だ。……今日も悲鳴が酷いと思ってな」
「そう……私には、聞こえないわ。キョウヤの優しい声だけを聞いているから」
「俺の声なんて、汚れている」
「そんなことはないですよ。澄んでいます。とっても」
セレーネは俯きも絶望もまったくしない。
優しく問いかけては、返事をする。そんな感じだ。
悲しんでも絶望しても、今はしょうがないでしょ。
神を信じて待つだけ……静かに待つだけよ。
そんなことを言っていたな。
しかし俺は神を信じないし、崇拝しない。
俺は神様ってやつが大嫌いだ。
だってさ……もしいるのなら、セレーネを早く救ってやれよ!
こんなに綺麗な人なんだ。
俺の分まで、救ってやってくれ。頼むから……。
セレーネは、村が焼き討ちにあい、奴隷として連れてこられたそうだ……。
それなのに「キョウヤに会えたから、今は幸せかな」なんて返答するんだよ。
「こんなところで、セレーネとは会いたくなかった」
「それもそうね。キョウヤは頭がいいわね。確かに教会で会っていたらもっと幸せだったかも」
食べ物は残飯が一定の場所に落ちてくる。
それを回収しに行き、飢えをしのいだ。
それから『レベル』についてもセレーネは話してくれた。
「レベルは単なる『ものさし』そんなものに惑わされては、いけないんじゃないかな」
「大事なのは、たった今、何ができるかだと思うな」
「キョウヤは強いよ。レベルなんて関係なく強い」
「どうしてだ?」
「弱い人の気持ちが分かる」
「それだけで、強いのか?」
するとセレーネは少しだけ、間をおいて言った。
「……いつだって弱者ばかりが苦労する世界だから、それに目を向けることができるのは才能」
「キョウヤは、私を差別しなかったし、一人ぼっちの私に声をかけてくれたでしょ。すごく嬉しかった」
――!
……声をかけたのは、偶然なんだ。
君と目が合ったから、ただそれだけだった。
いや、君が声を掛けるように、俺に暗示をかけたとしか思えない。
今、セレーネのために、俺ができることは……。
そればかりが、頭をよぎるのだ。いつだって、どんなときも。
「そうだ、キョウヤ」
「なんだ」
「もしも、私たちがここから出られたら、船が欲しいな。銀色に光る船で、世界中を旅するの」
セレーネは、いつだって俺に優しく語りかける。
すごい、すごいと褒めてくれる。
「いいな。楽しそうだ」
「本当!」
ときに、子どものように笑う君。
俺は、この生活がいつか終わると信じて過ごした。
英雄が救ってくれると……。
信じること。それは弱者が助かるための『手段』である。
――セレーネ。俺が絶対に守る。愛しているから。
愛して寄り添うこと。それは弱者が助かるための『答え』であった。
――――――LEVEL SERVICE――――――
生活は、困窮するばかり、一部の奴隷の経験値は上がり続け、レベル20が存在するという噂まで流れた。
「レベル20か……」
俺は、不安と焦燥感で夜も眠れなくなっていた。
――――――明日、目が覚めたら、君は隣にいるだろうか……。
そればかりが、気になった。
――!
「これ……ねっ。神具。大事に持っていてくれるかな。キョウヤ……」
「いいのか?」
「もちろん……。キョウヤなら大事にしてくれるから……」
――銀色の十字架だった。
きれいな糸で十字架が止められていて、首に掛けることができる。
銀色の十字架には、彫刻などが無い。
形や柄に捕らわれず、純白に光った。
「大事にするよ」
さらに時は進んだ。どれくらいここにいるのだろうか?
お互いの体はボロボロ。
特にセレーネは、日に日に力をなくしている。。
明日の命があるかどうか分からない状態。
それでもセレーネは、俺の頬をスッと撫でてくれた。
そして手を取り、互いに見つめていた。
もう誰にも邪魔されたくない。セレーネが言うのなら、共に消えたいと思った。
それなのに、それなのに。
どうして……。……なのに、どうして。
なのに、なのに、なぜ。
俺には分からない。もう分からない。
でも、ただ! 『絶望』とは、このことであると、眼球が抉れるほど分かった。
分かりたくもなかった。
―――――ベチャリ!
俺は、惨たらしい光景を目の当たりにして、力が一瞬にして抜けた。
きっと、未来は、ずっと一緒に過ごせると……。
最後まで生きる。生きて、生きて、そして……。
俺が、セレーネを守るって……。
――それなのに、それなのに、それなのに……。
セレーネは目の前で、兵士によって殺された。
「……レベル上がらないなぁ~、ぐへっへへへ」
兵士が不気味に笑っていた。
――――――LEVEL SERVICE――――――
プロローグは終了です。
ここまでご覧いただき、本当にありがとうございました。
第1章で、またお会いしましょう。ありがとうございました。