Exp.26『禁じられた遊び』
短剣で斬りつける――!
避けられる……!
俺は、いったん下がって……フェイント!
急発進!
「加速 レベル12」
――!
またも、交わされた!
俺は、そのまま、ブレーキかからず、砂の上を余計に滑ってしまった。
飛行機不時着のような砂埃を立てている。
――!
十字架の下敷きになった兵士を左右に黙視。
「キョウヤ君、怖すぎ」
「せっかく、遊びに誘っているのに、遊びは本気になったら楽しくないよ」
くふふっ。ディレンは、口元を押さえ笑った。
遊び、これがか!
……。
ローリエを、一目見て、ディレンへと向き直した。
短剣を、握りつぶすほど掴み、憎悪を引き連れてディレンの前に再度進む。
その足は、徐々に速くなる。
アンシアやケーシーがスタンドから叫んでいるが、俺には、単なる音として聞こえた。
何を訴えているのだろうか?
加速し続ける俺――――!
ディレンは、俺の前に手をかざし、術式『ブラッド・オーバー』を唱える体勢。
――――!
「させるか」
――俺は、急加速!
ディレンの懐に飛び込んだが、残像!
俺は、目線を上に切り替え、ギロリと睨んだ。
「フフッ……」
ディレンは空中にいて、血色の悪い顔で、含み笑いを俺に残す。
逃さない――!
「ブラッド・オー……」
十字架が、俺を押しつぶすように迫るが、強引に短剣で払い除けた。
「レベル4、空気」
ホップ、ステップ!
固形化された空気を踏み台に、空中へジャンプ!
ディレンの背丈を超えて、上から襲い掛かる。
――――!
高速で剣を振り回し、ときには突きを交えた。
剣士としての体裁を乱した攻撃。
感情も憤怒一点集中!
次第に、必死さだけが目立つようになり、実に下手くそな剣術である。
「フフッ」
全て、見切られている?
――――――。
剣の刃は鋭いはず!
ディレンは全ての攻撃を右手で封じているが、かすり傷1つ負っていない。
そればかりか左手は、黒い装束に突っ込まれて、余裕の笑み。
「はぁっあああ!」
――――――!
――――ジリ……リリリ――――剣先をつかまれただと……。
空中で、体の自由を奪われる!
「キョウヤ君。いきなり斬りつけるなんて無粋だよ」
「何をしにきた!」
「遊びたいなぁ~」
ディレンに、全体重を乗っけて、自らも落下。
――――――――ズン……。
もつれるように、地面に着地。
土煙が上がり二人の姿は見えない。
――!
土煙を斬り割いて、息つく暇もなく突撃する俺。
それを、待ち構えるディレン。
俺たちは、すれ違うだけでその後2歩半、互いに下がった。
ハーハー、ハー。
10mの距離である。
……。
「僕は、自然の通りに、ことを動かしている。つまり僕がしていることは、運命そのものだ」
「ねぇキョウヤ君。人間は僕に従うべきだとは、思わないかな……僕の遊びに付き合ってよ」
「思わない。お前がやっているのは、殺戮だ」
「そうじゃないよ。君も分からない人だな。小さな女の子がおままごとをするように、僕主催の人形ごっこは、やって当たり前。だって楽しいもん。まぁ~君たちには、死の実験として行為が映っているみたいだけど……許せ、遊んでいるだけなんだ」
「許せるわけがない、今だって人が死んでいる!」
「ねぇ、一緒に遊ぼうよ、壊れるまで遊んであげるよ。キョウヤ君」
「ブラッド・オーバー!」
いきなり目を見開いての不意打ち。
――!
「なにが、遊びだ!」
俺は、大声をあげて回避。
――バシュッ!
左に切り倒した。
「ブラッド・リターン!」
ディレンは、スラッと左手を前に突き出した。
リターン?
直立した十字架が、砂埃を立てながら直進。
ギュッと短剣を構えて、
「いくぞ!」
――――スパッ!
斜めに十字架を切った。
十字架は、簡単に分断されて、ズドンと崩れる。
手ごたえが軽い。
二発目が来る前に!
――――――接近!
「お前は、間違っている。身勝手だ! 人々に恐怖を植え付けている。それだけだ」
――――――バシュ!
「僕は自然の一部、聖なる自然だよ。人々が僕に逆らうことは許されないんだよ」
「ふざけるな!」
――――――!
「お前の行為を、見逃せない。だからお前を倒す!」
――――――。
「たかが数万の命だよキョウヤ君」
――!
「お前のせいで、何人もの兵士と亜人、それからケーシーの兄が……無惨に散ったと思っているんだ……」
――――!
フェイント入れて、円周を周るように!
「背後に回っても、僕には見える。遊びましょう」
――!
――ブゥン!
山1個分のハンマーを、思いっきり振られたような風圧。
ディレンの黒装束の内側は――!
異次元にでも繋がっているのか!
俺に強風が吹きつけた。
ぐふぁ……!
――――――ドガッ!
体が吹っ飛っとび、スタジアムの壁に叩きつけられる。
うがっ!
しかし、片眼はしっかり、開いている!
ディレンの口元の動きより、先に動かなければ。
叩きつけられたことで、バラバラに崩れた石のかけら!
「レベル13」
――――ビュバッ!
石礫を射出!
全てをディレンに叩きこむ。
――――トゥッン……。
――!
ディレンに当たる瞬間に失速した……?
全てが、ポロポロと、くたびれて落ちる。
なぜ――!
――――――違う。 考えろ!
――――――――――――――――――――!!
クリアな十字架が、ディレンの前に立っている……のか?
太陽の反射で、かすかにそう見えた。
こいつ確か、夜に姿を現す……よな!
――!
「ブラッド・リターン」
――――シュパッ!
キャーー!
悲鳴!
「ブラッド・リターン、ブラッド・リターン、リターン」
今度は、素早く避けて、十字架は壁に激突。
……。
「さすが、キョウヤ君、タフですね」
スタンド近くにいる俺と、スタジアムど真ん中のディレン。
ディレンは、喜々たる表情でこちらに歩いてくる。
「でも、そろそろ、暑くてね。文学青年の僕には、きつい」
「終わらせようかな、キョウヤ君」
疲れきった俺を目掛けて、手をかざすディレン。
「ブラッド・オー」
ディレンの背後には隙がなくて……。
「レベル12!」
――――――――――――――――――加速!
ギュン――――――!
一気にディレンとの間合いを詰めた。
――――!
「なにっ――消えた?」
驚愕するディレン。
背後にも俺はいないのだ。
――――!
ディレンの足もとに、刺された短剣があるのみ。
俺は短剣を土台にハンドスプリングして、ディレンの頭上。
「レベル32!」
そのまま、重力に逆らう方向に再加速!
――――――――!
思いっきり膝を曲げて、ディレンの額目がけて、急角度のミサイルキック。
炸裂!
――――――ディレンが顔を上げてくれた、よってジャストで突き刺さる!
「ぐがっ」
ディレンは、後ろ回りで転がった。
――――――――バッ!
すかさず、俺は、馬乗りになり、首を撥ねようとする!
――――――!
しかし、ディレンは、黒服に全身を隠し、得意の転移!
俺の後ろに、乱れた着地をした。
「危なかった、危なかったよ」
額に傷があるが、血は流れていない。
青いアザがあるだけだった。
――――。
「逃がしたか……」
「へへ、へへ、フフフ……」
「僕の顔に傷をつけましたね……」
「へへ、へへ、フフフ……へへ、フフフフフ」
歯を食いしばって、笑っている? 怒っている?
「あ~あ~あ~あ~、そうですか、そうですか」
――――フッ。
ディレンは息を入れ直し、よろよろの足で、
「ブラッド・リターン」
術式を打ち出した!
また、同じものを……。
「キョウヤさん!」
「キョウヤ! 危ない!」
唐突なローリエたちの声。
――――⁉
十字架が3つの方向から直進で向かってくる。
サメが迫ってくるような勢いだ。
見事に食らえば、サンドイッチ状態の俺。
――――スパッ!
斬る手ごたえは、やはり軽い。
十字架は分断して、空中に飛んでいく。
――――スパッ!
――――スパッ!
さらに、追加でやってくる。
「ブラッド・リターン、ブラッド・リターン」
「へへへへへへ、フハハハハッ」
「ブラッド・リターン、リターン、リターン!」
こんなにも、術式を無駄撃ちしているのにも関わらず、ディレンは笑っている。
平然としているのだ。
「へへへへへへ、フハハハハッ」
「ブラッド・リターン、リターン、リターン」
それにしても、切り捨てる感触は、柔らかく、木材ではない。
……しかし、気にしていては、負ける。
俺は、斜めに十字架を切り倒したり、薙いだりを繰り返す。
少しずつ、後ろに下がりながら……耐え切る。
まるで、流れ作業である。
――――――スパッ!
――――――――スパッ!
スパッ――――――――――――――――――。
「終わりだ!」
――――――――――――――――。
最後の十字架を斬り終えた……。
「――どういうつもりだ。ディレン……」
俺は、ゆっくりと息を整えた。
体力は、かなり消耗しているが、まだ大丈夫だ――。
体力が狙いか?
――――……。
前後には、切り崩した十字架が散乱。
スタジアムは静まり返り、全員が目を閉じたり、耳を塞いだり……。
様子がどうもおかしい。
――どうしたんだ……。
俺は、警戒しながら、五感を頼りに、じりじりと周りの雰囲気や状況をつかもうとする。
……分からない。
冷や汗が垂れる……。
「見えていませんでしたか。やはり」
――――何が……?
散らばっているのは、木の残骸。
「では、では、これでどうでしょうか?」
「ブラッド・リスク」
新たな術式……。
しかし、何も起こらない。
――――――――――――――――――!
「うそだろ……」
――!
「嘘、だろ」
俺の周囲にあった木の残骸は、死体へと変わっていた。
何が起きているんだ?
これは悪夢なのか?
前も左右も!
「キョウヤ君、君が、容赦なく斬ったんだ」
死体の山……。
「嘘、だろ」
短剣を見てみると、そこにはわずかな血痕と皮膚片……。
うっ……。
「どうです、感想は」
……。
どうりで、俺だけが狂っていた……のか。
俺は、自分の頬を一発殴った。
あまりのショックに崩れかけそうになるが、戦闘中である。
ディレンは、心地よさそうに、髪を撫で上げて、薄ら笑い。
「お前、その、術式は……」
「幻覚術式だよ」
悪夢を見ているのではなくて、幻覚を見ていて……。
「リターンで幻覚、リスクで、解除……」
いや、違う! 俺は今まで幻覚を見せられていて……!
「つまり俺が斬っていたのは、磔の遺体」
「そうそうそう、今まで僕が手に賭けた人の死体ってわけ」
「観客の親族も斬ったんじゃない?」
「おまえ……」
すると、ディレンは、胸元から金の十字架を出した。
「せっかく捧げた、生贄だったのにね……」
そしてキスをした。
「さて、さて、僕は、もう一度、唱えるけど」
「フフッ、選びなよ。下敷きになるか、それとも、君の身を守るか……」
「ディレン、弄ぶのもいい加減にしろよ」
俺は、動こうとするが、死体に足が取られて、そのまま。
「僕と遊ぼうよ。ねぇ遊んでよ」
――フッ。
「――ブラッド・リターン……」
にちゃりと笑いながら唱えられた術式。
俺は、そのまま幻覚の中に吸い込まれた。
「遊ぼう。キョウヤ君」
――――――LEVEL SERVICE――――――




