Exp.25『巨体の勇者』
カーン――。カーン――。
鐘の固い音が街中に響き溢れた。
全てのものが静まり、時間が止まってしまったみたいだ。
大勢がスタジアムに集まり、路地を歩くといったら猫一匹ぐらい。
ぐうおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
「キョウヤ、緊張しているの」
背筋をいつも以上に張らしている俺を見て、ローリエは言った。
「まぁ~な」
緊張を通り越して、怯むといった方が正しいだろうな。
声援の力強さに、驚きを隠せないのだ。
「ローリエだって、緊張しているだろ」
「別に私はいいのよ、当事者だから」
そう言ってフフッと軽く笑って見せた。
なんだそりゃ?
俺は、スタジアムの中心に目をやった。
もう何度目だろうか……。
スタジアムの中心には、円形の仮設ステージ。
黄色い乾いた砂の上に敷かれた、赤いロールマット。
そこを真っすぐ、ローリエは歩くのだ。
俺は、スタジアムのスタンドではなくて、その下の控室にいて、
緊急時に備えて待機をしている。
アンシアやケーシーは一般席で見守ってくれている。
アンシアとローリエは馬車の中でどんな会話をしたのだろうか。
そして、ケーシーには、色々と苦労を掛けたなと思い返した。
「そろそろ、ですわね……」
ローリエは、俺を見て、優しく微笑んでいた。
通常よりも力強く一段と綺麗な顔立ち。
心にグッとくるものがある。
俺も、うかうかとは、してはいられない。
「ここから応援してる」
俺は、さらっと返した。
「さ、ローリエ様、どうぞ」
兵士に誘導されて、灰色の髪を揺らしながら、おしとやかに前に進んでいった。
爽快な祝典のファンファーレが響くと、
うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。
大歓声。
明るい太陽の下、純白のドレスは一層輝き、見る者全てを魅了させた。
さらに、ローリエの眩しい笑顔は、民衆に答え、ローリエが両手を振ることで、ボルテージは、超MAX……に、早くも突入って感じである。
選挙活動だけではなくて、ローリエの人柄の勝利であるだろう。
ぐぉをおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
空気が振動し、大地が盛り上がる。
そんな大歓声の前に幕が上がったのだった。
「民衆のみなさま、本日はお集まりいただきありがとうございました」
「私は、この帝国のために」
――――――LEVEL SERVICE――――――
全てが順調に進んでいた。
俺は、白い1点の光を見つめ、その表情を目に焼き付けた。
さて、後はラテーラ火山だと覚悟を決めたとき、それは、一瞬のことであった。
「なんだ、あれは?」
黒い煙? 雲? 風?
空に漂い……
「危ない!」
「キャ!」
――!
ローリエに、黒い強風が襲い掛かる。
「ローリエ、身を低くしろ!」
――違う!
風の形?
気道が見える!
風は、ラッピングリボンの固結びのような塊となり、
「あれは!」
そして、しだいに形が……出来上がる!
――!
――――十字架の形。 黒い。
「崩壊の運命を、どうして辿らないのかな、人類」
――!
俺の呼吸は、止まった。
……ディレンなのか……。
絶句した。
気味が悪いほどの静けさ。
十字架に形づくられた風の中から現れた血色の悪い男。
いつもの黒い服を纏い、汗一つない黒髪を自然に垂らし、口元はニタリと笑っている。
聖書を持たせたら、牧師にも見えるそんな男。
……ディレン。
ディレンの姿、周りの空気は、妙に聖域立っていて、者を寄せ付けない。
一方で神秘的なものに触れたい、そんな誘いをも漂わせていた。
ピアノの暗くて悲しい音色が聞こえてきそうだ。
広いスタジアムに降り立った、目立つ存在。
黄色く乾いた砂の上に、1粒の黒。
途端に、どよめきが沸き起こり、スタジアム内がざわつくのは当たり前だ。
「演出か?」
これは、演出なんかじゃない!
正体がディレンと分かったとたんに、俺は、急いでローリエの下へ駆け寄ろうと思ったのだが!
「何しに来たのですか」
ローリエが、対峙を始めたので、様子見。
――フッ。
「ブラッド……」
「――させるか!」
やっぱりこいつ。
「キャッ!」
俺は、ローリエを抱きかかえて、
「オーバー」
――――――――――――ギュン!
目にも止まらぬ速さで撃ち出された十字架。
空中で回転して回避する俺。
「キョウヤ!」
「ディレン、決着なら別のところでつけようか!」
俺は、自身の加速にレベルを加え、ステージ上のローリエをお姫様だっこ、ステージから降り、距離をとるため、ズズズズズズッ――っと砂の上をすべった。
――!
「大丈夫か?」
「えぇえ」
「……」
「ディレン。これはどういう真似だ」
「真似? オリジナルさ……。神のための新しい科学の実験さ」
「さっさと、この場所から引け」
「おいおい、たまには太陽の光でも浴びたいよぉ~」
「遊ぼうよ」
――ビュン!
ディレンが右腕を上に!
またもや、黒い強風!
「ぐわっ」
砂が舞って、ステージが消えた。
「レベル10 空気結界!」
―――――――!
「ディレン、別の場所で、戦ってやるから、ここを去れ」
「そう、でも……君の仲間たちに、その気は無いみたいだよ」
――!
「――突っ込むな!」
俺は慌てて叫んだ!
兵士が剣を抜き、槍を突き立ててディレンに歯向かう。
言わせておけばぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
「神による神のための科学実験ってことだよ。よ~く見て置いて、キョウヤ君」
やるぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。
「やめろ、お前たち」
ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。
俺の声は届かず、四方八方から兵士が飛び出していく。
ましてや「任せとけ」と、俺の横を通過する者。
気合を見せてくる。
ディレンは、右腕を突き出し、手のひらを開き!
「ブラッド・オーバー」
――――――――――――グシャリ。
――――――――――――ブファア!
突撃した兵士20人が十字架に捕まり、数秒のうちに、全身の血管が破裂した。
キャアアアアアアアアアアアアアアアアア。
血の雨が降り、戸惑い揺らぐ場内。
スタジアムから悲鳴が上がり、逃げようとする人、助けを求める人、外に出ればいいのだが……。
様子がおかしい。
「おめでとう、君たちは神の実験材料に決まった」
「そんなの許さない! 回復魔法」
――――――――――――……。
「はじかれた!」
アンシアの術式は、見えない壁に防がれたのだ!
「ローリエ様!」
スタンドから降りようとしたが、ケーシーはスタンドから先にいけない!
その場で、パントマイムのように、空気を両拳で打ち付けるだけだ。
見えない壁……。
「あ~、ごめんごめん、結界をスタンドに張らせてもらったよ」
「君たちには、終焉を見届けてもらいたくて」
ボトボトと血が流れ、十字架ごと、倒れた20人の兵士。
「ディレン、貴様!」
「ギブロス早まるな!」
「お前、ディレンと言ったか……」
「君は誰かな」
「俺は、ギブロス」
ギブロスはドラミングをして、ボクシングの構え。
「あぁ~そうだ、そうだ、兵士ってことは、操り人形の操り人形か」
――!
「いや~それにしても、ユグルドは動かしやすかった。もともとの思想が腐っていたから、ホイホイと僕の言うことを聞いてくれたんだ」
「崩壊ゲームのナイト。駒になってくれて助かったよ」
「黙れ!」
「まぁ~でも、そうしたら、そこのキョウヤ君に負けた。つまりは使い捨てだよ。まっいいけど」
「きさまぁあああああああああああああああああああああああああああ!」
「ギブロス、待て!」
「俺が、こいつを殺す!」
ギブロスは叫んだ。
の鉄拳からは炎が噴き出している。
――グガッ!
巨体に見合わない素早い動き。
そして、何人もの兵士と共に、闘志をむき出しで、交戦!
――――――――――――フガッ、フガッッ!
なんども、拳を振るう! が、ディレンはスルスルと交わす! 交わす!
「ちょこまかと!」
「そんなんじゃ、退屈だよ」
――くっ!
「ブラッド・オーb」
――!
――――グハッ!
「――負けるかぁああああああごおりゃあああああああああ、ごおりゃあああああああああ!」
十字架を強引に引きはがた!
ぐっゴボッゴボッ――――。
ぐごがぁ!
ギブロスの口から大量の血が逆流している。
――右手を失った。
ギブロス……。
「絶対に、ローリエ様を守れぇえええ。キョウヤ!」
「ギブロス、お前!」
「ギブロス大佐!」
「ローリエ様、かっこいいところ見ていてくださいよぉおお」
すると、ギブロスは、地面を揺らすほどの四股を踏んだ!
それは、突っ込む前の助走の役目だった。
「――ありがとうな、キョウヤ。お前のおかげで俺は、人生を善い方向に、まっとうできたぁ。ぐふぁゴボッ!」
「ローリエ様、あなたの王女姿を……この目で見届けたかっ……た」
――――!
「ギブロス大佐!」
ギブロスは笑顔を見せると、そのまま猛進!
「ぐごがぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
特攻である。
「業火! 火炎拳!!」
「ぐをぁああああああ。ぐをぁああああああああああ。ぐをぁああああああああ。ぐをぁああああ」
「ぐをぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
血が頭に上っていて、鬼の顔。
ガシガシと強打の音が鳴っている。
しかし、強打するたびにギブロスは、悲しくも、体を擦り減らし、自己消滅しているようにも見える。
――――!
「ぐをぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
――――――――グバン!
―――――――――ブンッ。
「ブラッド……」
――――――――――ぬがっ!
「――ぐふぁぁあああ……」
「ギブロス!」
「……オーバー」
――――――バシュリ!
ディレンは嗜虐的に静かに唱え、……終わった……。
―――――――――グシャリ……。
――――――――――――ブシュゥウウウウウウウウウウウウ……。
磔にされたギブロスの巨体から、大量の血が噴き出し、弾けた……。
「ギブロス……」
――はっ!
――ズドン!
巨体は、崩れ落ち、大地に潰れ、灰となった。
……。
「ギブロス!」
――――――――――――――――――。
――――――――――――――――――。
場内は、恐怖のあまり、ひっくり返った。
太陽系外に置いてある時計の秒針が聞こえるくらい……。
静寂。沈黙。
……。
「あぁ~あ、髪の毛と袖が燃えたよ。キョウヤ君。ばっちいね……」
「……」
「キョウヤ?」
不安そうにローリエが俺を見る。
「レベル95……」
俺は、ローリエに空気結界を張った。
「キョウヤ⁉」
俺は、短剣を抜き出し……。
――――――LEVEL SERVICE――――――
「キョウヤ! 待って! キョウヤ!」




