Exp.17『二歩目』
亜人収容所1?
俺はこの部屋で寝たのか……と、辺りを見渡した。
コンクリートで塗り固められた室内。
床は辛うじて、木材。
ちょっと狭いけど、良い狭さだ。
俺は好きだ。
昨晩は、眠りについた人を起こさないために、明かりを点けず寝床についた。
やはり、知らない場所だとすぐに目が覚めてしまうな。
むにゅ。
右手が温かい?
……。
「え?」
むにゅ。
……なにこれ?
あぁああああああ……
一瞬にして青ざめた。
俺は、口を両手で押さえて、壁側に転がった。
――ドガッ!
横には、ローリエがいて、スーと寝音を立てて寝ていたのだ。
白い肌を露出させ、なんとも目のやり場に困る。
いや、別に目をやる必要はないのだけれど……。
――!
とにかく、俺は何も知らない、知らない。
誰かにこの状況を見られてたらおしまいだよ。
そろり……。
俺は心を強く持ち、部屋を出た。
ローリエの自室だったらしく……。
これ以上は言及するまい。
大広間。
窓から新鮮な朝の光が差し込んでいる。
亜人が密集していて分からなかったが、こうしてみると広い気がする……。
いや、心の余裕が、空間を広く認識しているのだろう。
……余裕はまったくないか。
俺は、腰の短剣の鞘を、締め直した。
――?
『close……閉める』のはずが開いている。
確か、ケーシーの兄の……。
扉を進むと小さな部屋、それと地下階段が1つ。
地下階段への入り口も不用心に開いていた。
外からは開けられないとか、そんな仕組みなのかもしれないな。
俺は、ギシギシとなる階段を慎重に踏んでゆく。
中は暗くひんやりしていた。
――ギシッ!
「誰にゃ?」
――!
……ケーシーか。
「勝手に済まない。俺だ。キョウヤだ」
すると、ハッとして様子で、顔を見せたケーシー。
手には、ランプが握られてある。
「キョウヤ殿、おはようございます!」
朝から非常に明るい声である。
「おはよう」
「アンシアちゃんは、まだ寝ているにゃ」
「そっか、ローリエもまだ寝ているみたぁ」
「にゃれ?」
「あっぶな……やっぱり何でもないぞ」
ゴホンッと咳払いで取り繕う。
「ところで、ここは、ケーシーの兄さんの」
「そうにゃ、ディレンに殺されて、これが兄貴の木棺にゃ」
「毎朝、私はここに来て、昨日のことや、今日も見守っていてとか、話すにゃ」
「今日は、4時には目が覚めて、ずっとお話してたにゃ」
「そうか」
ケーシーの服には、ぽつりぽつりと水の染みが残り、顔には涙の通った跡が残っていた。
いつもは、明るく振舞っていて、ここで涙を……。
「ケーシーは偉いな」
「にゃ?」
「俺さ、アンシアに泣いているところ見られたことがある」
「キョウヤ殿がにゃ?」
「大事な人を失って、復讐して、死にたい、とか言って泣いていたよ。だからケーシーは、すごいな。俺より強い。自信持っていいよ」
「そんなことないにゃ」
「いや、尊敬するよ」
「でもな、あまりため込まなくていい。泣きたいときには思いっきり泣いて叫べ、わがままだってときには、言えばいいさ」
「誰も迷惑だとか思わないからさ」
「キョウヤ殿……」
俺は、手をゆっくり合わせて目をつぶった。
「きっと、幸せの未来にして見せます。ケーシーの兄さん、安心してください」
「キョウヤ殿……」
……?
「アンシアちゃんに怒られますにゃ」
「何がだ?」
「やっぱり、何もないにゃ」
「さっ、今日から、また忙しくなるにゃ」
――――――LEVEL SERVICE――――――
「おはようございます。キョウヤさん」
「アンシアおはよう、顔洗ったか?」
「はいです」
アンシアは本日も通常通りの運転。
昨日の疲れを今日に持ち越していないようだった。
「おはようございますわ……キョウヤ」
――!
「おはよう……」
何も考えない考えない。
「考え事ですか?」
ローリエは、嬉しそうに笑っている。
無心って難しいな。
―――――――。
「てか、心を読むなよ」
朝食を済ませて、次の段階に入ろうとしていた。
読心術で得た、情報の整理である。
「分かったかことはあるか?」
「はい。トリアトン帝国には、影の王がいるそうです」
「影?」
「兵士によると、毎日ユグルドは、カーテンの向こう側にいる誰かとブツブツと話しているみたいで」
「奇妙だにゃ」
俺たちは、木のテーブルを囲って、座る。
……カーテンの向こう。いるかいないのか分からない支配者。
「いつ頃とかは?」
「2ヶ月前から、王を見る者はいないと……」
……。
「まぁ~それでも、昔からの名残なのか、亜人居住区と人間居住区は分かれていましたけど……」
「ちょうど、こちら側に、ユグルドやディレンが誘拐や虐殺を仕掛けてきたときも2ヶ月前ですね」
確か、ティレンテ市街のゴブリン汚染……。2か月経っても返答が来ない。
本当の王は、監禁されたのちに、死んでしまった、のかもしれないな。
「キョウヤさん、そうなんですか」
「死んだというのは憶測だ……」
「あ、そういえば、ラテーラ火山について、知っていることはあるか?」
俺は、突然思い出した。
「そうだったですね。キョウヤさん」
当初の目的はラテーラ火山だ。
「火山が原因で、ティレンテ市街が被害にあっていた。その真相を突き止めに、ここに来た」
「そうだったのですか……。残念ながら私には分かりませんし、特に兵士からも」
「いや! 私は、さらわれてしまった仲間がラテーラ火山にいると思うにゃ」
ケーシーは、強い眼差しを俺に向けた。
「分かった、調査してみる」
―――――――――――――――バタンッ。
「その通りだ!」
そこには、ディレンの十字架にかけられて、一時期は瀕死の状態だった男性亜人の姿。
「俺は、知っておる」
「お前は、幸せだ。これだけで死ねるのだから……。他の者は、死ぬまで地下労働、ディレンのやつが小言を漏らしておった」
「そうか……。伝えてくれてありがとう」
「どうやら、俺は、兵士の区域に行くべきだな」
……。
「街にいくのですか?」
アンシアが、尋ねてきた。
「そうだな、情報を集めるとするかな」
すると、アンシアはキャハッと笑った。
「私に任せてです。街の人と打ち解けるのは得意です」
「そ、そうだな。ティレンテ市街の人ともすっかり打ち解けてたもんな……」
こいつ、遊びに行く気じゃないだろうな……。
「私も、行ってよろしいでしょうか。キョウヤ」
ローリエは、机の角をぐっと握っていた。
「お、おう」
意外だった。
「しかし、ローリエ様、もしもあなたに何かあったら」
「問題ないわ、亜人が初めて街に行くのよ。私は、この分離した状況を変えたいの」
「ローリエ様……にゃ」
「大丈夫よ。キョウヤがいるもの」
途端に、む~、とアンシアは口をへの字に曲げた。
「なに? アンシア?」
ローリエは静かに、アンシアに反応した。
――まったく。
2人とも、これは、観光じゃない。
――――――LEVEL SERVICE――――――




