Exp.14『死刑執行狂気』
「急に目の前でバチバチやってるから、近づけなかったにゃ~」
安堵した様子で近づいて来た獣耳の女性。
岩陰から戦いの様子を伺い、出てくるタイミングを計っていたらしい。
「このまま戦争にでも巻き込まれるかと思ったにゃ〜。って悪い悪い。うちは、ケーシー、っていうんや。行商人ちゅうやつをやっとるにゃ!」
とても気さくに話しかけてきた。
商売は信頼性が第1だからだろうか、淡々と個人情報を言っている。
戦闘を繰り広げた人物を目の前にして怖くないのか? 俺だったら静かに見なかった振りをするかもしれぬ。
「にゃ? ですか?」
「そう、にゃ!」
アンシアとケーシーの間で、何が分かったのだろうか? 俺にとっては、手品ァ〜にゃ、である。
「とにかく、にゃ、っと申す」
にゃ、を強調し胸の前で猫の手を作ったケーシー。
不思議そうに「にゃ?」をアンシアは復唱……少し考えてから、
「新手のモンス……」
「違うぞ、アンシア」
間髪入れずに、アンシアの発言を阻止。
なんでこの子は、色々なものをモンスター認定してしまうんだ?
ユグルドっていう男は、モンスターということで間違いないけどさ。
ケーシーは、肩に大きな麻布の袋を背負っている。
服装が、泥だらけだったりするので、たぶん、どこからかの帰宅途中というところか。
しかし、一番、特徴的なのは、キャップ帽から飛び出た獣耳、キツネ?
そして、細長い尻尾。
獣系の、亜人さんか……。
アンシアは、亜人を初めて見たのか。
「すまない、通行の邪魔をしたな」
「いや、いや、激戦。すごかったにゃ」
「そうか……誉めてくれているのかな? でも、これ以上ケーシーさんの迷惑になるわけにはいかないな。では」
「ケーシーさん、お世話になりました」
アンシアもお辞儀を1つ。俺の後に続けた。
「あんた強いね。ユグルドを引き返させるなんて、にゃ」
――!
「ユグルドの知り合いか?」
「知り合い? まさか、天敵だにゃ」
「ユグルドは残忍な治安部隊の隊長。逆らうものを裁き、その場で抹殺するにゃっ」
急に心が悪寒で震えあがった。
「そう……だったのか」
「ちょうど、帰るところにゃ、トリアトン帝国に行きたいならついてくるといいにゃ」
――トリアトン帝国!
話しを聞き出せそうだな。
国の状況だったり、ユグルドのこと。
「どうしますか? キョウヤさん」
――!
アンシアの言葉で、目が覚めた。
「あぁあ、そうだな」
「付いていってもいいか?」
「もちろんにゃ」
「それと……トリアトン帝国の情報が欲しい」
「どんなにゃ?」
「ティレンテ市街のことは知ってるか?」
「はいにゃ。確かあの市街地は除籍されたにゃ? 消滅市街だって」
「除籍ですか?」
筋が合わない……。
「お、急にあんちゃんどうしたにゃ」
「いや、続けてくれ」
「ゴブリン市街でにゃ」
「あれは、犠牲だったね、かわいそうにゃ」
「でも、あの市街、キョウヤさんが助けたのですけど。あれ?」
「にゃ?」
「……」
「本当だ。ゴブリンの居住地区とティレンテ市街がつながっていたから、それを封鎖した。街はとっくに回復している」
「そうなのにゃ」
俺は、ゆっくりと頷いた。
「それで、ラテーラ火山の謎の地殻変動について知りたい」
――!
――――――――――。
「私の予想を聞いてくれないかにゃ」
ケーシーは、心当たりがあったのだろう。
強いまなざしを向けてきた。
――――――LEVEL SERVICE――――――
裏口から、トリアトン帝国に入る。
「正門は?」
「亜人は使えないにゃ」
トリアトン帝国内は、2つの敷地に分かれていた。
1つは兵士ら帝国の敷地。
もう1つは、亜人などの、いわゆる隔離の敷地らしい。
「トリアトン帝国名物の、猫耳にゃ」
アンシアは、両手でそっと猫耳を装着。
「か、かわいいいいいいです」
アンシアの、花火のような弾けた笑顔。
アンシアが、年相応のもの?
物に興味を持ち、テンションが上がるとは。
今まで、大変だったからな。
「アンシア、落ち着け、落ち着け」
この猫耳は、麻薬入りか?
まったく。
――……!
それにしても、奴らは俺を殺そうとしてきた。
トリアトン帝国が、危険であることは間違いない。
アンシアは、いったん村に待機してもらおうか。
「はいです、キョウヤさん」
アンシアが、俺に猫耳を渡してきた。
期待のまなざしが向けられている。
……。
きっと、アンシア、拗ねるだろうな。
「キョウヤさん、どしたのです」
「いやいや、アンシアが元気になってくれて嬉しいだけだ」
「そうなんですね。だったらアンシアは、元気でいます、です」
「お、おおう、それは……ありがたい、ありがたい」
このままで、いいのだろうか?
「こっちにゃ~」
ケーシーは、建物の前で手を大きく振っている。
「亜人収容所1」
「私の、お家にゃ」
木でできた枠に、簡単なコンクリートが塗り固められている。
家ではなくて、倉庫と言った方が適切なのかもしれない。
「難しい、文字です……」
アンシアが不思議そうに、建物に張り付けられているボロボロの看板を指さした。
「ただいまにゃ、帰ったにゃ」
扉はキーと古臭い音を立てたが、室内の声は、活気にあふれていた。
「ケーシーお疲れ」
「2日ぶり」
12人ほどの獣耳女性が会話したり、仕事を黙々とやっていた。
建物の内部は、大きな1室がある。
それだけだった。
「どうもですにゃ、王女」
――⁉
「この方は、私ら、猫又族の王女にゃ」
ケーシーは、床に静かに丸まって座る女性を紹介してくれた。
「どうも、わたくしは、ローリエと申します」
女性は、すっと振り返った。
とても、寂しそうな顔をしていた。
気分でもすぐれないのだろうか?
灰色の美しい長髪、まつ毛も長く、灰色の瞳。
ケーシーと同じく、獣耳があり、尻尾があった。
しかし服は茶色い服に、白い羽織ものだけで、王女には、見えなかった。
「ケーシー、こちらの人間は?」
これまた、静かに寂しそうな声であるため、心配になる。
「誰ですっけ、名前は正式には聞いてないけど、キョウヤ殿とアンシアちゃんだったかにゃ?」
「その通りだ。ケーシーさん」
「申し遅れました、代行サービスのキョウヤです」
俺は、片膝を立てて、腰を下ろした。
「先ほどから、上からの視線で申し訳ない」
「そんなに、気を使わなくていいのよ。私は大した者ではないですから」
ローリエは、おしとやかに笑って見せて、言葉を返した。
……。
「私は、回復術師のアンシアです」
「猫耳をつけた少女さんだこと」
「人間ってばれちゃいましたです。えへへへ」
「ローリエ様。ところで最近は何人が徴兵にゃ?」
「13人ほどよ」
「そうか、そうかにゃ」
ケーシーは振り向いて、笑った。
「だってにゃ」
「たぶん、徴兵という名の、誘拐にゃ。1人も帰ってこないにゃ……死んでる……」
……。
その顔は、すごく疲れているようにも見えた。
――!
「ぐあわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
―――――――――――――――!
「やめてくれ、やめてくれえええええええええええ」
「なんだ、この悲鳴は!」
外の方から強烈な苦痛の叫びが響く。
「見せしめの処刑にゃ、今日は亜人収容所の4番部屋にゃ」
ケーシーは、冷静に淡々と答え、他の者も、静かに俯いた。
「今日も始まったのね」
ローリエも静かに手を合わせた。
――!
「ぐわあああああああああああああああああああああ」
外では苦痛を味わう男性の叫び。
俺は、出て行こうとするのだが……、
「だめにゃ!」
止められた。
「こっちには、打つ手はないのか」
「無いにゃ」
ケーシーの目は鋭く、俺を睨みつけたようにも取れた。
しかし、何かケーシーの中の悔しさを感じる。
そして、微かに血の臭い。
どうやら風に運ばれて室内に入ってきたのだろう。
「分かった」
「キョウヤさん!」
俺は、くいっとフードを被った
―――――――――――――――。
「ダメにゃ、出て行っちゃダメにゃ! 死刑執行人ディレンの術式は、全身の血管を破裂させる」
「死刑執行人ディレンか、分かった」
「ユグルドよりも危険にゃ。武のユグルド、呪のディレン」
ケーシーは、1室を指さした。
『close……閉める』
「あれは、うちの……兄貴にゃ」
「もう、ダメにゃ」
血の臭いがどんどん濃くなっていく。
他の、亜人たちは、全員手を合わせて何か、文章を唱え始めた。
とても、異様な光景。
こいつらは、こんなことを繰り返して、今日まで生きていたのか。
―――――――――――――――!
「キョウヤ殿! ダメ」
涙も流せず、恐怖しているケーシー。
次第に顔色が悪くなり、倒れそうだ。
「もう誰も、死なせたく……ないにゃ……」
そのまま、膝から崩れたケーシー。
「ケーシー!」
ローリエは、ケーシーに近寄り、抱きしめるばかり。
「アンシア、俺は絶対に戻ってくるから、ここは任せ……」
アンシアが、1人で……待つ。
「ぎゅわあああああああああああああ」
悲鳴は止まない。
でも、救える命があるのなら。
「大丈夫です。キョウヤさん」
――!
俺は、部屋をゆっくり静かに出て、走って向かった。
小さな広場にそいつはいた。
「血液が沸騰。ではありませんか」
黒い装束をまとい、金色のブレスレットやピアス、ネックレスを光らせる。
冷酷で黒い長髪の細身の男。
そして、高い位置、磔になった亜人の男性。
他にも亜人の者が、磔で死んで……いた。
現在で5人目に……させるか!
「やつのレベルは42」
間に合え―――――――――。
「空気結界レベル50」
俺は静かに口ずさんだ。
「ぐはぁあああ、やめてくれぅうう」
「術式、ブラッーーーッドオーバー? あれ?」
術式は、空気結界に突入した時には消え、ズサッと亜人の男は磔から落ちた。
「あれれれえええええ、おかしいな」
ディレンはゆっくりと回れ右。
ニタリと笑った。
「ちょっと、お客さんは、見るだけにしてよおって……」
「おおおお君は、君は! 待ってましたよ。誰だっけ誰だっけ」
「……」
「そうだ、レベル1だった、だった」
「いやぁ~あのね、命令でさ、僕さぁ~。君が現れるまで殺し続けなきゃいけなかったんだよね」
「僕は、嫌だって言ったんだけどさ」
「そんなことより、見てよ、4人、4人も、今日は殺しちゃった」
「じっくりと術式を唱えながらさ。じわじわと血液を沸騰させて、逝かせるのが好きなんですよ僕……」
「きっと君は、素晴らしい血を、噴き出すんだろうな。ブラッドオーバー!」
十字架が飛んでくるが回避!
「ほほう、レベル1、やるじゃん」
――!
「斬る!」
――瞬間移動!
背後か!
「待て待て、これで役者は揃ったんだ」
「でかい、フィールド作ってあげるからさ、今度遊ぼうよ」
「フフッ、絶対に……」
――――――。
「お前は、何者だ」
……。
ディレンは、等身大の十字架を空気中から複数だし、自分を囲うように立体パズルを組み立てた。
そして、十字架のパズルは消えた。
もちろん、ディレンの姿もない。
――――――LEVEL SERVICE――――――




