ヤンデレな弟に私に近寄る男が全員消されてしまいます。今は王子と婚約しているのですが変なことをしでかさないか心配でなりません
「いい? 絶対に変なことはしないでよ。もちろん薬を盛ったりするのもダメよ」
「わかってるって。姉さん」
ロビンは目にかかりかけた前髪を弄りながら答えた。リンは目蓋を半分だけ閉じてにらんだがロビンはどこ吹く風だった。
弟のロビンはこれまでいつもリンの結婚を邪魔して来た。結婚が近くなるとロビンは相手の男性の悪い噂話ばかりをリンに吹きこもうとしてきて、それでも無視しているとなぜか結婚直前に婚約者の家が夜逃げしたり、茶会の時に相手の男性に自白剤を盛ってあることないことを喋らせて台無しにしたりした。おかげでリンは陰で事故物件ならぬ事故令嬢呼ばわりされていた。
「あのね、今回の相手はこの国の王子なのよ。何かあったらただじゃ済まないんだからね」
「大丈夫だって。そんなことより自分の心配をしたらどう? 今回もダメだったらいよいよ行き遅れるよ」
誰のせいで……とリンは思ったが口には出さなかった。言っても無駄なことは分かっている。それに今回は珍しく弟から悪い噂の警告は受けていなかった。
しかしロビンのことだ。油断は出来ない。逆にリンがロビンの行動を読むことを警戒して、わざと黙っている可能性もある。この落ち着きようはすでに事を起こしたあとだからかもしれない。
「はぁ、心配だわ……」
リンは額に手を当てた。
※※※※※
「リン、突然の訪問で済まなかった。街道で事故があったのでな」
「お気になさらず、ユルゲン殿下」
口ではそう言いながらリンは冷や汗をかいていた。今日は屋敷にロビンがいる。出来れば会わせたくはない。しかしこういう機会を絶対に逃さないのが弟だった。もしかすると事故も弟の仕業かもしれない。
「そういえばリンには弟がいたのだったな。確かロビンという」
「お呼びでしょうか」
普段リンと話す時の陰気な雰囲気とは対称的な爽やかな笑みを浮かべながら、ロビンが階段から降りてきた。
「君がロビンか。君の噂はかねがね伺っているよ。病身の公爵に変わって今では君が実務を受け持っているとか。君のような有能な人間が義弟になるというのは王家にとっても大変喜ばしいことだ」
「滅相もございません」
慇懃な礼を返すロビンにリンは内心でハラハラしていた。またロビンが何かしでかして王子が言外の言葉で非難しているのだろうか。
「まだ街道の処理で時間がかかるそうでな。どうだ、気晴らしに二人で近くの森にでも狩りに行かないか?」
「いいですね。ぜひとも」
リンは目を剥いた。弟と二人で森に行くなんて消して下さいと言っているようなものだ。なんとしても阻止しなければならない。
「お言葉ですが殿下。二人で狩りになど出かけられたら野盗の格好の餌食になってしまいます。それにこの時期は罠猟が行われており危険です」
「野盗なら街道の事故を襲うはずだ。アレはかなりの大商団だったからな。それに罠の場所に関してはロビンが心得ているだろう。そうだな」
「ええ、つい先日森を見てきたところです」
ロビンは軽い笑みを浮かべて答えた。リンにはそれが怪しく映った。
「ですが……」
尚もリンが食い下がろうとするとロビンが制した。
「申し訳ございません、殿下。姉は心配性なもので」
「構わんよ。王妃として迎えるならば、何かあったときに止めてくれる者の方がありがたい。心配してくれるというのは愛してくれているということの証左だからな」
「まあ……殿下は口が達者ですのね。どうなっても知りませんからね」
リンは頬の火照りを隠すように立ち去った。
※※※※※
ロビンは王子と二人で森を馬を駆っていた。姉は心優しく、人をすぐに信じてしまう。結果、姉にふさわしくない男ばかりが近寄って来てしまうのだった。
相手に悪い噂があると知っても、何か理由があるはずだとか、貴族である以上風評は仕方ないだとか言って許してしまう。ロビンはそんな姉のことが嫌いではなかったが、それでも悪い虫がつくのは許せなかった。
ロビンは妾の子だった。ロビンの母が死に、父の屋敷に引き取られることになったとき、ロビンは不安でならなかった。自分はそこまで対人関係に優れているわけではない。少なくとも心良くは迎えられないだろう。しかしそんな心配は杞憂に終わった。
初めて姉に出会ったとき、突然抱きしめられた。ずっと弟が欲しかったという彼女の表情には全く嘘がなかった。そして複雑な関係になりそうな母との関係も、彼女が間に入って取り持ってくれた。妾の子として育ったロビンを家族として迎えてくれた姉には感謝してもしきれない。
ロビンは姉のことが好きだった。無論、許されない恋だということは分かっているし、それなりの分別も持ち合わせていた。だからこそ、姉と婚約しておいて不倫しているような男や、姉を公爵令嬢という地位だけしか見ていない男に渡すことだけは許せなかった。
そういった連中を排除している内に、ロビンは政治上の問題を解決するフィクサーとして裏で名前を知られるようになった。そしてある日から、ユルゲン王子に声をかけられるようになった。
ロビンは王家のフィクサーとして働くにあたって、何か欲しいものが無いか問われた。金は十分なほどあった。しかし事故令嬢と呼ばれるようになった姉のことだけはどうにもならなかった。
姉がそう簡単に嫁には行けなくなり、しばらく一緒に過ごせることにロビンは嬉しい気持ちもあったが、後ろめたさも感じていた。だから王子に姉に良い結婚相手を紹介してもらう事を頼んだ。
その相手が王子自身であったことには心底驚かされたが。
ユルゲン王子に特に悪い噂は聞かない。だがいずれは国を継ぐ身だ。政治上の判断で姉を泣かせることがあるかもしれない。もしそうなったとき、自分はどうするのか……
ヒュッッ
「ッッ!」
王子の左腕に矢が突き刺さっていた。無論、ロビンが仕掛けたものではない。王子は痛みに顔を歪ませながらも、目は面白そうに笑っていた。
「野盗か。どうやらリンの予感が当たったようだな」
王子は剣を抜いた。しかしその指には若干の痺れがあるように見えた。毒が塗られていたのかもしれない。
「ロビン、お前は急いで屋敷に戻って応援を呼んでくれ」
「ですが……」
「こう見えても一国の王子だ。そう簡単には殺さんだろう。もしものことがあった時は、リンを守ってくれ。彼女を泣かせたくはないからな」
王子は不敵に笑っていたが目は真剣だった。ロビンは一瞬でも、王子の姉への愛を疑った自分を恥じた。
ロビンは王子を馬から引きずり落とした。
「……おい」
「大丈夫です。この森は僕の庭ですから」
ロビンは腰から数本のナイフを抜いた。
※※※※※
姉の結婚式は盛大に執り行われた。ロビンはそれを影から見守っていた。妾腹の弟が大手を振って姉の結婚式に出席するのは憚られたからだ。
姉は本当に幸せそうな顔をしていた。姉の幸せを願わないわけではないが、少し複雑な気持ちはある。
姉に気づかれない内に帰ろうとした、その時だった。
「ロビンー! いるんでしょー! 今から家族の集合写真を撮るから出て来なさーい!」
ロビンは姉の呼び声にやれやれと言ったふうに出ていったが、顔に笑みを隠しきれなかった。