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天狗の弟子は空を飛ばない  作者: 藤咲芽亜
第一章 天狗に育てられた少年
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第九話 下山

 頭領からの頼みを引き受けた葵は、そのあと犠牲者が埋葬された墓の前にいた。


墓前には御山に咲く桃色の花が備えられている。葵はその一つ一つの墓の前で立ち止まり黙祷を繰り返す。やがて椿丸が埋葬された墓の前に来た。葵は腰を下ろして黙祷した。必ず奴を討ち果たすと、心の中で椿丸に告げる。


 葵の脳裏にはあの青年の姿がはっきりとこびりついている。黒い狩衣、長い銀色の髪、美しいがひどく冷酷な顔、肩に乗った黒い鳥。一度見たら忘れようがない。忘れられるはずがない。憎い敵の顔を。


 椿丸は死ぬ間際に、奴がしようとしていることを決して許してはいけないと言っていた。あの男はこの世からあやかしを消し去ろうとしている。今回の襲撃事件はその計画の一環だったのだろう。考えれば考えるほど葵は虫酸が走る思いだった。そんな傲慢な目的のために、罪もない多くの命があの夜失われたのだ。そもそもなぜあやかしを排除しようとするのか。確かにあやかしは時に人に害をなす存在だ。だから人々はあやかしを恐れる。しかし、すべてのあやかしが人を襲うわけではないのだ。御山の天狗のように人とは一切の関わりも持たぬあやかしもいれば、人に恵みをもたらすあやかしもいると聞く。そんなあやかしですらもあの男は殺そうとしているのだろう。椿丸に言われずとも、葵にはそんな暴挙を許すつもりはさらさらない。何より目の前で椿丸を殺された時点で、葵はあの男を決して許さないと思ったのだから。


 

その日の昼過ぎ、葵は旅支度を整え、頭領に一言告げてからひっそりと山を降りた。五色には何も言わなかった。言えば行くと言って聞かないだろうから。それに見送りなど不要だった。変に見送りされれば決心が揺らぎそうだった。

 



 葵にとって山を降りるのは初めてのことだ。そういえば、昨日五色から人間だからとか場違いだからとか、そんな理由で御山から出て行くのはよせと言われたばかりだったことを葵は思い出す。そんな理由から山を降りているわけではないのだが、昨日の今日で早速御山から出て行く自分のことがなんだか不思議だった。


 壊滅的な被害を受けていたのは館のあった周辺部のみで、それ以外は痛々しい襲撃の爪痕はなかった。鳥たちがさえずり、鹿の親子やタヌキが時折葵の前を通りすぎる。木々の間からは暖かな太陽の光が木漏れ日となって降り注ぐ。そんな平和な山の光景に囲まれながら、葵は山を降りるために一歩一歩足を踏み出す。


下山が怖くないといえば嘘だった。何せ葵の世界を構築していたのはこの御山だけだったのだから。今から葵が行こうとしているのは未知の世界だ。出発前、頭領からは山を降りてしばらく行けば人里があるから、そこで襲撃者についての聞き込みをすれば良いと言われていたが、その人里というのがどういうものなのかすら葵には想像がつかなかった。


葵と同じ人間が暮らす場所というのはわかる。しかしその暮らし方は天狗と似たようなものなのか、それとも全く異なったものなのか。考えてみても全くわからない。そんな未知の世界に不安と少しの好奇心を抱きながら、葵は山を降りていった。

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