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天狗の弟子は空を飛ばない  作者: 藤咲芽亜
第一章 天狗に育てられた少年
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第七話 翌日

 天狗たちの暮らす御山から上がる炎は、その夜遠目からでもはっきりと確認することができた。御山から一山隔てた別の山から、編笠をかぶった旅装束姿の男がその様子をじっと眺めていた......。



* 


長く悲しい一夜が明けた。

 

昨夜の襲撃で亡くなった者たちを弔い、丁重に埋葬した。その中には椿丸の姿もあった。他にも何人もの、何十人もの親しかった者たちが埋葬されてゆく。


 多くの仲間を失った御山は痛いほどに沈鬱な空気に満ち満ちていた。昨日の陽気な騒がしさは見る影もない。皆がこの世の終わりのような顔をして、昨夜の犠牲者たちに最後のお別れをしていた。


 御山で暮らしていた天狗の数は約五百。そのうち百近い数の天狗が襲撃で死んだ。生き残った者のほとんどは地下室に逃れていたか、巻き込まれたが葵のように運良く助かったものたちだ。しかし、天狗たちは魔を退ける五芒星の陣の光を浴びたため、皆一様に弱っていた。五芒星の陣の光はあやかし以外にとっては邪を洗い浄める聖なる光。だが、天狗を含むあやかしにとっては毒でしかない。その後遺症で苦しむ天狗たちが後を絶たなかった。


 葵はというと、かすり傷程度で済んでいた。今思えば奇跡的だ。さらに葵は人間であったため浄化の光が毒にはならなかった。それでも葵の心は深く傷ついていた。目の前で友を亡くし、父親同然の人物も亡くしたのだ。ただ幸い、五色は生き延びていた。


 埋葬の儀式が済んだ後、葵はぼんやりと木々が開けた山の斜面で座っていた。競い飛びが行われていた時もここにいた。たった一日しか経っていないのに、葵の世界は灰色になっていた。昨日までたかだか飛べないことで不貞腐れていた自分を殴り飛ばしたくなる。


 誰かが隣に腰を下ろす気配を感じて、葵は顔を横へ向けた。隣には包帯で体のあちこちをぐるぐる巻きにされた、五色がいた。


「もう起き上がっていて良いのか?」


「さあ。でも俺は体が丈夫だからさ、多分大丈夫だろ」


「多分って。」


 呆れた様子で葵は言う。


「そういや昨日もここにいたな。二人で」


 昨日と変わらない抜けるような青空を見上げながら五色は呟いた。


「一晩で何もかも変わっちまったな」


 葵は無言で五色の言葉を聞いていた。が、不意に決意を固めたようなきっぱりとした口調で言った。


「俺、あいつを倒すよ」


「え」


 五色は何を言ってるの、といった顔で葵を見る。


「御山を襲ったやつだ。椿丸や茜、竜丸、みんなの仇、この御山の仇だ。それに椿丸は言ってた。奴を止めろって。あいつはあやかしを滅ぼそうとしている。このまま奴を野放しにしておけば、必ず第二、第三の御山が出てくる」


 五色は慌てた様子で葵の肩を掴んだ。


「やめろ。御山をめちゃくちゃにした奴だぞ。俺は直接見たわけじゃないけど、これだけは言える。お前殺されるぞ」


「そんなことはない。」


 葵は肩から五色の手を振りほどく。


「あいつの目的はあやかしを殺すことだ。人間の俺が近づいても気にしないだろう。だからその隙に乗じて、奴を倒す」


「それ、たぶん口で言うほど簡単じゃないぞ。正気かお前」


「正気だよ」


 口ではそう言いながらも、葵は自分は正気じゃないかもしれないと思っていた。御山をめちゃくちゃにされて、大切な仲間や親同然の人も殺されて、正気でいられるはずがない。だがそれでも良いと思った。仇を取れるのなら。これ以上悲劇を起こさせないのなら。


 隣の五色が突然パシッと自分の膝を叩いた。


「わかった」


「何が?」


「俺もついてく。お前一人を危険な目に合わせるわけにはいかない。俺も一緒に御山の仇を取るよ」


「その怪我でか?」


「すぐ治る。いや、治す」


 意気込む五色を見ながら、葵は「ダメだ」と首を振る。


「たとえ怪我が治っても、お前は昨日浄化の光を浴びた。あれはあやかしにとったら毒だ。みんなそのせいで死ぬまでは行かずとも弱ってる。お前もだ。ましてや相手はその浄化の光を放った張本人だぞ。どう考えても戦うにしたって人間の俺が有利だ。効かないんだから」


「でも、」


「でももクソもない。この話は終わりだ」


 そう言って葵は館があった方へと戻っていった。五色は悲しそうな目で葵の背を見送った。



 五色と離れた後、葵は行くあてもなくふらふら歩いていた。どこを歩いても昨日の悲劇の爪痕が痛々しく目に突き刺さり、天狗たちの嘆きの声が聞こえて来る。葵も泣きたかった。だが、昨日の夜一生分かと思うほどに泣いたためか、もう一滴も流れてこない。


 ふと後ろから駆け寄ってくる足音を耳にして、葵は振り返った。


「そこにいたか。」

 平六だった。方々を葵を探して駆けずり回っていたのか、肩で息をしている。


「頭領がお呼びだ」


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