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天狗の弟子は空を飛ばない  作者: 藤咲芽亜
第一章 天狗に育てられた少年
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第二話 衝突

 天狗たちの暮らす館は巨大な寝殿造りの建造物だ。しかし山の斜面に建っているため太い柱が地面に突き刺さり、斜面に張り付くような形で建っているために平地にあるような寝殿造りとはまた随分と趣が異なっている。天狗たちは皆この館で寝泊まりをしている。


 館へ戻った葵たちを迎えたのは、まだ競い飛びの熱に浮かされた天狗たちだった。二人の姿を見とめた同年齢の天狗たちが駆け寄ってくる。


「葵は毎年のことだけど、五色お前までどこ行ってたんだよ。今年は去年にも増して大盛り上がりだったのに」


「大番狂わせが起こったんだ。優勝筆頭候補をあいつがぶち抜いて一位をとったんだ」


「あいつってのは向こうで胴上げされてるやつな。」


 興奮して口々にまくし立てる若天狗たちを軽くいなして、葵は五色を残しそっと話の輪から抜け出る。後から五色が葵の後を追ってきて軽く小突いた。


「ちょっとは愛想よく反応しろよ。全く。お前は普段はいい奴なのにこの時期だけは無愛想になるんだから」


「興味ないし惨めな気分になるだけだかんな。」


 葵は無目的に館の廊下を歩く。五色もそのあとに続く。


 毎年競い飛びが終わると、その日の夜に御山をあげての大宴会が開かれる。今はその準備で館内はドタバタと騒がしい。葵と五色がこうして廊下を歩いている間にも、お椀やら酒瓶を持った天狗たちが忙しそうに行き来する。調理場からは美味しそうな匂いが漂ってくる。もう酒を飲み、一足に先に出来上がってしまっている集団もいる。


「相変わらず騒がしい限りだな」


 五色が笑いながら言う。


「そうだな」

 と葵は返す。


 天狗とはとかく宴を好む。宴でどんちゃん騒ぎをするのが好きなのだ。と言ってもこれは天狗に限った話ではない。天狗を含むあやかし連中はその大半が酒好き、宴会好きなのだ。御山の天狗たちもその例にもれず、何か良いことやおめでたいことがあったらとにかくそれにかこつけて宴会を開き倒す。葵もそういう気風は好きだった。普段なら大いに宴を楽しむ方だ。しかし、今回の宴会に参加したいとは思わない。競い飛びの開かれる時期ほど自分が人間で他の皆とは違う存在だということを思い知らされる日はない。その時に開かれる宴会も、誰も葵に意地悪なことを言うわけでもないのだが、どことなく居心地が悪かった。     


 館内をこうして適当に歩いている間でも、普段はさほど意識しないのにどうしても皆の背中に生える漆黒の翼に目がいく。自分にもあれがあればと葵は思う。しかし、その度に自分は翼がなく飛べない人間であるという事実を突きつけられるのだ。


「おい、葵」


 不意に名を呼ばれ、葵は足を止めた。

「まぁたぶすくれた顔をしてやがる」


 ドスの効いた声の主は、煙管をふかしながら葵と五色を見ていた。


「椿丸」


 葵は少しムッとした顔で中年の天狗を見やった。


 名を椿丸というその天狗は、今より十七年前、山に捨てられていた葵を拾い御山に連れてきた天狗である。葵にとっては父親代わりのような存在だ。


 椿丸はにかっと笑う。


「どうだ?こっち来て酒でも飲むか?」


 椿丸に手招きされ、葵と五色は互いに顔を見合わせた後椿丸の招きに応じた。

 杯に酒を注がれ、葵と五色はぐっと飲み干す。


「ぷはぁ。うまい」


 五色が上機嫌でもう一杯と杯を掲げる。椿丸の他にいた中年の天狗達がいい飲みっぷりだと笑い合う。そのうちの一人があぐらをかいた膝を叩きながら陽気な口調で葵に話しかける。


「葵。そう捻くれるな捻くれるな。飛べないからって死ぬわけじゃなし」


「そうそう。」


 隣の天狗もうんうんと同調する。

 葵はツン、とそっぽを向いた。


「慰めなら不要だ。」


 椿丸がそんな葵を見ながら笑い飛ばすように言った。


「この時期になるとお前は必ず不機嫌になるな。いつになったら治るのやら」


「飛べない限り治らねえよ。」


「周りが飛べる奴らばかりだからそう思うんだ。」


 葵は酒のつまみのおかきに伸ばしかけた手をピクリと止めた。


「どういう意味だよ?」


 椿丸は片目をつぶりながら、口からふうと煙の輪をはいた。そうしてまた右手に持った煙管を口元へと持って行く。


「お前は御山から出たことがない。まあ当然といえば当然だ。基本天狗ってのは生まれ育った山から滅多なことじゃ離れないからな。天狗として育てられたお前も同様だ。それを悪いとは言わねえよ。だが、お前は自分が人間で飛べないことに否定的だ。それは良くねえ事だ。この御山を飛び出してみりゃあ飛べないヤツなんざごまんといる。もちろん人間もな。要するに、もっと外の世界を知って視野を広げろってことだ。そうすりゃあ、自分が飛べない事に悶々とする事もないんじゃねえか?」


 葵は黙って椿丸の話を聞いていた。しかし、話が終わると顔を俯かせ、低い声で唸るように言った。


「つまり、出てけって事か?御山から」


 ともに酒を飲んでいた二人の中年天狗と五色がギクリとした様子で椿丸と葵を交互に見やった。


 葵は言葉を続ける。


「山を降りて、人間らしく暮らせって言いたいのか?」


 椿丸は少し困ったような顔で頭をぽりぽりと掻いた。


「別にそういう意味で言ったわけじゃあないんだけどな。ただお前は、こうなんというか。ずっと天狗の社会で育ってきたから、飛べないことにえらく劣等感を抱えてる。だが人間の社会に行けば、飛べない事なんざ当たり前よ。そういう世界に一度触れてみるってのも……」


 椿丸の言葉を遮るようにして、葵は勢いよく立ち上がった。


「葵?」


「もういいよ、椿丸。はっきり言ったらどうなんだ?」


 葵は椿丸を睨みつけた。


「人間の俺がここにいるのが場違いだって言いたいんだろ?知ってるよ。ここの連中は人間だからって俺を除け者になんかしない気のいい奴らばっかりだ。でも、一部の間じゃあ人間の俺が天狗の聖域である御山にいる事をよく思ってない連中もいる。それに、俺のせいで他の山の天狗たちからも文句言われてるんだろ。だから、もう独り立ちできるような年になったんだから、そろそろ俺に出て行って欲しい。そう言いたいんだよな。」


 そう言い放つと葵は踵を返しその場を後にした。


「あ、おい。こら待て、葵。なんでそんな面倒くさい方向へ話を受け取るんだ」


 椿丸が葵の後を追おうと膝を立てた時、床に置いていた徳利が倒れて中の酒が溢れた。酒が畳へとしみ込んでいく。


「落ち着け、椿丸」


 中年天狗の一人が立ち上がった椿丸の袖をつかんで引き留めた。


「今はそっとしといてやるべきだ。色々と難しい年頃なんだよ。五色、お前もそっとしといてやれよ。あれ?」


 そう言った時には、もうすでに五色の姿は見当たらなかった。

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