8 無限組手をした
「リリィ様、起きていますか?お水と朝食の用意が出来ましたが、お持ちしてもよろしいでしょうか?」
うーん、朝か。メイドさんに起こされるのは嬉しいけど、体がダルいのでもう少し寝ていたい。
なんか涼しいな。あれ、服着てない。
全てを思い出して、我ながらすごい勢いで起き上がる。
「リリィ様?まだ寝ていますか?」
焦って声を出さなかったのは良かった。
ここのメイドさんは普通に部屋に入ってくるが、私が寝ている可能性がある時だけは入ってこない。これも防犯上の決まりらしい。
隣にアリスは居なかった。どうやら先に起きて部屋に戻ったらしい。ベットの惨状だけが残っていた。少しだけ寂しい。
どう見ても事後だけど、この部屋を掃除するのはアリスだし、大丈夫だろう。
最悪、他の人が見ても、私が1人で盛大に遊んだようにしか見えまい。
とりあえずベッドに毛布を被せ、窓を開けて魔法で換気する。服を着て、サイドテーブルにあるベルを鳴らし外のメイドに起きている事を伝える。
今朝は危なかったなぁ。
今は訓練場で兵士達の訓練を見学していた。
エドワードさんに言われて毎日部屋の外に出る習慣を作ろうと思ったが、堅苦しい場所はそんなに得意ではないし、城の中で見たい物もないので自ずと訓練場に足が向かっていた。
ここに来ると兵士達が緊張するらしいんだけど、私は別に偉い人じゃないんだけどな。
昨日の講習の影響か、昨日見た時は居なかった魔法の練習をしている人がちらほらいる。
正直POW特化にしても本職の魔法使いには近接魔法戦でも撃ち負ける事すらあるから普通に真似しても意味は無いが、引き撃ちや団体戦での弾幕に対抗するために剣士が魔法を練習するのは無駄にはならないだろう。仕様上、無振りでも極振りの1/3は魔法的素養を持っているのだから。
兵士達の数人が何かを期待するようにチラチラとこちらを見てくるけど、ごめんね。あいにく剣術に関してもアドバイスはあんまりできないんだよ。
同じ実践剣術の派生ではありそうだけど、そもそも集団剣術と決闘剣術は別物だし、私はほとんど攻撃しかできない。
私に教えられることは、基礎以外なら、こういう戦い方もあるよって例を見せることと、模擬戦の相手になるくらいかな?
うーん、1回ぐらいやってみるか。ダメそうならやめればいい。人集めたいし許可が必要かな。
兵士にアキーレさんの場所へ案内してもらう。
どうやら昨日魔法を実演した訓練場に居るらしい。
訓練上に着くと、アキーレさんは的の前に座り込んでうんうんと唸っていた。
「アキーレさん、こんにちは。」
「これはリリィ殿、こんにちは。お恥ずかしい所を見せてしまいましたね。」
そうは言われても何してるか全く分からないよ?
「何をしているところだったんですか?」
「昨日教えて貰った遠隔魔法の練習をしていたのですが、なかなか上手くいかず。MPが切れる前に休憩がてら考察をしていました。」
「因みになんの魔法で練習していたんですか?」
「灯りの魔法です。まずは回数をこなして感覚を掴みたいと思いまして。ですが全くできる気がしませんね。戦闘に魔法を使うとは思っていなかったので、今まで練習してこなかったせいです。」
うん?戦闘に魔法を使わない?
何かおかしいな。頭になにか引っかかるような…
エドワードさんと話した時に何か同じような事を思った気がする。
「…あの、いつも魔法を使う時の手順を教えてもらいますか?」
「?ええと、普段でしたら、詠唱しながら体内の魔力を動かして、魔法の形になるよう組んで放出する。といった手順でしょうか?体内で魔力さえ動かせれば、詠唱は無くてもいいらしいですが、それはかなり難しいですね。」
あー分かってしまった。
そりゃ難しいだろうね、下手したら一生かかるレベルかも?
なんせ私は魔法を使う時、詠唱したことすらない。
出そうと思えば、出せるのだ。多分ゲーム用の仕様だと思う。
「SoS」では魔法の難易度がかなり低く設定されているんだろう。
例えば、FPSで銃は誰でもどんなものでも使える。そうじゃないとゲームにならないから。
反動があるから体鍛えてね、とか銃によって癖とか手入れの方法が違うから覚えてね、とか言われたら速攻クソゲー認定されるもん。
「SoS」で剣士が弱い理由に、操作が必要だから、というのがある。単純に剣を扱うことが出来ない人間は、剣士として土俵に立つことすらできない。魔法使いが流行るわけだ。ゲームをやる人間はほとんどが戦闘なんてした事ないんだから。
だけどこの世界では違う。魔法には恐らく繊細な操作とそれを行うための集中する時間が必要らしい。
エドワードさんら宮廷魔導師が書類仕事をして、兵士と言われる人間がだいたい鎧と剣や槍を持っているのは、剣や槍を扱う能力以上に魔法の難易度が高いからなんじゃないか。
うーん、気付いてなかったとはいえ、かなり無謀なアドバイスをしてたんだね、昨日。
「SoS」ですら遠隔魔法はかなり高難易度だもの。遠くから撃ち合う他の魔術師に必要ない技術だから、ランカーでは私しか使ってないので、完全に主観ではあるけど。
「アキーレさん、申し訳ないんですけど、私とアキーレさんの魔法の使い方というか、難易度がかなり違うようです。アキーレさん達が遠隔魔法を実践で使えるようになるまで練習するのはもしかしたら意味が無いかもしれません。」
「…昨日の実演の時から薄々そうなんじゃないかと思っていました。」
「そうなんですか?」
いつ気づいたんだろう?
「リリィ殿は常に、魔法使いとの戦い方を意識して話していましたよね?どう近づくか、とか。」
ああ確かに。魔法を遠巻きに打たれるとか自爆攻撃されるとか話したっけ。
「その時に、リリィ殿の世界では魔法使いが戦士として一般的なのではないか?と予想していました。」
「なるほど、すみません。時間を無駄にさせてしまいましたね。」
「いえ、戦闘に魔法を使う事自体は選択肢として持っておいた方が良さそうなので無駄にはなりませんし、大丈夫ですよ。遠隔魔法の方は流石に諦めますが。」
うむむ、まぁ一日で気づいて良かったと思おう、下手したら半月とか経っても全くできる人が居なくて、そこでやっと気付いていた可能性もあるし。気づく前に旅に出ていたらそれこそ最悪だった。
よし、もう忘れよう。
ああそもそも用があるんだった。
「ここに来た当初の用事を忘れていました。アキーレさん、私と兵士達とで模擬戦をしませんか?魔法無しで。」
「それは構いませんが。剣のみということですか?」
「はい、流派が違うのでアドバイスは出来ませんが、模擬戦の相手は出来ると思いますので。」
「魔法無しでも戦えるのですね…」
「元の世界では魔法は苦手な方ですよ。だからこそ剣で戦っていたので。」
近接魔導士とかだと思われたかな。MAGが低い私は近接戦だろうが魔法では魔導師に勝てない。火力はともかく単純に物量で負けるからね。それにそもそも私には圧倒的にセンスがない。射程調節もズラしのテクニックも下手くそだった。
魔法で普通に戦っても勝てないので剣士を選んだんだ。
「SoS」では剣士は不遇だ、攻撃力も攻撃範囲も射程も扱いやすさも魔法職に劣る。特に射程が致命的なんだけど、それは他ゲーでも言えることだろう。
ただ救済策も一応あったのだ、言ってしまえば、殺せば殺せるという点。HPが残っていようが首を切れば殺せるのだ。
私のビルドは、剣で殺すために魔法での打ち合いや長期戦を完全に捨てた苦肉の策で出来たものなのだ。遠隔魔法なんかもただのサポートで、それで殺せるようなら私は剣士なんてやってない。
ただ、だからこそ斬り殺す事にかけては誰にも負けない自信がある。そうなれるように死ぬ程努力してきたし、それ以外は何も無い。
長々と語ったけどつまりまぁ。
「こうなるよね。」
「痛い…」「うぐ…」「………。」
地面に大量の兵士達が転がっていた。
「衛生班!またとない訓練のチャンスだぞ!走れ!わはははっ!」
アキーレさん、めっちゃ楽しそうだね。
アキーレさんは一番最初に吹っ飛ばしたんだけど、もう復活したらしい。
無駄に高いテンションは、彼が剣術家だからだろう。魔法無しとはいえ、少しでも食らいついてきたのは今のところアキーレさんだけだ。
「まさかこれ程とは!ああ、最高の気分だ!」
自分から提案しといてなんだけど、基本速攻で倒すから兵士達の訓練になってるかは微妙だ。
衛生兵の訓練にはなってるけど。
少しでも抵抗できないと意味ないんじゃないだろうか?
一応基本的なところはアドバイスしながら吹っ飛ばしていく。
「大剣をただの両手剣で受けるのは基本的にダメです、避けないと死にますよ。」
「槍使いなら接近はもっと警戒してください。足の動きで簡単にバレて内側に入られます。」
「今のは首を差し出してでも突っ込めば相打ちを狙えましたよ。大丈夫、刃は潰してあるので死にません。治ります。」
1時間も経つ頃にはアキーレさんと衛生班の方々しか残っていなかった。この訓練場だけでも200人ぐらいいた気がするんだけどな。
今は回復ポーションを貰ったので飲んでいる。青臭くてえぐみが強いスポドリみたいな味だ。
「ふふふ、いい経験になりました。リリィ殿さえ良ければ、また明日からもお願いしてもよろしいですか?」
「ええ、私なんかで良ければ。あ、遠隔魔法の件はちゃんと伝えてください。」
無駄に練習しても意味はなさそうだし。
ああ、あと明日からはしばらくサラシを巻こう、動き回ったせいで痛かった。ポーションで治ったけど。
「ええ、伝えておきますね。明日からが楽しみです。一部兵士の性癖が少し歪む以外は最高の訓練になりそうです。」
「丁寧な口調を心掛けましたし、多分大丈夫でしょう。」
数人が何度か再戦を挑んできた時に、顔が気持ち悪かったのは流石に私も気づいている。
Mの星の人には悪いけど、ご主人様になるつもりは無いし、罵倒はしてあげないよ。
「いえ、むしろそれが…いえ、なんでもありません。」
「?」
むしろなんだろうか?
流石に疲れたな、汗もかいたし戻ってシャワーを浴びよう。
お腹も空いた、お昼ご飯お肉だといいな。
「そろそろ戻りますね。久しぶりに動いて楽しかったです。」
「ええ、お疲れ様でした。」
訓練場から部屋に向けて歩く。
しかし久しぶりとはいえ少しはしゃぎ過ぎたかもしれない。なんでだろう?
…ああそうか、昨日の事があってテンションが上がっていたのかもしれない。
アリス可愛かったなぁ。
おっと思い出すと顔がニヤケてしまう。
リア充という言葉は、みんなが使ってるから私もそのまま使っていたけど、確かに充実しているな。
何をしていても楽しい、シティ系のゲームなら幸福度がタダで上がる感じだ。
うーん旅に出る間に会えないのはちょっと厳しいかもしれない。明日にでもエドワードさんにアリスを専属にしていいかどうかと、旅に同行させていいか聞いてみよう。
ストックとかせずに放出してたけど、やっぱりやった方がいいんでしょうか。試しにやってみますか。