5 メイドさんとイチャイチャしてた
主要な登場人物は歴史上の人間から名前を取ってたりします。名前だけですので人物像とかは全く関係ありません。
御前試合から二日経過した。
私の謁見と御前試合を見るために城に滞在していた貴族達も王都の自宅に戻り、城の中は平常運転に戻りつつあるらしい。
私はと言うと、絶賛自室に引きこもり中であった。
「うう…」
「よしよし、リリィ様、そろそろ立ち直って下さい。」
「アリスさん…無理です。」
私は、ベッドの端に座ったアリスさんに膝枕をしてもらうような体勢から、上半身を少し起こして抱きつくようなポーズで頭を撫でてもらっていた。
実を言うともう立ち直ってる。
御前試合が終わってすぐは、自分の失態に軽く凹んでいたが、今はアリスさんに甘やかされるのが心地良過ぎて、落ち込んでる振りをしているだけだった。
アリスさんは茶髪でウェーブのかかった髪で、欧州っぽい顔立ちの人が多いこの国では珍しい童顔の、癒し系メイドさんだ。実はこの体勢は、落ち込んでいた私を見たアリスさんが提案してきたものだったりする。バブみがしゅごいよぉ。
アリスさんのおかげで速やかに立ち直った私は、今ではむしろ開き直っていた。
そもそも私は悪くない。確かに当日の朝、説明を聞いた時から嫌な予感はしていたし、会場に入った時点で確信もしていた。
でも「会場が狭いです。」なんて言ったところで何も解決策はないし、ましてや「私は接近戦が得意なので開始位置をもう少し離した方が良いです。」なんて相手を舐め腐った発言を言えるはずがない。
そして私、いやリリィとしては戦いで手を抜く、なんて事は許容できない。私だってファンとして理想のリリィ像を崩したくないのだ。別に常に高潔であれとは思わないけど、少なくとも試合には真摯であるべきだと思っている。
つまり御前試合で相手を瞬殺して会場を凍りつかせたのは、悲しい事故だったのだ。
いやむしろ事前に軽く手合わせするなり、ステータス開示させるなりしなかったホスト側の怠慢ですらあると思う。
ああそういえば収穫もあった。
現実世界なんだから当たり前ではあるんだけど、胸が邪魔だと再認識できたのだ。動くと揺れて邪魔だし、大きく揺れると痛い。サラシかブラが必要だ。
固定力ならサラシだけど、旅をするつもりだしブラジャーかな。サラシは洗うのが大変そうだし、着けるのにも時間がかかる。
仕立て屋さんとかあるのかな、でもまだ引きこもっていたい。行くのはまだいいや。アリスさんに甘える大義名分は手離したくない。極楽。
私がアリスさんに甘えていると、部屋の扉からノックの音が聞こえ、そのままメイドさんが入ってきた。リーズさんだ。
黒髪のキリッとしたメイドさんだ。秘書っぽい。
リーズさんは私の方を見て少し呆れたような顔をしたが、そのまま発言する。
「エドワード様がお呼びです。話がある、との事です。」
「うっ、、」
遂に説教だろうか。まぁ多少は、いやそこそこ私にも悪いところはあったかもしれないし、エドワードさんが怒ってても不思議ではない。むしろなんでここまで放置されてたのに今声をかけてくるのか。
「その、どうしても行かなきゃダメでしょうか?部屋から出られるほどまだ立ち直れていないので。」
「そう仰られると思っていましたので、エドワード様を既に部屋の前までご案内しております。この部屋でも構わないとの事です。ご案内してもよろしいでしょうか?」
さてはこのメイドさん、見た目だけじゃなくて中身もちゃんと優秀だな?退路が、無い。
いや…
「…アリスさんに抱きついたままで良いなら。」
「え?」
「確認して参ります。」
「えぇっ?!」
リーズさんが部屋から出ていった。気が重いな…
「あの、こういうのはあまりよろしくはないのでは?」
「大丈夫、アリスさんが可愛いから私は大丈夫。怒られても平気。」
前の世界でも怒られるのはすごく苦手だった。自己暗示をかけて乗り切ろう。
「かっ、リリィ様はともかく、私が大丈夫じゃないんです…」
「この匂いを嗅いでいる限り、私は無敵。」
「聞いてください、あと嗅がないで下さい。」
スーハー。よし、ドンと来い。
ノックの音が聞こえ、リーズさんが入ってくる。
「エドワード様をお連れしました。」
「ありがとう。」
全くありがたくないが。
「入るぞ…本当にその体勢なのだな。」
「ええ、申し訳ありません。」
努めて真面目な顔で言う。もう殆どヤケクソです。
耳まで赤くなってるアリスさん可愛いクンカクンカ。
「いや、いい。文化の違いというものもあるだろう。」
訳の分からない理解をされた気がする。普通に考えて、お偉いさんと話す時に女の子に抱きつく文化のある世界なんてあるわけがない。
エドワードさん顔色、というか目の下の隈が凄いな。もしかして忙しくて今まで来れなかったんだろうか?どうしよう、私が原因な気がする。怒ってる?
「ごめんなさい。」
「ん?」
「あ、間違えました。申し訳ありませんでした。」
「いや言い方ではなく、どうしたんだ?急に。」
「怒っているわけではないのでしょうか?」
「いや、違うが。そもそもなんで怒っていると思ったんだ?」
違うのかよ!緊張し損だ。
「いえ、御前試合の件で、盛り下げてしまいましたし、エドワードさんの仕事も増やしてしまったようですし…出来ることがあるなら私も手伝いますが。」
「いや、確かに仕事は増えたが、別に構わない。御前試合に関しても、こちらの落ち度だ。もっと形式を工夫するべきだったと反省したよ。5対1ぐらいでもよかったかもしれないな。」
ははっと快活に笑う。思ったよりもずっと機嫌が良さそうだ。この人の笑顔とか初めて見た。睡眠不足で深夜テンションなのかもしれない。
「どうでしょう?多人数相手は少し慣れていないので、余裕が無くなると加減を誤って怪我をさせてしまうかもしれません。」
「そ、そうか。」
なんか若干引かれた?あ、今の発言めっちゃ上からな感じになってる。しまった、エドワードさんが怒ってないと分かって油断してた。
この話題は触れててもいい事無さそうだし、本題を聞こう。
「御前試合の件ではないのでしたら、今日はどのようなご要件でいらしたのでしょうか?」
「ああ、要件は2つだ。1つ目は会ってもらいたい人が居る。以前話したリリィ殿の付き人候補だ。リリィ殿が許可すれば、正式に付き人として働くことになる。その時は存分にこき使ってやってくれ。」
「え、もう決まったんですか?以前の話ではセレモニーが終わったあとに決めると。」
「ああ、本人たっての希望でな。是非付き人にならせてくれと、それが無理ならお嫁さんになりたい、奴隷でもいい、とかほざいている。変わり者だが、優秀なやつだ。能力については心配いらない。」
「それは、確かに変わり者ですね。」
変わり者というかヤバい人では?
というかエドワードさん口調が酷いことになってる、休んだ方が良いと思うよ。
「それともう1つ、時間があればたまに訓練場に顔を出してくれないか?」
「訓練場?ですか?」
「ああ、いや別に訓練場でなくてもいいのだが、リリィ殿と話をしたいという者がかなり居るのだ。部屋に籠られると誰も話しかけられないからな。その筆頭がアキーレ殿だ、彼は日中は訓練場に居る。因みにアキーレ殿も怒っている訳では無いから心配いらないぞ。」
あーなるほど、確かにここ2日篭ってたからね。
アキーレさんか、彼も被害者だしな、会いに行くか。
彼に関していえば直接の被害を受けている上に、それは私のせいでもある。怒ってないらしいけど一応謝った方がいいだろう。
「分かりました、そうします。重ね重ね申し訳ありません。あ、1つ聞きたいのですが、服を仕立てられるようなお店ってあるんでしょうか?あとお金持ってないのですがどのように買えばいいんでしょうか?」
「む?服か、ここにあるものでは足りなかったか。侍従にでも言えば店の者を城に呼び寄せられる。金はこっちで勝手に精算できるから心配いらない。ああ、城の外に出る場合でも付き人に言えばそれでいい。明細をまとめてこちらに送る手筈になっている。」
「分かりました、ありがとうございます。」
なるほど、金持ちは買いに行かずに家に出張させるのか。
「ああ、こちらの要件はこれで終わりだ。付き人候補についてはリリィ殿の都合がいい時に誰かに伝えれば、すぐに飛んで来るはずだ。適当に面接してくれ。」
「はい、そうします。」
「では、私はこれで失礼する。」
エドワードさんが退席した。ふぅ、人と話すのって疲れるね。
「リリィ様、よろしいですか?」
おっとアリスさんのこと忘れてた。
「うん、トイレ?すぐ戻ってきてね。」
「いえ、その…もう抱きつく必要はないのではないでしょうか?」
「え…」
確かに、御前試合については自分に瑕疵がないという結論が出たところだ。私が落ち込む理由が無い。
なんて事だ…私の楽園が遠のいていく。
「そ、そんなに悲しそうな顔しないで下さい。たまにならこうしてあげますから。」
「本当に?」
「はい、仕事に障らない程度でしたら。」
女神は居た。この子は人を甘やかす事にかけては右に出るものが居ないんじゃないだろうか。思わず正面から抱きつく。
「ありがとう。大好き。」
「ふぁ!その、困ります。」
何だこの可愛い生物は。あー髪もいい匂い。落ち着くなぁ。
「その、訓練場に行かなくてよろしいのですか?」
「うん、行くよ。」
多分後回しにしたら行く気が無くなってしまう。早いうちにめんどくさい仕事は終わらせてしまおう。
「服、というか下着が欲しいから、そういうの作れるお店の人呼び寄せてくれる?今は多分忙しいだろうから、セレモニーが終わってから。」
名残惜しいけどアリスさんから離れる。
「かしこまりました。」
「じゃあ行って来るね。」
「行ってらっしゃいませ。」
あ、今のセリフめっちゃメイドっぽいな。
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