4 御前試合でやり過ぎた
エドワードさんサイドからお送りします。
今日はあいにくの曇り空だ。空気が湿っていて冷たく、心なしか重たい。
闘技場にはかなりの人数が集まっていた。少し早めに着くようにして正解だ。大方リリィ殿の噂を聞きつけて、王都に居る貴族や豪商が集まったのだろう。謁見から僅かの時間しか経って居ないが、あの美貌を見せつけられて、噂好きの貴族共が黙っていられるわけもないので、当然の事だろう。
相手のアキーレ・マロウ殿も若くして大隊長になったうえ、市井では英雄視されているし、顔も整っていてかなり人気が高い。
リリィ殿には今朝会って少し話をしたが、あまり体調が優れない様子だった。
だがまぁあまり心配はしていない。勝っても負けても勝負にさえなればそれでいい。
アキーレ殿もその辺は心得ているので、上手く調整してくれるだろう。
予備戦力などと説明したものの、実際に求められているのは王国の顔としての役割だ。その点、リリィ殿とアキーレ殿は容姿も、物腰の柔らかさも、役割を考えれば十分である。
ロイス王国の若き英雄にリリィ殿が勝てば、召喚という英断を下した国王陛下に箔が付き、王国はさらに強化される。
異国の最強の戦士にアキーレ殿が勝てば、それを取り立てた国王陛下の王国軍の評価が上がり、この国の軍事力のアピールになる。
宮廷魔導師長としては、国が盛り上がる理由ができるのならどちらでも良い。
ただ、せっかくならリリィ殿に勝って欲しいと思ってしまう自分も居た。召喚に携わったから、というのもあるが、それ以上に彼女には魅力があった。
基本的には謙虚だ。少し話しただけでもそれは分かった。しかし強さに関しては圧倒的な自信を持っていた。自分が負けることをほんの少しでも考えてすらいないのが、会話の節々から伝わってきた。
そして何より、目を離せない危なっかしさがある。自分が傷つくような場面で迷わず身を投げ出し、そのまま相手ごと死んでいきそうな。どこか自身を軽視しているような。いや逆か、自分が負けるくらいなら何も要らないからと全て投げ捨ててしまいそうな雰囲気だ。死にたくないという本能よりも、自身が汚れる事を嫌うような、異常な自己愛を持っているように思える。
1つの分野の中で突出する人間にはどこかしか性格におかしな部分がある事が多いが、リリィ殿もそのタイプと見える。
謙虚で尊大、一体どんな環境ならそんなちぐはぐな人間が生まれるのか、少し興味がある。
「こんちわです!魔導師長はどちらに賭けたんですか?」
「…アビーか、リリィ殿に賭けたぞ。」
「お〜一緒ですね!意外です、応援票とか嫌いなタイプだと思ってたです!」
こいつは部下のくせに生意気過ぎる。学院を卒業していつまで経っても落ち着かない。これで優秀なのだから手に負えないのだ。
賭けについて大声で話すのもマナー違反だ。そもそも御前試合は賭けが本来禁止されている。ただそれだと盛り上がりに欠けてしまうし、御前試合が他の行事より盛り上がらないなんて事にならないように、非公式での賭けが黙認されているのだ。宮廷魔導師のような立場の人間が話して良い内容のものではない。
「勝ちそうな方に賭けた。お前と一緒にするな。」
「流石にその言い訳は無理ありますよ!相手はモンスターハザードの英雄アキーレですよ?リリィちゃんはそんなに強そうに見えないですし!」
アキーレ・マロウ殿はマロウ男爵家の四男坊だ。貴族社会であれば箸にも棒にもかからない様な立場でありながら、剣の腕ひとつで成り上がってきた。王国の抱えるダンジョンの一つ「ラーゼン地下遺跡大迷宮」が過去に例を見ない大氾濫を起こし、ダンジョンの外に溢れてモンスターハザードが起きた時には、それを討伐する軍に編成され、勲章を与えられる程の活躍をした。その功績で大隊長に任命された、間違いなく英雄と呼ばれる人種の人間である。
「見た目がレベルに伴うのは序盤だけだ。」
「そりゃそうですけど〜どう見ても剣とか杖より針が似合うタイプですもん!ウチのお嫁さんに欲しいです!」
「…リリィ殿に、戦闘ができる女の付き人を付けるという話があるが、お前は儂のところで弾いておこう。お前は品性も理性も足りなさそうだ。」
「え!?なんすかそれ!詳しく教えてください!」
「そろそろ始まるぞ。」
「ちょ!誤魔化さないでです!立候補しますからね!ウチ!!ねじ込みお願いです!」
しばらくしてアキーレ殿とリリィ殿が入場した。
アキーレ殿は神妙な顔付きで、リリィ殿を観察しながら細剣の具合を確かめている。
リリィ殿はどこかぎこち無い様子で、観客席の方に手を振っていた。
「こっち向いたです!リリィちゃん〜応援してます〜!頑張って〜!!儀礼服も似合ってるっすよ〜!!!」
流石に品位が低過ぎるだろう。だが周りも似たようなものだし注意することも出来ない、歯痒い事だ。
「しかし大剣か、珍しいわけでは無いが、意外だな。」
「本当ですね!ちゃんと振れるんでしょうか?」
会場に太鼓の音が鳴り始めた。そろそろ始まるようだ。
「…なんかリリィちゃん、落ち着かない感じですけど、大丈夫ですかね?」
…確かに落ち着きがないな、辺りを見渡したり審判に視線をやったりしている。本当に大丈夫なんだろうか?いや、大丈夫なはずだ。
「大丈夫だ。………多分。」
「ええ?!なんで急に自信なくしてるんですか!」
一際大きな鐘の音が鳴り。試合が始まる。
「「は?」」
決着は一瞬で着いてしまったようだ。
目は離していなかったはずだが、全く何が起きたか分からなかった。
審判が決着の旗を上げても、会場は静寂に包まれていた。
会場には細剣が砕けて地面に散らばり、そのすぐ側で倒れ伏すアキーレ殿の首に、剣を突きつけているリリィ殿の姿があった。
私の「勝負になりさえすれば良い」という目論みは完全に当てが外れたようだ。
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「申し訳ありません、お恥ずかしいところをお見せしました。キックス卿。」
アキーレ殿は闘技場の救護室のベッドに座っていた。見たところダメージは無さそうだ。
「起きておられましたか。アレは仕方ないでしょう。真っ当な方法で勝てる者は居なさそうだ。それより、もう起き上がっても大丈夫なのですかな?」
「はい、大丈夫です。殆どダメージはありませんでしたし。…キックス卿は外から見て何か分かりましたか?私には何が起きたのか殆ど理解できなかったのですが。」
「いや、申し訳ないが儂も他の者も見えてすらいなかった。ここに来たのはマロウ殿なら何か掴んでいるのでは無いかと思って、聞きに来た次第なのです。」
「…魔法を使っているのは分かったんです。ただダメージを受けた箇所から考えると…いや、それはありえない。」
「何か分かりましたかな?」
「…剣と魔法で3箇所同時に攻撃されたように感じました。」
「無詠唱で並行詠唱ですか、確かにそれは凄まじいですな。」
いやそれどころでは無い、理論上可能かもしれないがそれを動きながらやったのか?
「キックス卿、魔法を2つとも、全く違う角度から当てられますか?」
「どういう事ですかな?」
「軸足は後ろから、剣は手の甲側からダメージを受けました。そんな挙動は有り得ますか?」
「……ありえない、そもそも体から離して魔法を発動すること自体、出来るわけがない。と言いたいところですが。」
出来るわけがない、体の外側で魔法を構築するなぞ、息で砂を飛ばして直線を引くような行為だ。
「ええ、実際にやられた訳ですから、できるんでしょうね、彼女には。」
「そうですか、たった一人召喚した程度でこの国の軍事力には影響が無いと思って居ましたが、思ったよりもかなりの大物が出てきてしまったようですな。」
「あんな曲芸じみた能力を編み出すという事は、恐らく、そうしなければ勝てないような、競い合う相手が居た筈です。目標もなしに訓練を続けても、ああはなりません。それなのに、彼女殺気には驚く程鈍感なんです。彼女の居た世界がどんな場所だったのか気になります。」
「ふむ、確かに彼女の居た世界については私も興味がありますな。そして殺気とは?」
「昨日、リリィ殿の実力を測りたくて接近したんです。会話の最中にかなり強めの殺気を放っても、全く警戒すらされませんでした。…もしかしたら警戒する必要が無いと思われていた可能性はありますが。」
「いや、彼女は強さに自身を持っているようだが、根は臆病だと思いますな。恐らく気づいていないのかと。性格的にも、かなり平和な環境で育ったようです。」
「命の危険のない環境で育ちながら、あそこまで強くなれるものでしょうか?」
「それは…確かに不可解ですな。」
「まぁ結局、ここで話しても意味は無いでしょう。それについては、断られるかもしれませんが直接聞いてみます。あの技についても。」
負けた直後だというのに、アキーレ殿の目には暗さは微塵もなく、むしろやる気に満ち溢れていた。こういう人間が英雄になるのだろう。
「ええ、何か分かったら儂にも教えてください。」
「意外ですね。キックス卿はあまりこういう事に興味が無いと思っていました。」
「…一応召喚の責任者なのでね、何かあれば儂が対処する事になっているのです。」
「それは…宮廷魔導師長になっても苦労は絶えないのですね。」
「ええ、正直荷が勝ちすぎています。」
本当に、割に合う報酬もなし、私でなければとっくに投げ出して居るだろう。一応彼女に対処する方法は模索し続けるつもりだが、私の出番が無いことを祈っているよ。
さて、予想外に勝負が一方的に終わってしまった。王都以外の国民への告知の方法や、セレモニーでの宣伝も工夫せねばなるまい。
仕事は多いが、年甲斐もなく楽しいと思ってしまう。
それもまたリリィ殿の魅力の一つかもしれない。
瞬殺だと戦闘描写書く余地無いんですよね、上手く伝わって欲しい。