2 勇者は装備を与えられた
「召喚されちゃった感じだよね…」
意外にも私は冷静だった。
私はゲーム好きな事からも分かる通りいわゆるオタク系女子、と呼ばれる人種だ。ネット小説は専門ではないが、それでも有名な物はいくつか読んだことがある。
その中にはゲームの中に入ってしまう、という内容のものも当然含まれていた。
実際にそんな事が起きるとは思ってもいなかったが、教養があった事は幸運とも言えるだろう。
ええとこういう時、確か小説なら…
ステータス!鑑定!
…出ないか。
うーんあの画面出ると思うんだけど、出し方が分からないな……あっメニュー?
リリィ 女 処刑人 Lv.100
HP:100%(1100) MP:100%(1100)
STR:310
AGI:210
VIT:110
MAG:110
POW:310
状態:通常
装備:無し
おー出たよ!あの三本線のマーク、メニューだったんだね。いつも意識せずに使ってるから分からなかった。
名前がカタカナになってるのと、マップとチャット、ログアウトが無いな。
ステータス画面しかない、そしてステータスはいつも通りだ。転生者特典とかない感じか、いいけどさ。
昔、ステータスを公表した時に掲示板やSNSで「小学生が考えたビルド。」「殺意に極振り。」「ロマン型脳筋」「ビルダー達に謝れ。」「2秒で暗記できる。」とか言われた私の完璧な調整のステータスだ。ランカーではこの調整は多分私しか使ってない。
ローカル1位は何度か取っているので、日本人は極小数使ってる人がいる。UTuberがネタやハンデ戦で使ってて泣きそうになった。強いんだけどな…
装備が欲しいな。装備にあまり依存しないタイプではあるけど、このステータスだと色々と寂し過ぎる。私も自分の調整が特殊なのは自覚してる。このままだとどう見ても地雷だ。
「存外落ち着いているな、この分なら問題あるまい。」
私がうんうん唸っていると騎士(?)達の後ろからいかにもと言った風貌の男が現れた。
真っ黒いフード付きのローブを着込み、身長よりも大きな木の杖を持った白髪のおじいさんだ。フラフラとした足取りで、弟子らしき男2人に支えられながら前に出てきた。
騎士(?)は心得ているようで、老人の声が聞こえた時点でサッと左右に割れた。
この人が私を召喚したんだろう、多分。
顔色は土気色で、眉間に深い皺があり、額に丸い汗が浮かんでいる。見るからに辛そうだ。MP切れたらああなるのかな?ゲームだと特に何も無いけど、ここではそうもいかないんだろう。
「騎士達が失礼した、申し訳ない。儂の名前はエドワード・キックス。ここロイス王国で宮廷魔導師長をしているものだ。訳あってお主を召喚した。」
「あ、はい。リリィです。」
「リリィ殿には突然の事で、何が起きているのか分からないと思う、落ち着ける部屋で説明をしたいのだが、それで良いかな?ああいや、その前に服を持ってこさせよう、侍女を呼べ。」
すぐに騎士が1人走って移動し部屋の後方にあった扉から出て行く音がした。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」
意外と紳士な対応だ。何となく騎士たちの発言から自分が戦力として期待されているというのは分かる。こういうのって召喚した人間がハズレ!追放!みたいな流れも予想してたんだけど、今のところ歓迎されているらしい。
…ステータス見せたらやばいかもしれない。
しかしロイス王国か、ストーリーの方ちゃんとやってる人なら聞き覚えあるのかな?私は全く心当たりないけど。
暫くするとメイドさんが3人入ってきた、やばい、レベルが高い。服装はちゃんとしたメイド服って感じだ、ミニスカでもフリル過多でもない。ただ素材の良さが服装の地味さを完全に打ち消してる。
メイドさんは私を見て、次いで私の胸を見る。3人が無言で頷き合い、1人が弾けるように部屋から飛び出て行く。なんだろう、元気だね?
「お召し物を用意します、こちらに。」
そう言うと、自然な流れでガウンのような服を着せられ、スリッパを履かされた。
気づいた時には着せられてたんだけど凄いな、これがプロのメイドさんなのか。
ガウンはビロードのような肌触りなのに軽くて、スリッパはモコモコしてる。どう見ても高級品だった。
ここはどうやら地下だったらしい。騎士に囲まれ、メイドさんに先導されながら階段を上ると先程までより明るい場所に出た。
大理石の床や柱に金の装飾、赤いカーペット、天井から下げられたゴテゴテとしたシャンデリアが廊下を照らしている。要するにあれだ、西洋のお城の内装を想像して貰えば、みんなこれを思いつく、って感じの場所だ。エドワードさんは宮廷魔導師長と言っていたし、ここはお城なのかもしれない。
内装を見学しながら暫く歩くと目的地に着いたらしい。メイドさんが扉の脇に控えると、騎士達が進行方向を開けるように2列に別れて整列した。
少し前を歩いていたエドワードさんらが振り返る。
「ここはリリィ殿のために用意した部屋だ。こちらの準備ができたら使いの者を出すので、暫くはくつろいでくれ。」
「何から何までお気遣い頂き、ありがうございます。」
エドワードさんと別れて部屋に入る。
廊下と比べると装飾は少ないが、それでも高級ホテルのような広さの部屋だった。そして何故か10人ほどのメイドさんが頭を下げたまま部屋の中央で待機していた。
右端に居たのは地下で1度会い、部屋から飛び出していったメイドさんだ。
「これからお召し物をご用意させて頂きます。」
…そこから先はまるで嵐のような時間だった。
紐のような物を身体中に巻き付けて何かを書き込み(多分サイズを測っていた)、服を剥ぎ取られたと思うと、お湯に入れられ3回ほど丸洗いされた。
見るからに高そうな服を着せては脱がし、布を切ったり縫ったりする者。物凄い勢いで色やドレスの好みについて質問攻めしてくる者。髪に何かを塗りこんで引っ張ったり巻いたりしてる者。見たことも無いおそらく化粧道具と思われる何かを顔に押し付けてくる者
。コルセットを引っ張る人は左右に1人ずつ、綱引きの要領で容赦なく締め上げてきた。おいやめろ私のVITは紙装甲なんだぞ。
10人以上の人間が私に手を伸ばして何かしているのに誰もぶつかったりする事はなく。恐ろしい完成度の連携でもって完全に私は翻弄されていた。
3時間は経っただろうか?訳が分からないまま、されるがままに身を任せていたが、急に全員の動きが止まる。
「終わり、ましたっ…!」
メイドさんの1人が絞り出すような声でそう告げた。前半に私に質問攻めをしていた人だ。若干声が枯れているが、その顔は渾身の仕事を終わらせた職人のような、やり切った顔をしていた。気のせいじゃなければ若干目に涙が浮かんでいる。
他のメイドさん達は疲労困憊と言った顔だ、いや表情自体からは何も読み取れないのだが、明らかに一仕事終えた後の空気を出していた。
「ご確認ください。」
大きな鏡が運び込まれ、私の目の前に置かれる。
そこには初めて見る女神が居た。
「す、凄い…!」
誰だよこれ?
深めの青を基調とした、幅が大きめの白いレースをあしらったドレス姿だ。全体の印象としては清廉、だろうか。「できるだけ地味な感じで!」「シンプルなやつお願いします!」とお願いしまくったおかげか、用意されていたケバケバしい宝石や装飾達は使われなかったようだ。しかしシニヨンにされた髪や耳、首元や服の所々に嫌味にならない程度に上品な宝石が主張している。サイズ的にバランスが悪い胸も、ドレスのデザインで気持ちカバーされていてそこまで目立たない。幼い印象が大きかった顔もメイクで大人っぽく調整されており、全体のバランスが取れている。
「誰だよこれ?」
「リリィ様でございます。大変よく似合っていますよ。」
「ええ、可能な限りシンプルに、リリィ様の美しさを活かすように合わせましたが、正解でした。大変素晴らしいと思います。」
口に出してしまっていたようだ。
周りのメイドさん達が次々に褒めちぎってくる。
キャバクラかな?なんの接待だろう。1時間いくらとか言われても手持ちはゼロなんだが…。
装備が欲しいとは思ったが、こっち方面で強化する装備を与えられるとは思わなかった。誰を倒せばいいんだろう。ひのきの棒と5000ゴールド渡されてた方がまだ気が楽だったかもしれない。
メイドさん達の接待が盛り上がってきたな、というところで、ちょうどタイミングを計ったようにノックの音が聞こえてくる。
どうやら向こうも準備が終わったようだ。
全くくつろげなかったな、元々この服でソファに寝そべったりはできなさそうだったので気にしない事にしよう。
STR→筋力
AGI→速さ
VIT→防御力、回復力
MAG→魔力量
POW→魔法の威力
といった感じです。